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脇役少女  作者: uda
異形のモノの物語
7/17

宇宙人からの贈り物

 月明かりが窓から差し込み周囲を照らす。

 ロの字に組まれた机が並ぶ会議室。その広い部屋の隅で三武郎と勇子は身を潜めていた。


「なるほど、ふふ、ふふふふ」


 少し不気味に笑いながら勇子は両耳に付けていたヘッドフォンを取り外した。

 ヘッドフォンは勇子の手に持つラジオのような機械に繋がっており、その機械は名和に持たせた盗聴器に繋がっているらしい。

 何故そんなことをしているのか。それは連絡のつかない名和達の様子が気になった勇子が会話を聞きたいと言い出したからであった。

 また、盗聴器を持たせた理由を聞いてみたところ、今後のヒーローとしての参考にしたいからだというなんとも嘘臭い答えを勇子は返した。


「それで、向こうはどういう状況だ」


 今のところ追っ手もこの近くには来ておらず、少し暇であった三武郎は興味もなく訊ねた。

 優子は満足したのかラジオのような道具のアンテナを畳むと答える。


「向こうも無事なようです。しかも、向こうは色々とクライマックスのようですよ」

「へぇ」


 何故か上機嫌に語りだす勇子に三武郎は適当に相槌を打つ。勇子は三武郎の反応を気にすることもなく話を続ける。


「名和さんがですね。自分が異怪物と関わっていたことを黙っていたのを謝った後、異怪物の巫女になりかけのあゆみさんに『一緒にいてやる!』と言いながら少女に手を伸ばして今抱きしめたんですよ! 凄いですよね。完全にラブコメしてます。やはり主役! 格が違います」

「お、おう。分かったから落ち着け。そんなに叫ぶと人が来るぞ」

「え、あ、そうでした。……私としたことがスイマセン」


 若干引き気味に言うと勇子は我に返ったようで気まずそうに頬を掻いた。その反応を鼻で笑いながら三武郎は盗聴器の受信機をランドセルにしまい始める勇子に呟く。


「つーか、意外と何とかなるものだな」

「そうですね。人狼の五感はなかなか便利です」


 人狼化している三武郎にとって夜目がきく事、また聴覚から相手がこちらに近づく足音が聞こえる為、今のところ捕まる気はしなかった。


 しかし、何故勇子が人狼に対してそこまで詳しく知っているのかはよく分からず、三武郎は不審そうに勇子を見つめた。


「おい、ガキ、それにしても人狼について詳しいじゃねぇか」

「任せてください。私の街で起きるファンタジーな出来事はあらかた網羅していますから」

「だから、オレ達の事にも詳しいってことかよ」

「はい」


 言いながら勇子は腕に付けている時計で残りの時間を確認する。


「ところでこの部屋に来てから大分時間が経ちましたね」

「そうだな。この調子なら楽勝じゃねぇか」

「けど静かすぎですよね。さっきから信者の方もこちらに来ないようですし」

「大方、諦めたんだろ」


 最初は信者たちに追いかけまわされ、隠れていてもすぐに近付かれたので移動していたのだが、何故か先ほどから信者の足音や匂いを周囲から感じ取ることはなかった。

 勇子は背負いかけたランドセルを再び床に下ろした。


「多分違います」

「じゃあ、何だって言うんだよ」

「おそらくですけど、この展開だとそろそろ来るはずです」

「展開?」

「坂下さん、物音ではなく匂いに集中してください」


 ランドセルの中を漁る勇子の声に訳が分からないが真剣な声に仕方なく三武郎はスンと鼻を鳴らした。

 周囲には少し埃っぽいこの建物の匂いが漂うだけ――ではなかった。


「何だ、こりゃあ」


 かすかな匂いに顔を歪ませ三武郎はもう一度鼻を動かす。


(泥……いや、血なのかこれは)


 泥にまみれた血肉の匂い。今まで嗅いだこともない悪臭であった。

 そして、その匂いは徐々にこちらに近づいてくる。


「何か来てやがる!」

「やはり、そうですか。どちらから来るか分かりますか」


 落ち着いた声をしながら勇子はランドセルを背負い直す。その右手には一丁の銃が握られていた。

 だが、その銃は三武郎の知っている形状をしていない。滑らかな曲線をしたまるで小型のドライヤーのような形をしたピンク色をしているのだ。

 それはどう見てもおもちゃの銃にしか見えず、三武郎は不思議に思ったが、そんな事を聞くよりも先に不審な匂いはすぐ目の前まで近づいて来ていた。


「廊下側だ、来るぞ」


 扉の前にいると話そうとした三武郎の視線の先でそれは現れる。


 音もなく閉まっているドアの隙間から黒い液体があふれ出す。粘液質な黒い液体は床に溶け込むことなく溜まると膨らみ、嫌な匂いを周囲にまき散らしながら形を形成した。

 それは大きさが五十センチほどの黒く少し細長い半球状の姿。その中心がぱっくりと裂け中から目玉が姿を出す。それが何なのか分からなかったが、明らかに三武郎の中の常識を超えた生物であることは確かであった。

 思わず目の前の現実が幻覚だと思えてきそうな異形の生物を前にして勇子は静かに語りだす。


「あれがヒルです」

「ヒルじゃねぇだろ!」

「じゃあ、何だと思います」

「……チッ」


 三武郎はうまく答えることはできずに舌打ちしてしまう。ヒルと言われれば確かにそう見える形状をしているが、不気味な目玉が付きここまで大きなヒルを見たことも聞いたこともなかった。


