1話 勇者選定儀式
ーー聖暦263年、ドラゴニア期。
勇者と魔王の苛烈を極める聖戦は、今も尚続いていた。
人間族の希望の星である勇者は、幾度となく敗れようとも、魔王へ挑むことを恐れず、立ち向かう。
そしてその魔王も勇者を潰そうと、立ちはだかる。
人間族は、神に救いを求めて。
魔族は、魔王の祈願と勝利を胸に。
双方共に争うのだった。
そんな双種族の聖戦を開始する切っ掛けとなった宝具「最後の希望」は、どちらの手にも傾かず、暗闇の奥底に眠っていた。
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目が覚めると、そこはとある部屋の一室だった。
そこにあるのは、芸術的なデザインが施された真っ白な壁だ。
その壁に括りつけられているシャンデリアが目に留まり、その壁は天井だと言うことを認識した。
上体を起こし、すぐ傍らにあるカーテンへと手をかけると、窓から朝を知らせる太陽光が部屋へと注ぎ込まれた。
「ふぁ……朝か」
重たい目を擦り、ベッドから腰を浮かせる。
寝癖でボサボサになった茶髪に、澄み切った青い瞳を持つ少年、ミロス・オーレンは、散らばった本を無造作に踏みつけながらドアへ向かっていく。
すると、毎日の日課とでも言うようにドアが「コンッコンッ」と鳴いた。
「ミロス~起きてる~?」
丸みを帯びた少女の声が、部屋に浸透する。
「入るね」
ガチャっと音を立てて、入ってきた少女は、相変わらずとでも言うような顔を、ミロスに向けた。
「よくこんな埃臭い所で寝てられるね…ミロスは……」
「お前も家業の手伝いが忙しいのに毎朝、朝食作りに来るとか……世話焼きなのな」
この一連のやり取りは毎朝のことである。
茶髪を旋毛辺りで一つ結びに結ったポニーテールに、茶色の目を持つ。首からエプロンを掛けていて、右手にお玉を持っている。
そんな少女の名は、マリナ・アトレット。温和でしっかりものの女の子だ。
ミロスとは幼馴染である。
「早くしないと、料理冷めちゃうわよー」
「マリナは俺の母さんかよ……」
足早に食卓へと向かうマリナを追うミロス。
リビングへと着くと、そこには4人位が座れるくらいのダイニングテーブルがあった。
テーブルの上には、出来たてホカホカの品が並んでいた。
向かい合って席に着くと、箸を取り、濁った川のような味噌汁から手をつける。
「こらっ!ミロス!「頂きます」を言ってないじゃない!」
「あぁ、ごめん。あまりにも美味しそうな料理だったもんで…」
「ったく……」
料理を評されたことに照れを感じるマリナ。
「それじゃあ…………頂きます」
「頂きます」
そして朝食を食べ終えた二人は、満足気に腹を撫でた。
マリナは、足早に玄関に向かった。
「それじゃあ私、今からパン屋の仕事あるから、もう行くね!」
「そんなに忙しいなら、毎日朝食作りに来なくていいんだぞ」
「大丈夫」
マリナの実家はパン屋で、人気のある店だ。
特にマリナの両親が作るパンは別格で、たくさんの客に人気がある。
それ故に忙しく、娘であるマリナは、家業を手伝っている。
なので毎朝ミロスの家に来て、朝食を作ったら、二人で朝食を取り、パン屋の家業をしに自宅へ戻る。
マリナの毎朝の日課だ。
「いつかマリナんとこのパン、食べに来るよ」
「是非来てね!ほっぺが落ちるほどなんだからね!」
自分が作ってもないのに、自信ありげに胸を張るマリナ。
「ミロスも今日は勇者選定儀式でしょ?ミロス…あなたは頑張って勇者になりなさいよ」
「お、おう。気持ちだけ受け取っとく」
「ったく……弱気なんだから……じゃあね」
玄関を飛び出して、すぐ近所にある実家に戻るマリナ。
それを見届けたミロスは、鎧に着替えるべくクローゼットに向かった。
(今日は、勇者選定儀式……絶対に勇者になってやる……!!)
