魔女
全2話で完結します。
かつて、天才と呼ばれた魔女がいた。
魔女は愛する家族や祖国のために、惜しみなく力を使い、身を粉にして働いた。
しかし、彼等は次第に魔女の力を利用し、酷使するようになっていった。
愛する者に裏切られた魔女は、ある日忽然と姿を消す。
出奔した魔女は、とある国の深い森の奥に建てられた粗末な小屋にひっそりと住み着いた。
◇ ◇ ◇
「このまま、ずっと森の小屋に引きこもってくれていたら、末裔の私がこんなに苦労することも無かったのに!」
思わず少女の口を突いて出たぼやきは、誰もいない部屋にゆっくりと吸収されていった。
室内には、怪しげな釜からコポコポと沸き立つ水泡の弾ける音だけが響く。
天才魔女の血筋である少女は、釜から掬い取った液体を別の容器に移し、戸棚に保管していた別の液体と混ぜ合わせた。
その瞬間、混ざり合った二種類の薬液が化学反応を起こして、プリズムを内包したどどめ色へと姿を変える。
虹色に輝く、どどめ色の液体。
一目でヤバさがわかる代物だが、黒いマントを身に纏い、とんがり帽を被った少女の瞳は喜びでキラキラと輝いていた。
「やったー! ついに完成したわー!!」
「よかったね。ミーナ」
ノックもなく開けられたドアから、黒いローブに身を包んだ青年がごく自然に入室する。
それに異を唱えたのは、先程まで今にも小躍りしそうなほど上機嫌だった少女ミーナだった。
「ちょっとシヴァ。何勝手に入って来てるのよ!? 不法侵入で憲兵に突き出すわよ?」
「いやだな。俺はれっきとしたお客様だよ。きちんとミーナの家族に招き入れられて、正面から堂々と入って来たしね」
「家族って誰よ? 父? 母? 妹? まったく。取り込み中だから、アトリエには誰も通さないでって言ってたのに!」
ブツブツと家族に対して愚痴を零すミーナをシヴァと呼ばれた青年が優しい目で見つめる。
「まあいいわ。むしろ、ある意味タイミングが良かったかも」
そう言うと、ミーナは先程完成したばかりの薬液をシヴァに渡した。
怪しいどどめ色をした水薬を前にして、シヴァの顔が引きつる。
「今回の薬は、随分凄まじい色をしてるけど、本当に飲んで大丈夫? 人体に害とかは無いんだよね?」
「人体に害のある材料は使ってないから、大丈夫なはず(たぶん)」
「……最後、妙な間がなかった?」
「気のせい! 気のせいよ!! さあ、ぐぐいっと一息にいっちゃって!」
しばし逡巡した後、ミーナの勢いに圧されたのか、覚悟を決めたシヴァが一気にどどめ色の液体を飲み干した。
「…………どう?」
「何というか、苦味と渋味とえぐ味が絶妙なバランスで不協和音を奏でながら鼻から抜けていく感じ」
「誰が味の感想を求めたのよ!」
ミーナが思わずつっこむ。
「そうじゃなくて、私を見て何か思うことはない?」
「相変わらず、今日も可愛い」
「ごめん。聞き方が悪かったわ。――私のこと好き?」
「好き」
「私のこと愛してる?」
「愛してる」
「今でも私と結婚したい?」
「やっとその気に!? それじゃ、気が変わらないうちに、この誓約書にサインを」
「しないわよ! っていうか、どこから出したのよ? まさか、いつも持ち歩いてるんじゃないでしょうね!?」
ミーナの問いかけにシヴァはにっこりと笑って誤魔化した。
◇ ◇ ◇
森の小屋に住み着いた魔女は、月に数回近くの町へ出掛けては、森で採れた薬草や自身で調合した薬を売り、その金で森では手に入らない衣料品や食材を仕入れていた。
ある日、町へ出掛けた魔女は、一人の青年と出会う。
青年は町の人間ではなく、仕事でこの地を訪れたのだと魔女に語った。
それから、町へ行くたび青年は魔女に声を掛けてくるようになり、二人が親しくなるのにそう時間は掛からなかった。
しかし、ひょんなことから、魔女は青年の正体を知ってしまう。
青年は王命で魔女を連れ戻しに来た祖国の宮廷魔術師だったのだ。
怒りと悲しみ。
愛する者からの裏切り。
魔女は、何も知らずにのこのこと会いに来た青年に水液の入った硝子の小瓶を手渡した。
当然、青年は「これは何か?」と問うたが、魔女は答えない。
かわりに、今すぐ目の前でその小瓶の中身を飲み干すか、さもなければ二度と顔を見せるなと青年に迫った。
青年は少し躊躇った後、一気に小瓶の中身を呷った。
魔女が自分を殺せる訳がないと高を括っていたのか、たかだか一介の魔女が宮廷魔術師である自分を害せる訳がないと侮っていたのかはわからない。
しかし、青年が飲み干した水液には魔女を好きになるという魅惑の呪いが掛かっており、青年は自分の身分も立場も忘れて、魔女と共に森の小屋で暮らし始めた。
だが、そんな歪な生活も長くは続かず、それは魔女の死によって終わりを迎えた。
魔女が死に、呪いが解けて正気に戻った青年は故国へと帰り、青年の帰りを待ち続けていた恋人と結婚して、子をもうけたらしい。
それで、すべてが終わったはずだった。
しかし、魔女の呪いは思いのほか強力で青年の家系には、時折呪いに掛かった子どもが生まれる。
その子は、必ず魔女の『血』に恋をする。
それは今もなお脈々と続いている因果。
◇ ◇ ◇
「ハァ。またイチからやり直しか。どうして失敗したのか検証して、レポートをまとめて……今夜は徹夜かも」
脱力して溜め息を吐くミーナを労るようにシヴァが優しく頭を撫でる。
「あまり、根を詰め過ぎても良くないよ。今日はゆっくり休んだら?」
シヴァは優しい。
しかし、シヴァに優しくされればされるほど、その優しさは呪いのせいなのではないのかという疑念が常につきまとい、ミーナを不安にさせる。
だからミーナは、今日も呪いを解くために奮闘する。
呪いで得た偽物の想いは要らない。
呪いを解いて、そのうえでミーナ自身を好きになって貰いたいから。
「よーし! また明日から頑張ろー!!」