戦場の賭け事
牧田紗矢乃様主催の【第三回・文章×絵企画】参加作品です。
伊燈秋良さまの「思うがままに。」を担当させて頂きました。
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「おい、何のつもりだ、ありゃあ」
通信を繋いでいる誰かの声か、それとも俺の胸中が言葉に漏れたか。目の前の光景に対して、それだけが出た。
今の世の中、パワードスーツシリーズって販売名の、大型ロボが流行りでさ、生身の人間同士の銃撃戦なんてなくって、俺も、隣の同僚も、少し前を行かされている後輩だって、敵方だって、皆、それ。そういうわけで、俺の視界にあるのは、操作パネルと外界を繋ぐディスプレイ、そしてそこに映る、一体の敵兵だ。
簡単に状況報告と行こうか、上官殿。ここは荒れ地に残った一昔前の住居跡で、現在の戦場。そして不幸にも一個小隊同士がぶつかった直後、そんでもって、幸運にも俺の所属する軍が一枚上手だったって具合。敵方を何体か倒したら、相手さん、早々に退避を始めてくれて、泥仕合しなくて済んだっていう状況だ。
今回奇襲が上手く行ってこちとら有利なんだけれども、正直に話すと、俺達の軍のスーツは型落ちで、おんぼろ部隊に相応しい、「乗り手は精鋭」って奴。代わって、敵方は見るからに新品の、試作テストも兼ねているんじゃないかって、ピカピカのそれだった。細かな傷とか修復痕とかは無いに等しいけれども、最新モデルってのはそれなりに金をかけてあるから、乗っている奴だってスーツを使いこなす可能性が高く、また、無事に基地まで帰すことが出来る、熟練品だろう。けれど、今、目の前の光景からの評価では、それも怪しく感じる。
これが映画だったら、奴は主人公ポジション確定だ。なんせ、周囲の味方は行動不能で倒れているか、逃亡して、こちらからはもう豆粒ほどしか見えない距離にあり、孤立無援。さらに自身は、顔の右半分は弾が掠ったのか、こそげ落ちているし、前腕部やら左鎖骨部、腹部の装甲も大きく剥げ落ちていてコードが剥き出しの部分もある。極めつけは、左胸に一本の槍が突き刺さったままって、満身創痍の呈だ。その状況で、俺達、敵の前に立ちあがったわけだから、フィクションならここぞとばかりに盛り上がるだろうよ。
だが、残念ながらここはノンフィクション。一般的な事を言えば、この近距離で、20体近くの敵兵に1体だけで戦いを挑むなんて絶望的な事は考えない。良くも悪くも、敵方に新型の情報を渡さないよう潔く自爆を選択するか、物凄い幸運を願って、死んだふりを続けるぐらいじゃないだろうか。
パワードスーツを造るのは人間だから、制作部門はついつい人体に似たような構造を造りたがるし、案外、スーツの急所は人体の急所に似通う所がある。特に今回の新品は、俺達部隊の、文鎮みたいにずんぐりした、頑丈さが取り柄の無骨な機体とは違った、人体に近い構造だった。見た目の美しさと反して、関節部の自由な可動はそれだけ固定が薄く、銃で撃てば一発だって具合の紙装甲が常識だし、人型に近いせいか、俺らは自然と人体の急所を意識して撃ちまくったわけだ。現に、目の前、たった一体で起き上がった勇ましい敵スーツは、槍を左胸に刺しており、倒れたままであれば、パイロットが死んだか、コアを打ち砕いたかと考えて、放置していただろうとも思う。
だが、ちょいと考えればわかる事だが、俺達は生身で戦っているわけじゃない。左胸に必ずしも重要なコアがあるわけではないし、多少壊れた程度でも指示系統が生きているなら動ける。片腕ふっ飛ばしても、頭が転げ落ちても、大したことじゃない。だから、見るからに満身創痍で、くっそ重たい荷物を胸に刺したままの状態で、敵の前に立ちあがるだなんて、常識はずれな判断を行ったパイロットの人格を疑うんだ。
「自爆でもする気か?」
まぁ、あんまり気を衒い過ぎて、逆にこっちが警戒しちまうってのもあった。驚愕のあまり、立ち上がるという最大の隙を、俺達は逃してしまっていたってわけだ。
「どうする。撃つか」
「いや、だがなぁ」
