5 赤松 乙女(あかまつ おとめ)
翌日、福祉教育部の面々はソフィアが予知したイメージの特定作業に追われていた。
一恵をリーダーとしたチームは、ソフィアの予知したイメージの情報を聞きながら暴漢達が災害を起こす場所を探している。
「戒君が、特定した場所から絞り込みたいのですけど……」
「戒の奴、どうやったら特定できるんだよ。おかしいんじゃねぇーか?」
「やり方が載ってるサイトを教えてもらったけど、実際にやってみるとわけわからない!」
「ひーちゃん。わかんなーい!」
情報だけで場所を特定するのは、やり方を教えてもらっても実践できるかと言えば、難しいのが実情である。
どんなに便利な道具が出てきても、正しい知識と繰り返し実践してきた経験がなければ身につかず、上手くいくことはないことを彼女たちは身をもって知ることになった。
「やはり、戒様が仰っていたように写真がないと難しいのでしょうか?」
やり方が載っているサイトは、どれも写真をもとに特定する手順が記載されているので、ソフィアの疑問は、この場にいる者たちの共通認識になっていた。
「雅人君たちの方で、何か手がかりを掴んでくださればいいのですけど」
「一恵様。休憩にいたしませんか? 皆様、お疲れのようですので、」
「おちゃのよういするねー」
慣れない作業での頭脳労働で、彼女たちは疲労が知らずに蓄積されていた。
ただ、そのことを誰も愚痴に出さずに続けようとする
「あー、もう。戒の奴からは連絡ないのかよ!」
「バカイなら、昨日からメッセージを思いっきり、スルーしてるわよ」
無料通話アプリLINKSのメッセージ欄を確認すると、他の福祉教育部のメンバーは既読済みに対して、戒だけが未読のままで放置されている。
「読むくらいしなさいよ……」
戒はLINKSを使っていなかったが、福祉教育部との付き合いが始まってからクロエが強引に導入された経緯があった。
クロエとしては、戒が早くに打ち解けられるようにと親切心だったが、ほとんど放置することが多く、その度にクロエはムキになってメッセージを送り付け読ませている。
「あのぉ……クロエ様は戒様とお付き合いをしているのでしょうか?」
「それはない!」
福祉教育部の中で比較的、戒と親しげだった印象があったのでソフィアは疑問に思っていたことを口にしてみたが、クロエは即座に否定した。
「いやー。ソフィアさん。そりゃ、いくら何でもクロエが可哀想だわ……」
「戒君は悪い人ではないと思うのですが……」
「こわいひとはめー。なの!」
どうやら、福祉教育部の女子からの評価は相当悪いことが伺えた。
助けてもらったときは、理由もわからない状態で暴漢を殴っていたことを思い出して、基本的に暴力的な印象が強いと推測して、ソフィアは戒に人望がないことに納得した。
「では、雅人様……」
一瞬だけ、部室内の空気が緊張状態になった。
――流石に、わかりやすい反応を皆様いたしますね。
ソフィアは、迂闊に福祉教育部では、恋愛関係の話をしないようにと心に誓った。
「それにしても、場所の特定というのは難しいのですね」
一恵が話題を変え、今、考えるべき問題に意識を向けた。
「バカイは、写真があれば簡単だって……」
「アイツは、もっともらしく言うけどさ。ソフィアの頭の中にあるイメージを撮れるかよ」
結局のところ最大のネックになっているのは、場所のイメージがソフィアしか見ることができないため口頭での情報を頼るしかない。
そのためどうしても正確には伝わらず、大まかに場所を特定できても絞り込むのには該当しているところをシラミ潰し探すしかない。
「だいじょーぶだよ。てつだってくれるひとがきて、しゃしんとってくれるよ!」
向日葵の言葉に、皆が励まさられる。
「向日葵ちゃんの言うとおり、私達が協力して……あら?」
「あー。向日葵の予知だな。こりゃ」
真理亜が向日葵の手を見ると、爪を噛んでいた。
向日葵は予知能力を持っており、自身の肉体の一部を体内で消費することが発動条件であり、使うときは摂取しやすい爪を噛んで食べるので、真理亜は超能力を使ったことに気がついた。
「それなら、念写が使える人だといいわね」
