第1章ー母よ
私達の名前は、母親の好きなお酒からつけられた。
そのことを知ったのは、母が男と旅に出ている時でした。
♫
「香梅と香露!」
母は、嬉しそうな声で私達の名前を呼んだ。
「どうしたの?お母さん」
「また、給料上がったのか?」
私は姉の家田香梅。この春から中学2年生になる。
そして、母の機嫌が良いのは、給料が上がったからだと思っているのが、私の弟。家田香露。香露もこの春から中学2年生になる。
私達は、生まれた時から一緒の“ふたご”。仲が良いかどうかというと、ギリギリ良い方に入っていると思う。
「違うわよ。まぁ、それもだけど…」
どうやら、香露の予想は当たっていたらしい。母は、人差し指をくっつけながら、口を尖らせた。そして、急に「くくくっ」と、笑い始めた。
「私、あんた達の為に頑張ったのよ。可愛い子供達の為に。」
と言って私と香露の肩を組んだ。
「おめーよ!ババア」
「は?まだ48歳ですけど。」
「それを世間ではババアって言うんだよ」
「はー?香梅までそんなこと言うの?ヒドイ!なんてヒドイのうちの子達は…。まったく、誰に似たのかしら?」
『あんただよ』
これが私達家族の日常。冗談言い合って、笑って。お父さんがいなくても、全然平気。むしろ楽しいくらい。
「あー楽しい。あんた達とずっと一緒にいたいなー」
この言葉に、私は違和感を感じたが、深く追求しなかった。
今覚えば、あの時、この言葉の意味をちゃんと考えて、追求すれば良かった。
こんなことも出来なかったのか。と、とてもバカらしく思える。
♫
「おい、ねーちゃん!やべーよ」
香露の声が家中に響く。
「うるさい!こっちだって考えてんだから!」
私達が何故こんなに焦っているかというと、母が旅に出たからである。それも、私達に何も言わずに。手紙だけ残して。
「てゆーか何でどこに行きますとか書かれてねーんだよ?」
「意味わかんない…」
母は、お父さんが出てってから、別の男と付き合っていたらしい。ついでに言うと、結婚の約束まで。
「彼と幸せになってきます。通帳など、私が頑張って貯めたお金などは、置いてあります。あなた達も幸せになってね♡」だと。
私は今になって、違和感の意味を思い出した。また、母の帰りが遅かったのも。すべて、私達の為であったと。
私は、母の愛を感じた。だが、私だって母と一緒にいたかった。きっと、いつもきついことを言う香露もそうだろう。
「さあ、頑張ろうか弟よ」
私は母の手紙をビリビリに破り、怒りと悲しさと切なさをこめて握り、捨てた。