3話 マリナの料理
勇者選定儀式は、無事良い方向に終わり、広間に居た大勢の兵士達の姿は見当たらなかった。
時刻は太陽が沈んだ夜。街灯が歩道を照らし、たくさんの人が歩いている。
この国「ライリール王国」の象徴でもある時計塔には、大きな見出しでこう書かれていた。
ーー勇者爆誕!!
そのせいか、いつもより一段と民衆の活気がある。
店も勇者爆誕記念として、商品が半額になっている。
そんな活気のある歩道を歩く、一人の少年が居た。
顔を俯かせ、絶望の色を漂わせていて、体に鎧を纏ったミロスだ。
ミロスは、自宅に帰宅すると、鎧を脱ぎ、ベッドに覆いかぶさった。
「はぁ~」
「約束の勝利の剣」のせいなのか、疲労感がいつもより増して凄い。
ミロスは、数時間前の勇者選定儀式の事を思い出していた。
ーーキリスが勇者となった、あの瞬間、光景を。
ーー数時間前
「約束の勝利の剣」を抜いたキリスは、一息ついて壇上から飛び降りた。
キリスの手元には、あの神話上の武器がある。
それを見たワグナー王は仰天していた。
「キ、キリス・バルジーナ……お主……」
「ワグナー王よ、「約束の勝利の剣」は私を選びました。よって私が今世代の勇者です」
キリスは、その証明に神話上の武器を見せつける。
「是非、私が魔王を滅ぼして見せましょう」
「お、おう。頼むぞ、勇者よ!」
ワグナー王は、勇者となったキリスに絶賛の声を浴びせる。
正直驚いていた周りの兵士達もつられて、勇者を讃える。
そんな光景に、何処か寂しくなったミロス。
「我が忠実な神話の剣を以て、邪悪な魔王を討ち滅ぼす!!」
キリスの雄叫びに続くように、「うおー!」と叫び、兵士達の士気が上がった。
ーーああ、こんなに遠く……
キリスの輝いた光景に耐えられなくなったミロスは、早々にその場を後にした。
ーーそして現在。
ミロスは、ひとまず自室を出て、冷蔵庫に向かった。
すると、ピンポーンと部屋に鳴り響く鐘の音が聞こえた。
玄関に向かって扉を開ける。
すると、そこに居たのは茶髪を旋毛辺りで結んだポニーテールの少女、マリナが立っていた。
~~~~~~~~~
「ったく……」
マリナは、片手でグツグツと音を立てる汁にお玉を入れて、かき混ぜながら、ため息をついた。
「私が来なかったら夕食どうしてたのよ」
「別に要らなかった。食欲ないし」
「あのねぇ……」
呆れた表情を浮かべるマリナ。
「確かに、勇者になれなかったのは残念だったと思う。ミロスには、勇者になるべき目的があったし……」
「けど、その目的は果たせない」
「キリスが勇者になっちゃったんだもんね……」
ミロスとキリス、お互いに現時点での能力は低くとも、潜在能力は計り知れない。
ミロスも「約束の勝利の剣」に選ばれてもおかしくはなかった。しかし、ミロスは、「約束の勝利の剣」らしき声に、拒まれた。
勇者は二人いてもいい筈だ。しかし、ミロスは選ばれなかった。
「俺が勇者になれなかったのは、ただ単に俺に潜在能力が無かっただけなんだよ。それに比べてキリスを見てると凄まじい才能を感じるよ」
「そんなことない!」
「同情はよしてくれ」
マリナは、ミロスに背を向け、額にシワを浮かべた。
マリナは知っているのだ。幼少期に発現したミロスの潜在能力を……。
それにしても勇者になれなかったミロスの精神的ダメージは甚大だ。
そこまでして勇者に拘るのは、聖戦とミロスの親が関係していた。
「ごめん……父さん、母さん……」
その言葉を聞いたマリナは、心が痛くなった。
ーーそれはミロスが幼少期の頃だった。
ミロスは、父親と母親と仲良く暮らしていた。
ミロスの父親は、「ライリール王国」王国騎士団の主力。
長年休戦だった聖戦も再開の兆しが見え、父親は聖戦に出向くことになった。
家にミロスと母親を残して。
ミロスは寂しさを紛らわすために、幼馴染であるマリナとキリスとよく遊んでいた。
虫取りをしたり、ボールで遊んだりと、その時間はミロスにとって幸福だった。
そして何より大好きだった存在がーー母親だった。
いつも優しくて、料理が美味しくて、抱きしめられたら心が安堵に満ちる。
ミロスは幸せだった。しかし、そんな時間も長くは続かなかった。
父親が戦死したのだ。死因は魔王直属の部下による虐殺。
亡きものとなった父親の遺体は、惨いものだった。
悲しみに明け暮れた日々を鮮明に覚えている。
そんな事も束の間、母親も殺された。
その光景を、自宅の押し入れに隠れて見ていたミロスは、恐怖で体全身が竦んだ。
ミロスの母親を殺したと思われる魔族は、父親を殺した魔王直属の部下だった。
ミロスは両親を殺した魔族を憎んだ。憎くてしょうがなかった。
その時の事を思い出すだけで、胸が締め付けられた。
ミロスが勇者になろうとしたのは、両親の仇である魔族を殺すためだった。
特に魔王直属ともなれば、並の武器じゃ殺すことは出来ない。
神の力を宿した神話の武器を持つ勇者でないと殺せない。
だから勇者になろうとミロスは奮闘した。
しかし、結果はキリスが勇者になるという結末を迎えたが。
精神に穴が空いたミロスは、暫く放心状態が続いたが、それを癒してくれたのは幼馴染である二人。
特にマリナは、毎日のように家に来て、ミロスの心の傷を癒そうと懸命に励んでくれた。
ミロスが元のミロスに戻れたのは、マリナの存在が大きかった。
その名残か、今も毎日食事を作りに、ミロスの家を訪ねてくる。
両親を懐かしむミロスの姿を一瞥すると、マリナは作り終えた料理をテーブルに置いた。
「まずはこれを食べて、心を温めてよ」
ダイニングテーブルに置かれたのは、湯気が揺らぎ、熱々のご飯に掛けられた、茶色の湖。カレーライスだった。
ミロスは、次々に腹にカレーライスを入れていく。
「上手い……上手い」
ミロスが両親を亡くした頃に作ってくれたマリナの料理。
それを久々に食べたことや、気持ちが沈んでいたこと、過去を振り返ったことによって、涙と共に、感謝の言葉を込めた。
(母さんも、よくカレーライス作ってくれたっけ…)
懐かしの味が、ミロスの決意を固めた。
「きっと勇者じゃなくとも、あの魔族をどうにかする方法はあるはずだ」
「うん」
「キリスは勇者で、俺は下級兵士だけど、お互いに出来ることがある。だから俺は俺で頑張る」
「そうだね」
ミロスは拳を握ると、腹一杯に食べて眠たくなったのか、自室に向かった。
「マリナ、今日はありがとな」
「うん、元気が出たみたいで良かった!それじゃあ私は帰るね!」
「うん」
靴を履き、玄関を飛び出すマリナの表情は、嬉しさと切なさに満ちていた。
(両親を殺されて、悲しくて、仇を取りたいのは分かるよ……けどね、ミロス。復讐のあるがままに魔族を殺しても、そこにあるのは虚しさだけだよ……)
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