通信から漏れる味方の声は、及び腰である。そりゃあ、警戒しすぎるぐらいで丁度良いってやり方で、毎回何とか生き延びている奴らばっかりだから、そいつも当然だろう。「おい、お前が行けよ」と、比較的まだ染まっていない後輩に声がかかるが、こいつも尻拭いはごめんらしい。適当に理由を付けて下がろうとするのを、俺らの上官が叱咤していた。
「おい、お前行けよ」
「やだね」
一度、スーツが持つ銃のリロードを行い、傍観していた俺にも声がかかるが、当然拒否。
俺達がもたついている間に、じりじり下がってくれたりでもすればと考えているのは、きっと俺だけではないはずだ。けれども、見る限りでは相手さんは気合い十分で、ゆっくりではあるが、こちらに構えているようにも見える。なるほど、左胸にコアがないだけじゃなく、そこを攻撃しても大したダメージにならないって事は、良くわかった。しかし、流石に左腕は動かないだろうと思っていた所、その手が動いて、胸を貫く槍に触れ、一気に抜き放つ。
「おぉ、ピンピンしている」
俺が考える事なんて周りの同僚も考え着く事だから、それを見て仲間たちは、新品スーツと、足元に転がる他の敵スーツに向けて照準を合わせていた。直後、俺達は、構える銃口から敵へと、隙間なく鉛玉を放った。
――バババババッ
足元に転がる敵スーツはなす術なくされるがままであったが、新品スーツは違った。薄らと靄が周囲に発生したかと思うと、急に消えたのだ。後から本能的直感だと理解したが、瞬間、俺はトリガーから指を離して横に転がって、回避行動を取った。隣の奴は何か見えていたのか、前方にしていた銃口をそのまま上へと向けていき、そうして上から降って来た何かに足蹴されてしまい、腰の予備サーベルを抜く前に倒れる。間近で見ていた俺は、上から降ってきた何かが何かを理解するまでもなく、そこに向けて銃を撃った。
――ガンッ
硬い装甲音は、多分、味方のパワードスーツの装甲だ。外れたと理解すると同時に、俺はさらに転がり、上から振って来た何か――多分、新型の足だ――を避ける。直後、倒れる同僚や俺ごと新型スーツを撃とうと、周囲の味方がこちらに銃口を向けた気配に気付いた。
―――――冗談じゃねぇ。
さらに転がって、円状の囲いの外へ抜けようとする。回る視界におえっときながら、辿り着いた場所で起き上がった俺が見たのは、円状の囲いの中で踊る様に演武する新型スーツの姿だった。弾は多少当たって火花が散っているが、弱いはずの関節部に当たっても破壊には至らないようで、人間と見紛う滑らかな動作で動くそれは、幼少の頃に見たアニメを彷彿とさせた。
「敵さん、とうとう開発しちまったらしい」
現実不可能だと言われていた、完全な人型のパワードスーツ、その言葉が過ぎる。そして新品スーツは、同僚から銃を奪い取り、0距離でおんぼろスーツの中心を撃った。あそこは、メインに近いから、一時的に動きが停止してしまう場所だ。案の定、行動不能と倒れる同僚。さらに眺めていた俺に、敵さんは目を付けたらしい。逃げる間もなく距離を詰められて、操縦室の俺は、咄嗟に右隣のスペースに収めている80cm程の銃に手を伸ばしていた。
ところで、俺らのスーツはちょっとだけ変わっている。何がって、パイロットが搭乗する場所がさ。最初は物凄く違和感があって、その視界に慣れるまで、毎日12時間以上乗っても半年はかかるって言われている代物だ。そして俺は四年目。比較的長く生きている方だから、ちょっとだけスーツの使い方もアレンジしているが、この未知なる敵を前に、どれだけ動けるかは自信がない。
まぁ、死ぬ時は死ぬしな。俺はバカだから、色々考えると失敗するんだ。あっさりと諦めると、スーツを動かして迎え撃った。自然と重心を取る為に足を広げ、加わる圧に呻きを殺して、真っ向から体当たりしてきた敵さんを受け止める。スーツが持っていた銃はとっくに味方側に投げ捨てていて、空いた両手で敵さんの肩と頭を押し返した。
こんな俺でもそれなりに経験を積んでいるから、ワンチャンあるんじゃないかって下心があったが、あっさりと組もうとした手ごと握り込まれる。むしろ、足元を狙ったり、俺が動くのを待って重心を誘導しようと狙ったりしている処を見るに、相手の方が、動きが相当良い。パイロットも新品でないのは、確定だ。ただ、俺らのスーツは頑丈さが取り柄だ。取っ組み合いに持ち込んで固定すれば、パワーファイトで俺達が負ける事はない。
