表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
RUPE ~みらいいまださだまらず~  作者: ネームレス
第01話 ―開戦― ビギニング・ソング
2/29

プロローグ 

「ラ、ラララ~♪」

 満月の夜。

 廃ビルの屋上で月明かりに照らされながら、少女は待っていた。

 着ている服は実用性を考えていない、魅せるために考え抜かれた衣装だが、少女は自分らしさが一番出ていると思っていた。

 少女はこれから起こる事への期待で、喜びの歌を歌うほど楽しみでしょうがなかった。

 ずっと、求めていたことが叶えられる日が、訪れたのだから無理もない。

 王子様が迎えに来てくれること、夢見るような心境の少女にとって、これほど幸せに満ちた時間はないだろう。

「ここに至るまで、どれだけの屍山血河を踏み越えて来たか……」

 現れたのは、外見に似つかわしくない低音な大人びた声、少女が待ちわびた王子様であった。

 着ている服は、破れたり焦げていたりとボロボロで、額から出血したのか、乾き始めた血を流したまま。所々、擦り傷や怪我もしているが、足取りはしっかりとして、威圧感を感じさせるように近づいてくる。

 その姿は王子様とはほど遠く、死にまき散らす青い馬に乗った使者のようだった。

 少年は少女の隣に無遠慮に座り込むと、足を伸ばして、夜空を見上げる。

「月が綺麗ですね――」

「――私、死んでもいいわ」

 少年と少女は、満月を見ながら長年連れ添った夫婦のように、当たり前のように当たり前の言葉を交わし、笑い合った。


「お姫様の元へ来るにも大変な物だ……毎回、魔王に攫われれるお姫様を助ける勇者の戦略、戦術には感心する」

「どちらかと言うと、君が魔王で、下で寝ている人達が勇者なんだけどね」

「寝るまで、随分と騒ぎ回っていたが、今は疲れ切って……半数は確実に永眠してる」

「それなら、横やりが入ることがないから安心ね」

 これから少年と少女が行うことは、長い年月をかけて積み重ね、ようやく実現する大切なこと。

 少年は、そのために邪魔となる障碍を始末し、少女の元へと辿り着いた。

「地上は賑やかだけど、ここは大丈夫かな?」

「心配はない。地上で馬鹿騒ぎしてる連中は、コソボ・クリミア方式で殲滅中だ。これ以上、人手を回したくても回せないだろうな」

「よかった……ねぇ。私の望みを叶えてくれるかしら?」

 二人だけの空間を、沈黙が支配した。

 これから起こることを理解しているからこそ、最後の語り合いに花を咲かせていた。

「望み通りにお姫様――殺す」

 その言葉と共に、少年は少女の胸に軽く触れる。

 円錐状の血のような深紅の杭が出現し、少女の胸元――心臓の位置に固定される。

「とても綺麗な紅……」

 何度も見てきた杭だったが、混じりっけのない紅の宝石ような透き通るような美しさに、少女は感嘆の声を漏らした。

「はっ!」

 少年は後ろに跳び距離を取ると、直ぐに跳躍して深紅の杭を押し、少女に突き刺すようにキックを当てる。

 敵意も悪意もない。ただ、純粋に少女の願いに応えるためだけの、殺意を込めた必殺のキックだった。

「貴方が殺してくれて……ありがとう」

 世界で一番愛おしい少年との今生の別れに、一番の笑顔を浮かべることが出来たか確信が持てなかったのが、少女にとっての心残りであった。

「……」

 彼は答える代わりに、消えゆく少女を優しく抱きしめる。

 少年の血のような紅い瞳が微かに揺れている。

 それは悔悟の情なのだろうか?

 少年は少女に、恨みや憎しみがあったわけではない。

 ただ、少女は存在するだけで、世界を滅ぼす毒であった。そして、少年しか、少女を殺すことが出来なかった。

「もし……」

 殺せた確信が持てたからこそ、少しだけ心に芽生えた『殺さないですんだ未来』を思い浮かべたから生まれた迷い。

 だが、自らの死を……否、死をもたらしてくれる存在の葛藤は、少女には理解が出来なかった。

 だがら、少女は歌うことにした。少年に向けて初めて歌ったラブソングを……。

 歌い終わると同時に、少女に死が訪れた。

 ろうそくの最後の輝きのように、強い輝きと共に弾け、光の粒子となって月を目指すように夜空に吸い込まれていく。

 己の人生の全てをかけて、少女を殺すことだけを目的として生きてきた。

 今、少女は生を終え、死んだ。

 腕の中にいた、少女の残り香が消えたことで、目的が完遂したことを悟った少年は、声なき慟哭を上げる。

 後に『扶桑島の七日間戦役』と呼ばれる一日目の夜。

 ただ一人、少女を想い続け、少女のためだけに生きてきた少年の長い戦争が終わった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