4 秋草 桔梗(あきぐさ ききょう)
まず、瀬野 戒は自分の置かれてる状況を冷静に確認した。
正座である。
正座をさせられているのである。
――やはり、雅の伝言を伝えたのはまずかったか。
あまり興味がなかったので、そのまま伝言を伝えたら、正座をするように言われてしまった。
尚、正座を強要したこの部屋の主は、キッチンで夕食を作ってる最中である。
「あの……桔梗?」
「ん……もう少しで出来るから、大人しくしてて」
この部屋の主、秋草 桔梗は、戒と別の高校である都立海原高校の生徒である。
戒とは幼少の頃に数日間過ごした付き合いだったが、1年前に再会して紆余曲折を経て、付き合いが再会することになった。
座卓の上に作られた夕食が並ぶのを見ながら、戒は目の前で食う悪魔の所行をするつもりかと疑ったが、ちゃんと二人分用意されていた。
――あれ? 気のせいか、いつもより手が込んでないか?
桔梗は育った環境のせいか、感情表現が乏しいので、戒の経験と知識を総動員しても、読み取りにくいところがある。
「いただきます」
「召し上がれ」
「なぁ、桔梗。随分と手の込んでる気がするのだが……?」
「伝言を聞いたから……まず、正妻として胃袋から押え込む」
「握るんじゃんくて、押さえ込むのか……こいつら……マジかよ」
「勝利するから、安心して」
どうやら桔梗と雅は、本気で正妻の座をめぐり争うつもりのようで、戒は頭を抱えた。
流石に対応のしようがないので、この問題を棚上げすることにした。
そして、雅に話したソフィアが、持ち込んだ事件のことを話すことにした。
「戒、私も事件に関わってはダメかな?」
「いつもの事件とは、危険度が格段に違う。関わらないでもらいたい」
「理由を聞かせてもらえる?」
「今回の事件……正しい言葉に置き換えるなら、テロだ」
「物騒ね……ソフィアって人は『災害』と言ってたのよね、彼女はなぜ、正しい表現である『テロ』と言わなかったの?」
「ただの暴漢が、扶桑島に災害を起こす……こう聞くと、事件なのは変わりはないが、印象が弱くなり大事と思えなくなる」
「そうだね。モヒカンで改造バイクを乗りながら、火炎瓶投げまわってると思う」
「世紀末だな……これは情報操作でよく見かける手法。この場合は、テロリストが扶桑島でテロを起こす……こっちだと事の重大さがわかりやすくなっただろ?」
「前に教わった。爆発テロ事件を爆発音事件にしたりするのだよね。でも、ソフィアとか言う人が、情報を操作する理由がわからない」
「テロリストどもと、繋がりがあるわけではないと思うが、事件を大事にしたくない事情があるんだろうな」
戒だけが、ソフィアが『助けて』とは言ったが『事件を解決して』とは言っていない事実に気がついていた。
今、福祉教育部が動いているのは、明確なソフィアの頼みでなく、ソフィアの情報操作によって誘導され行動している割合が高いと見ている。
そのため、万が一を考えて、雅人達とは別行動を取ることにした。
「洞察力は感心するけど、よくもそこまで人を疑って見ることができるね」
「矛盾に感じたことを丁寧に解いていけば、おのずと証明され結論が出るだけさ」
「関わってほしくない理由はわかった。関わらないことにする」
桔梗も超能力者として覚醒しており、彼女の通う海原高校でも表に出てない問題として、何らかの動きがあると聞いているので、関わろうとする可能性を捨てきれず不安であった。
正直なところ、戒は桔梗の答えにほっと胸をなでおろした。
「ただ、何かあったら利用してね」
何気ない当然のことのように言った言葉が、戒に鋭く突き刺さる。
雅と同じように桔梗も、戒に対しては全面的に信頼をしてくれるし、非常に好意的であるが、宮人決定的に違うのは、戒に使われることに意義を見出している点である。
「わかった。その時は手助けをしてもらう」
やんわりと、桔梗の言葉を戒は修正した。
何とか、意識の改善もしたと思っているが、これでも1年前よりはマシになっているので、長い目で見るつもりでいる。
――こんな厄介な事件は、今回だけにしてほしい。
戒は心中で、愚痴をこぼしてから、胃袋を押え込まれないように抵抗しながら、夕飯を美味しく頂いた。