6 境界線
その頃、瀬野 戒も場所の特定のために行動を開始していた。
「ここなら死角になっているな……行け」
スピードメーター付近に後付したカーナビを操作すると、荷台に付けているボックスから小型のドローンが3台飛び上がり、周囲に散っていく。
「ここも違うか……雑居ビルが多い地区だと探すのも一苦労だな」
ソフィアから提供された情報と、念のため情報を元に描いたイラストを用意した上で、ドローンの高度を視線に合わせられるように考慮しているが、決定的な要素が一致せずに似たような場所を見つけては探す作業の繰り返しであった。
「足使って、探し回れば絞り込めるが……やはり、決定的な情報がないと厳しいな」
ドローンからの映像には、条件に当てはまる場所の候補は出てきたが、建物を調べてみると会社だったり商店だったりと、テロリストが隠れてるような様子はなかった。
「元になってる情報が超能力だと、情報の精度が格段に落ちるな」
超能力はたしかに便利な能力であるが万能ではない。
特に雅人たちが使う超能力は1種類しか使えない上、発動条件は制限があるため使い勝手の悪さが目立つ。
戒は、合理的で堅実に積み上げてきた技術の方が、確実に使えると考えている。
「……とは言え、使える情報であるのは間違いない。足りない分は補強してやればいい」
まだ、使われ始めたばかりの能力で実績の蓄積がないだけで、増える傾向である超能力と人類は折り合いをつけて歩んでいかなければならない。
戒も手探りで、超能力を理解しようと試行錯誤している。
「情報と比べると、この近辺だと思うが……何かが足りなくて、特定できないな……」
ここも提供された情報に該当しそうな場所で、ソフィアに確認してもらうべきか判断を下すところで、カンと言うべきか……ここではないと結論が出てしまう。
「休憩するか……」
ドローンに帰還命令を出して、自動販売機で缶コーヒーを購入し一息つく。
扶桑島は設計段階で自転車やバイクの配慮がされて区画分けしているため、駐輪できるスペースが多いので、ちょっとした買い物や休憩に利用しやすい。
ドローンが撮影した映像を確認しながら、携帯端末を取り出し。
「さて……気は進まないが、頼らせてもらうか……」
二人の女性が脳裏に浮かぶが、戒は特殊な能力を持っていない東条 雅と連絡を取るため通話アプリのオモイカネを立ち上げる。
オモイカネは元々、災害時に発信されるAI実装型情報集積アプリにあった通話機能が独立してできたアプリである。
特徴として、元になったアプリが堅実な作りで飾りっけがないが、安全性はトップクラスの性能を誇る。
そして、最大の利点は災害時に使うことを前提としているので、回線を圧迫しないように配慮された機能が最大の特徴である。
「頼らさせてもらう」
「そろそろ来ると思っていたわよ」
要件だけのメッセージに、雅も端的に返答することで、戒は雅が何かしらの情報を持っていると察した。
通話機能に切り替え、会話による情報交換に切り替える。
「なるほどね。それで場所の特定に至ってないと……珍しいわね」
「元になってる情報が不確かなのが問題でな。正直、煮詰まっている」
「それじゃ、アナタがやりやすい方法で対処しましょう……ソフィアを囮に使って、テロリストを煮るなり焼くなりしなさい」
あまりの提案に戒は、雅が何を言ってるか理解するまで時間がかかった。
「重症ね……いつもアナタなら、既に実行してる現実的な策よ。相当煮詰まってない?」
改めて言われて、確かにいつもなら周りに黙ってでも実行している。
「まさかとは思うけど、学園美少女ランキング上位キープ者の色香に迷って、平和的に……とかないわよね?」
明らかに携帯端末の向こうにいる雅が、笑っていない笑顔だろうと予想がついてしまった。
「君とて、上位キープ者だと言うことを忘れてないか? 俺は君の色香にも迷うことになるのだが?」
「あら。気の利いた返しをしてくる余裕ができるくらいには回復したようね」
「ホント……東条 雅。やはり、君が苦手だ。囮に使う準備をする」
雅に礼を述べ、通話を終了しようとしたが、今度は自分の番だと話を振ってきた。
「そろそろハッキリと聞きたいのだけど――福祉教育部の超能力者について、見解を聞きたいわ。正直、私は彼らの行動はとても不愉快だわ」
