用意するものは魔法陣と鎖です
乾いた風が体をすぅっと通り抜ける。
衣服など防寒という目的ではあまり意味のないものではないかとさえ思えてしまう。
それ程に、今日は一段と寒かった。
いよいよ冬も本番か。
一番家から近かったから。
そんな理由で難関高といわれる、この丘瑠斗高校を受験した僕だが、取り上げて言う程頭がいいというわけではない。
のらりくらりと、面倒な事だけは避けて適当に生きてきた。
何事も中間がいいのだ。
良すぎず、悪すぎず。
なるべくなら注目などされずに、
「あ〜おはよう、今日ズッゴク寒いねえ」
人付き合いも程ほどに、
「おはよっ、今日夕方から雪なんだってえ。あたしさぁ――…」
それなのに、
「あー有栖、お前今日放課後付き合ってくんね?どーしてもお前連れて来いって――…」
どうして
こんな容姿に生まれてしまったばかりに……!
名前も覚えていない、よおーく思い出してみればそういえば見たことあるような顔だなあといった程度の認識しか持たないこいつらに!
何故朝から囲まれなければならない?
別に僕は金とか銀とか特殊な髪を持つわけでもない。
真っ黒な髪にこれまた真っ黒な目。普通だ。至ってふつう。
高めの身長に細くも全く筋肉がないと言うわけではない白い体。
ただ、髪の毛は長く、襟足を一つに束ね、前髪も目に掛かってしまう長さなので左右に避けてある。
何故そこまでして髪を伸ばすのかというとまた長い話になるからまたの機会としよう。
「おはよ。悪いけどさ、放課後は僕図書室に用があるんだ」
何だよ、愛想わりぃなぁなんて思われてもいけない、
だけど放課後の貴重な時間を割いてまで、こいつらに付き合う事もない。
僕は適当な笑顔を振りまいて席に着く。
僕の姿を目に留めた何人かが話しかけにこようとするが
だけど僕だって何も考えていないわけではない。
誰も僕に話しかけないままチャイムだけが鳴り響いた。
教室にはギリギリで入るようにしている。
家が近い分、時間の調整も思いのままだ。
退屈だ。
退屈。
だけど僕は授業中に眠ったりなんてしない。
精々窓の外を眺めているか、じぃっと時計と睨めっこしているかのどちらかだ。
休み時間は本を読んで過ごす。僕は読書家だ。
僕じゃない物語の中で人生を生きる。ページを捲る音、紙のにおい。
誰が話しかけてきても大抵は無視してしまう。
これは問題ない。事前に僕は本に集中すると周りの声が聞こえないんだと言ってある。広めたつもりはない。広まっていたのだ。これを利用しないでどうする。
退屈な授業を終え、僕は放課後を迎える。
この放課後の為に僕は学校に来ているといっても過言ではない。
ここ、丘瑠斗高では、放課後に限って図書館が開放される。
校舎とは別に建てられた図書館は、高い高い天井に向かってぐんぐんと伸びるようにして階段が続いており、その階段脇に本棚があるのだ。
だから、外観は物凄く縦長い。
本の数はなんとどの高校よりも多いらしい。
これは僕が入学してから知ったことだ。
「思ったより、きつい、な……」
今日、僕は最上部まで行ってみるつもりだった。
しかし普段からあまり運動をしない僕には結構な事だ。
階段を登るだけで息があがるとは。
もう少しだ、という所で、一冊、本棚から階段へと落ちているその本。
戻しておこう、と手にとって何気なく開いたページに目をやる。
「何だ、これ…?――『用意するのは魔方陣と鎖です、」
よく分からない記号やらで埋め尽くされたその本で、唯一読める日本語の場所に目をやる。
円のような書かれているそれは魔方陣とやらなのだろうか。
「『有栖の国、不思議の国の――』って痛ええ!」
上から突如降ってきたそれ、何か、重くて冷たくて長い、これは……?
ふ、とそこで真っ白な靄が僕を包み込むかのように、ゆっくりと意識が途切れていくのが分かった。
古い紙のにおいにかわって、甘い花の香。
すぐに意識を取り戻したように思う。
眠っていたのなら感覚は当てにならないが、途切れたのはあの一瞬だけ。そんな何の根拠もない感じがあった。
目を開けてまず視界に入ってきたのは、一面の花畑。
紫を基調としたそこは、まるでおとぎの国の世界のようだった。
「な……っ!?」
止まった思考回路のまま、取り合えず体を起こそうとして僕は『それ』に気付く。
体中にまきついているそれ。
鈍く煌くそれは重い鎖だった。
「捕獲」
頭上短く小さな声がする。
「異世界にようこそ。有栖」
にっこりと陽の光をあびて微笑むのは、僕よりいくつか年上だろう、金髪碧眼。それこそ物語の中の王子様みたいな奴だった。