「念写が使えても、ソフィアさんのイメージを写真にできるのでしょうか?」
「一恵。博の超能力なら、他の人の伝えたいことをテレパシーで伝えることができるから、写真にできると思うわ」
「それが可能でしたら、確かに私のイメージを写真にできますね」
「クロエにしては、いいアイディアだぜ。それなら向日葵が予知したヤツが来ればいいな」
博の超能力は、TVの中継車に近い役割ができるテレパシーである。発動条件は超能力者限定でしかできない上、自身は他者同士の疎通を手助けしかできず内容を把握することができない制限がある。
「向日葵ちゃんの予知は近い未来を知るのが限界ですので、近いうちに出会えると思います」
「これで、場所の特定がやりやすくなる……バカイをあっと言わせてやれる」
「うーん。いつ、出会えるかなんだよなー」
向日葵の予知能力は高いが、問題は使い手側にある。
ソフィアのように正確に相手に伝えることのできるコミュニケーション能力がないと、受け手側の理解力に頼らざるおえない。
向日葵の場合は単純明快に予知を伝えるので、予知の細部までわからず。何時、どこで、誰がなどがわかりにくかった。
「さーん、にーい、いーち!」
向日葵が突然始めたカウントの意味が分からず、困惑していると部室の扉をノックする音が響いた。
「失礼します。こちらは福祉教育部の部室で、間違いないでしょうか?」
「はーい。てつだってくれるひとでーす!」
「いつも、向日葵には驚かされるけど……福音って、来るよねぇ」
この来訪者が、福祉教育部の数奇な運命を決めることになるとは、この時、誰も気が付かなかった。
「ご挨拶が遅れました。私は福祉教育部部長、神本一恵と申します」
「ボクは赤松 乙女です。実は、この方のことでご相談が……」
乙女は黒革の手帳を取り出し、挟み込んでいたポラロイドフィルムの写真を取り出し、皆に見せた。
そこには、ピントが合っていないために女子生徒らしいとしか確認できない人物を残忍な笑みを浮かべて、殴っている戒が写っていた。
「これが、どうかしたの?」
クロエは心底、不思議そうに乙女に尋ねた。
「………………はぃ?」
「あの……クロエさん。乙女さんは女子生徒に暴力をふるってることが問題だと、相談に来たのかと思います」
「あ……バカイは敵認識したら、殴るのが当たり前だったから違和感なかった!」
「それはそれで、問題だと思います」
まるで、DV旦那を持った奥さんのように感覚がマヒしているクロエ。逆に予想していた反応とまったくことなるクロエの言動と態度に唖然としてしまう乙女。
そして、比較的感覚がマヒしてない一恵がフォローをし、部外者であるソフィアが常識的なツッコミを入れる惨事となった。
「……」
真理亜は乙女の素性を少しだけ知っていたが、多少のことは目をつむり見逃した方が結果的に良い方向になると思い黙っておくことにした。
――もしかしたら、戒を雅人から遠ざけられる。
雅人の交友関係を表面だけで見ると、明らかに異質な戒を疎ましく思う者は意外と多い。
それに見せられた写真の件で相談であれば、戒の異常な暴力性を雅人に訴えることができる。
人の良い雅人は、ゴロツキのろくでなしのような戒でも分け隔てなく付き合うのは、将来的に良くないことだと真理亜は常々思っていた。
さらに向日葵の予知が正しければ、乙女は事件解決を手伝ってくれる重要な存在……ここで戒抜きで、事件を解決できれば遠ざける口実になると考えた。
「お……雅人からだ」
LINKSのメッセージを確認し、地図に印をつけていく。
「全部で、3箇所の候補が見つかったみたいですね」
「この辺りは、ちょっと治安が悪いところだな……どうするよ?」
ソフィアは予知能力で見たイメージの詳細をできるだけ話しているが、やはり、場所の特定は最終的に実際に見て確認しないと確定しない。
「……行きましょう。皆様が危険を顧みず行動しているのに、わたくしだけ安全な場所にいるわけにはいきません」
「赤松さん。申し訳ありませんが、後程、お話を聞くことになりますがよろしいでしょうか?」
「はい。構いませんが……もし、よろしければご一緒してもよろしいでしょうか?」