「そうだな……まず、超能力者の超能力に対してだが、複合で使えるなら厄介な能力だが集団で行動すると、やな未来図しか見えてこない」
戒は超能力者に対して、良い印象は持っていなかった。
彼らは超能力が使えることによって、人生の選択肢が増えた。
だが、それは一歩道を踏み外せば抜け出せない底なし沼に落ちるのような綱渡りでありう、今も雅人をはじめとした福祉教育部のメンバーはギリギリのところにいる。
「戒。アナタ……福祉教育部は危険と考えているのね。彼らの行動は学生であることを逸脱し始めているわ……まるで物語の主人公にでもなったみたいにね。いずれ、大きな問題になると見ているわ」
「少し認識が違うな……超能力自体は問題ではない。いずれ、人類の英知で克服できるだろう」
「問題ではないなら、戒は何を問題にしてるのかしら?」
「――人の心だよ」
息を飲む音が聞こえた。
雅も漠然とながら、戒が何を問題にしているのかを察したのだろう。
「どんな素晴らしい知識、思想、技術、能力、芸術、娯楽だろうと、それを危険なものへと変えるのは――人の満たされることのない欲望だ」
戒は人間の本質は悪であると考えている。
そのことを無自覚でも知っているからこそ、人は自らを律するために、道徳、理性、法律など様々な工夫を重ねている。
だが、人の心の内にある悪は何かのきっかけで外に出てくる。
「始まりが善行であったとしても、力に溺れ、力を固執するあまり悪行になり果てても善行だと信じて止まることはない……周りが指摘しても意固地になって否定し、排除するようになる」
「見解に違いがあったわね。人間の本質的な脅威を感じていたわけね」
「やはり、今回の件が片付いたら二度と、こんな事件に関わらせなように徹底させるか。超能力で困ってる人を助けたいと考えるのは崇高なことだが……アイツらは、ただの学生だ」
戒は、ある目的のため様々な訓練を積み、技術を磨いてきた。
福祉教育部の活動内容で発揮することもできるが、本来、この知識と技術を使うのは命の取り合いで真価を発揮することになる部類である。
そのため、同年代が普通なら身に着けていない知識と技術を持っているからこそ、これ以上一般人が踏み込んではいけないと危機意識を持っている。
「事件が起こるたびに、忠告してきたが……解決してきたことで麻痺し始めてるかもしれない……それに……」
――声色に害悪が混じり始めてきたのが気になる。
戒は自身が持つ、ある特殊能力が警告してる情報を元にした言葉だけは飲み込んだ。まだ、信用している雅であっても手札をオープンにする時ではない。
「それと、たった今だけど、福祉教育部から神本部長御一行様が出て行ったわよ」
雅の報告に、もう一台持っている携帯端末を取り出す。
元々、身元を追跡されないように入手した違法手前の物だが、クロエがしつこく通話アプリのLINKSを入れろと迫ってくるので、こちらに入れて必要最低限の時だけしか使っていなかった。
「随分とメッセージ残してるな……」
「LINKSの方にメッセージ入れてるのね。確か、アドレス帳に記載されてる情報全部、サーバーに登録される個人情報保護を全く無視したシステムを採用してる危険アプリの?」
「公式キャラクターがかわいいんだとよ。後、サーバーにあるアドレスを元に友人の知人を探してくれるらしい」
一般的にLINKSは人気のあるアプリの一つで、愛好者に言わせると使いはじめると友人が増えていくことでいいと好評であり、一部の公的機関でも使用されている。
だが、システム上の問題で端末のアドレス情報を始め登録情報をすべて提出してしまうため、他人の情報も運営会社に渡すことになる点から、個人情報の保護が問題視されて危険なアプリとしての批判がある。
「呼び出しのようだ……気分転換になった。礼を言う」
「じゃぁ、お礼はいずれそのうちに。肉体的に」
呼び出し先に向かうため、ドローンを回収しよう帰還命令を入力するときに、ふと、気が付いた。
「ん? 俺を撮ってるな……プログラムミスったか?」
ドローン1台のカメラが入力した命令以外に戒を撮影していたが、操作を間違えたかもしれないと考え、帰宅したらメンテナンスする予定を頭の隅にメモして、バイクで走り出した。