それまで流れるように動いていた敵が、俺と組んで、がっと動けなくなる。どうやら新品スーツは人間の動き以外も出来る様で、両手は組んだまま、腰が360度回転して、何度も俺のスーツに蹴りを入れて来た。軽量型かとぼんやり思いながらも、俺は、隙を見て、スーツの右膝を相手方の腹を目掛けて打ち込む。
ガンっと物凄い圧がかかった。相手の話じゃなくて、俺の方の話。さっきの話に戻るんだが、俺らのスーツの搭乗場所は右足か左足のどっちかで、俺のは右足だ。スーツが歩くだけで上下左右にシェイクされまくる場所に居る俺達パイロットは、生身で乗ればまず間違いなく死ぬ為、正確に言うと生身じゃなく、所々サイボーグ化している。中には脳みそしか生体部品が残っていない同僚も居るが、それは俺の美学に反するから、俺のは体が壊れない程度の補強しかしていない。まぁ、慣れれば、この圧や衝撃も良いもんだよ。生きている感じがするっていうのかな。
そんな所で、俺が搭乗する場所が敵方に一番近づいた、この蹴りの瞬間が大切だ。生体強化している俺の動体視力は、この一瞬で敵の搭乗場所を探る。俺のスーツの蹴りに、一瞬だけ敵方は体を浮き上がらせた。随分軽い機体なのかと考えたが、恐らく違う。そこが大事な場所だから、衝撃を和らげるように、防御機構が働いたのだろう。こういう動きは良く良く見て来た。だから、そこだ。
自動で開くのを待っていられないから、俺は、搭乗口を蹴り飛ばしてカバーを捨てる。これで、俺の姿は敵に視認される位置に出た。だが、相手が見ている俺は、単に無防備じゃない。
「さよなら、ヒーロー」
言うと同時に、俺は一緒に持ちだした、80cmもの大きな銃の引き金を引いた。そうそう、レトロとは言え、俺の銃は俺と同じ様な改造をされている。だから、鉛のカバーの奥にある、強化プラスチックのヘルメットも簡単に貫通してしまう威力が出る。反動が凄いから、こういうときは、サイボーグ化も悪くないって思えるな。
「逝ったか?」
一発きりの分が悪い賭けをするから、俺の愛称は“ファンブル”。あえて悪い渾名を付ける事で、幸運を呼び込もうって、ちゃちなおまじないだ。反撃が来ないうちにと、素早く操作室に体を滑り込ませて、スーツの足を大地に戻した。うげ、吐きそう。だが、止まっていては死ぬ。組み合った両手をバッと離したが、相手からの反応は皆無だ。むしろ、俺と言う支えを失った事で、相手方は両膝を着いた。
「賭けに勝ったか、“ファンブル”」
「さて、どうだろうね」
通信に答えながら俺は、全速力で味方部隊へと撤退した。こんな分の悪い賭けだけで、俺も済むなんて思っていないし、味方もそんなに甘い奴らじゃない。もう一歩遅ければ、一緒に蜂の巣になる所を、スーツをスライディングさせて転がり戻った。カバーが外れた操作室から直に後輩の機体を見上げながら俺。
「自爆は?」
「なし。でも、機体回収は無理っすね」
スーツを起きあがらせるより自分が操作室を出た方が早いと、身を乗り出した俺が見たのは、隙間もないほど弾を撃ち込まれて炎上する敵スーツたちの姿と、一体だけ生き残った新型が、再起動して逃げ出す所だった。
「賭けに負けたか、“ファンブル”」
上官からもからかい混じりの声が飛ぶが、相手さんが撤退してくれたから良いものの、このまま続けていたら、こっちの小隊が全滅していたかもしれない。額から首筋にかけて一筋の汗が流れ、ぶるりとした俺は、誤魔化す様に乗り出したまま頬杖をついた。
「今日も生きのびてりゃ、上等でっしょ」
初めに、企画を主催してくださった牧田さま。ご多忙な中、運営や特設サイトの管理、参加者への丁寧な対応ありがとうございました。
また、関係者の皆さま、特に、担当をさせていただいた伊燈秋良さま始め、私のイラストを担当してくださったムッシュ志乃さまには、素晴らしい経験をさせていただきました。ありがとうございました。
最後に、ここまで読んでくださった読者さまへ。楽しんでいただけましたでしょうか。
それでは、皆様、お疲れさまでした。またご縁がありましたら、是非よろしくお願いします。