宇宙の中の無数の愛のカタチ
【第73回フリーワンライ】
お題:
ときめくキスより噛みついて
フリーワンライ企画概要
http://privatter.net/p/271257
#深夜の真剣文字書き60分一本勝負
一糸纏わぬ男女が、パリパリのシーツに皺を深く刻み込んでいく。
男が女の豊かなブロンドの髪に手を差し込む。彼女の頭を捧げ持つように。
「ああ……食べちゃいたいよ」
「ふふ。食べて欲しいの」
女は男の手をするりと抜けると、真っ赤な唇を男のそれに重ね合わせた。お互いの呼吸まで愛しいとばかりに息を吸い合う。唇の隙間から粘着質な音が漏れる。
絡まった舌を解きほぐし、今度は女の両手が男の頬を包んだ。男の目をひたと見据える。
「ねえ、私が宇宙人だ、って言ったら信じる?」
「知ってたよ。隣の惑星から来たんだろう? 地球人とは思えないくらい美しいからね」
女の瞳に悪戯っぽい光を見付けて、男は冗談だと考えた。
「ありがと。遠く遠く流れ着いた先の原住民が私そっくりで本当に良かったわ。身体の作りも。もう駄目だと思ってたのよ」
「君は生き残りか何かかい? なら、故郷から離れた地球でイブになるわけだ」
「んー、ちょっと違うわ」
女はシーツをまとって、男の腰の上に跨がった。その薄衣は彼女の豊かな胸の盛り上がりを些かも隠すことは出来なかった。
「私の種族は女じゃなくて、男が孕むのよ」
「つまり君は……実は男なのか? こんな素敵なカラダで?」
男はシーツの上から女の身体を撫でた。
「そういうことじゃないの。性別的に女は女よ。でも――」
女は男の顔を包む手に力を込めた。鼻と鼻がくっつくほどに顔を寄せる。
「私の種族は男が女を食べて、男の身体の中で受精するのよ」
男は陽気に笑った。
「カマキリの話かい? ナショナルジオグラフィック? それともディスカバリーチャンネルでも観た?」
「捕食の本能に勝てないメスね。似てなくもないけれど」
女の目が怪しく輝く。
「ま、いいわ、説明するより実際やってみる方がわかりやすいでしょう」
男は期待感が下半身に凝結していくのを感じたが、なぜか動けなかった。女の手が男の顔をがっちりホールドして離さない。
離してくれなきゃ出来ないよ、と言いかけた言葉を飲み込む。
女の目が誇張ではなく赤く光っていた。
「一人分の体積を胃袋に納めるのは普通は無理だけど、今、あなたの脳に働きかけて地球人のリミッターを外してるわ」
ばさり。ブロンドが風もないのに空中に広がる。男は髪の間に蠢く何かを見た。それは触手だった。女の脊髄から伸びている。
「大丈夫よ。皮も肉も骨も、全部食べられるから。後が残って大騒ぎになることなんてないの――」
触手がうねり、女の目がさらに赤く輝いた。
「さあ、私を食べて?」
「ああ、そうよ……」
「美味しいでしょう? ん、今はそう感じられるようになって――っる」
「勿論、うんっ、私は食べられちゃうからいなくなるけど――」
「だから私の代わりに私たちの子どもを愛してね……」
「私は――ァ、大丈夫だから」
「私のことは気にしないで」
「あっ……――」
男は真っ白いシーツを赤黒く染めて、ベッドの上に呆然とした様子で膝立ちになっていた。
やがて両手を見下ろすと、下腹部を愛おしげに撫で付けた。
「まあ、私があなたになるんだけれど」
いつの間にか男の脊髄から生えた触手が、うねうねと空中を漂った。
『宇宙の中の無数の愛のカタチ』了
お題を見た時に、まずケイオス・ヘキサ三部作の吸血鬼〈ロング・ファング〉を思い出した。捕食を伴う性行動。しかしそれだとお話にならないのでひとまず置いておく。
次に思い出したのは銀河ヒッチハイクガイドの『宇宙の果てのレストラン』と『新銀河ヒッチハイクガイド』に出てくる「食べられたがる牛」だった。やっぱりこれだけだと話にならない。
でもそこでちょっと考えてみた。実際食べられたがる生物がいるとして、その動機はなんだろう? 自分の命を賭けるくらいだから、やっぱり繁殖だろうな。ここでロング・ファングと繋がった。
それでこれ書き始めたんだけど、書いてる途中で「『レベルE』に似たような話が出てきたような」と気付く。無念。
だけどまあ、ロング・ファングもレベルEも、食べることが主体で、食べられるわけじゃないから勘弁。