気合を胸に、ミロスは出かけるを支度をして、外へ飛び出た。
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ミロスが向かった場所は、勇者選定儀式がある場所、
噴水が象徴的な広場だ。
既に沢山の兵士が広場を埋め尽くしており、賑わっていた。
「やぁ、ミロス。ここだよ」
爽やかな声音でミロスを呼ぶのは、金髪碧眼の美少年。キリス・バルジーナだ。
ミロスとマリナの幼馴染である。
優しい微笑みに、整った顔立ち、そして根の優しい性格を備えているキリスは、よくモテる。
現に今もキリスの後ろには、目をハートにした女兵士が沢山いた。
「相変わらずだなぁ……」
「何が?」
嫉妬の感情を向けるミロスに、頭上に?を浮かべるキリス。
キリスは、女子に好感を持たれていることに気づかない鈍感野郎でもあった。
そんな時、広場の中央に設置された台に、人が上がってきた。
それに連なって、広間に居る全兵士は沈黙する。
さっきまでの賑やかな談笑が嘘みたいだ。
「勇者となろうとする者達よ……よくぞ今日は集まってくれた」
そう感謝の意を言葉にしたのは、この国「ライリール王国」を建設したライリール王家の第6代ライリール王のワグナー・グリス・フォン・ライリール王だ。
貫禄のある顔立ちに立派な髭を生やしている。
頭には冠を被り、肩から赤いマントをひらつかせる。
隣には、護衛の近衛兵が居る。
「この勇者選定儀式は、この永きにわたる聖戦を終わらせるためのもの。魔王を打ち滅ぼす勇者を選ぶ儀式だ。まずは、この聖戦がどういうものなのか、改めて再確認をしよう」
ワグナー王は、この世界の聖戦について語り始めた。
ーー聖暦元年から始まった人間族と魔族の聖戦。切っ掛けは、一つの宝具だった。
「最後の希望」それは、一度だけ、自らの願いが叶うというもの。
その情報は世界に轟き、その力を欲した魔族の長である魔王、そして魔王に取られまいと「最後の希望」を探す人間族。
双方の宝具探しは次第に勢力が拡大して行き、聖戦へと発展した。
そこで南にある「竜の都」に住む、神竜は「あまりにも危険な神の産物」として「最後の希望」を封印した。
しかし、封印したのにも関わらず、聖戦は終結しなかった。
一つの宝具を求めて争う二種族の聖戦は、やがて勇者と魔王の戦に変わった。
勇者が魔王を打ち破ったかと思えば、超人的な再生能力で復活、勇者を無きものにする。
そして次世代の勇者が誕生し、魔王へと挑む。
そんな無限ループが生まれた。
しかし、魔王はまだ諦めてはいない。
今も尚続く聖戦の最中で、願望を抱き続けている。
ーー必ず「最後の希望」を手にしてみせると
ワグナー王の話が終わった。
「それでは本題に入ろう」
ワグナー王は、広間の中央の台座に刺さる剣を指さす。
「この剣を抜き去った者が、魔王を滅ぼす勇者となるのだ」
台座に刺さる人筋の剣。宝石のような物が使われた柄、樋から剣先にかけて一片の錆もない刀身。
その剣は、一際異彩を放っていた。
「約束の勝利の剣……」
ミロスが言葉にした、その名前。
神話上の剣とされている剣の名称だ。
その剣は、持ち主に必ず勝利を与えるという逸話がある。
「この剣は、神竜様が、今世代の勇者に必ず魔王を滅ぼしてもらうために授かった代物だ。その剣は力では抜けない。勇者となる資格があるのみ、引き抜けるのだ」
ワグナー王が見せつけた神話上の武器に、広間の兵士達は騒々とする。
「これを抜けば、勇者になるんだな……」
「そうだ」
「約束の勝利の剣」の放つオーラに気圧されるミロスとキリス。
しかし二人は、臆することは無かった。
「さぁ、この剣を引き抜く者はおらんのか!」
神竜がさずけた神話上の物と聞いて「自分なんかが……」という弱音を吐く兵士が次々と現れる。
完全に兵士達は、台座に刺さる剣にビビっていた。
そんな周囲を無視して突き進む二人の影。
「お主らは、剣を引き抜く勇者となるものか?」
「「はい!!」」
台座に刺さった剣の目の前には、ミロスとキリスが立っていた
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