 ヒルは周囲を観察するように瞳を動かす。そして、その不気味な一つの目玉が三武郎たちを捉えるヒルはぐっと身を縮める。その動作にぞわりと寒気がした瞬間、ヒルは三武郎に目掛けて飛び掛かった。


「うわぁ!」


 情けない声をあげ三武郎は横に素早く飛び、回避する。隣にいた勇子は三武郎にしがみつき一緒に移動した。

 かわされたヒルはそのまま壁に激突し、卵が割れるような音と共に形を崩し床に落ちる。


「やべぇ、やべぇって」


 襲いかかられた際の光景に三武郎は何とも言えない恐怖が遅れて湧き上がる。

 ヒルの裏面が露わになり、人の口のようなものが付いていたのが見えたのだ。黒い体色と比べ、その口からは異様なほど白い歯が見え、三武郎を捕食する意思がしっかりと伝わる。

 関わるなと三武郎の人狼としての本能が激しく警報を鳴らし始め、三武郎は形を崩したヒルに近づくことはしなかった。


「あれには絶対触れてはいけません。感染します」


 三武郎の背後にいる勇子は静かに語る。


「……つまり、どういうことだ」

「捕食される危険はもちろんありますが、あのヒルに傷つけられたり体液を大量に浴びてしまうと先ほどの信者のようになってしまう可能性があるのです」


 勇子が説明をしていると体を崩したヒルはゆっくりと元の形に戻り、獲物を探すように中央の目がきょろきょろと回転する。

 まともに戦う気はすでに三武郎にはなかった。


「くそ!」


 逃げようと近くの出入り口に行こうとするとその扉の前にもう一体のヒルが、振り返り窓から飛び降りようとしたが窓にもヒルが窓に張り付いていた。


「おい、囲まれているじゃねぇか。どうすんだよ」


 目の前の非現実的なものに囲まれる状況に三武郎は藁にもすがる思いで勇子に声をかけた。

 完全にパニック一歩手前の三武郎に対して勇子はこの状況でも慌てず、むしろ少し楽しそうに小さく口元で笑みを作った。


「大丈夫です。任せてください。こんなこともあろうかと」


 自信満々に勇子は先ほどから右手に握るピンクの銃を構える。


「お前。それおもちゃの銃だろうが!」

「大丈夫です」


 ピンクの銃を握る勇子は視線の先にいたヒルを慎重に狙いを定めると引き金を引いた。

ドライヤーのような形の銃の先端から出るのは心地よい風などではなく、輝きを放つ弾丸が撃ちだされる。

 何の脈略もなく放たれた光弾はヒルの体に命中すると風船のような破裂音と共にはじけ飛ぶ。


 その瞬間、ヒルは苦しそうに身を捩ると仰向けになると形が崩れ、黒い土となり果てた。


「……」


 瞬く間に起きたあまりにもあっけない出来事に、三武郎は口を開き放心してしまう。


「ね? 何とかなりましたよね」


 窓と扉から侵入してくる残りのヒルに光弾を撃ち込み、簡単に退治していく勇子に三武郎は同意する気にはなれなかった。


「なんだそれ?」


 突然の出来事に言えたのはそれだけであった。


「これですか。光線銃ですよ」

「ふざけんな、そんな武器があってたまるか。つーか何でガキがそんなモノを」

「友達の宇宙人からのプレゼントです」


 突然言われた宇宙人という言葉はとても信じられないものであるが、見たこともない形状、ヒルを一撃で倒す謎の弾丸、という技術に否定することはできず、頭を掻くことしかできなかった。


「これさえあれば数体のヒルなら何とかなりそうでしょ」


 自信あり気に話す勇子に三武郎は何か言おうと口を開こうとしたが、誰かが近づいてくる足音が聞こえた。

 ヒルに集中しすぎたせいで物音に気付けなかった三武郎はドアのほうに首を向けた。

 瞬間、扉を叩きつけるような乱暴な音と共に黒い巫女服の女性が姿を現した。


「見つけましたよ!」


 誰が来るかと焦っていた三武郎は現れたのは若い女性一人ということに拍子抜けしてしまう。

 巫女は歯を食いしばり憤怒の表情で二人を睨みつけてくる。


「覚悟しなさい」

「おいおい、女一人でオレを倒せると思ってんのか」


 人狼の三武郎はとりあえず軽くぶちのめして逃げようと下卑た笑みを浮かべた。


「……勘違いをしないで下さい、私にはいるこ様がいます」

「そうかい、そうかい」


 おかしそうに笑う三武郎を無視し、目の前の巫女は右腕をまくりあげる。

 現れたのは人の肌とは思えない黒い腕。

 その異様な腕に三武郎の笑みは固まる。

 

「そ、その気持ち悪いのは何だよ」

 

 巫女は三武郎の質問に答えることなく黒い人形のような右腕を宙に振るう。ぼとりと右腕の一部がこぼれ落ちた。

 その肉片は地面に落ち、形を保つ。再び見た光景のように肉片が落ちた場所は黒く膨らみ、体を大きくしたヒルが現れた。


「向こうも色々とぶっ飛んじゃねぇか!」


 正直、信者たち人間なら三武郎にとって簡単に倒せると思っているのだが、このヒルの相手は勇子の説明もあって正面から戦う気にはなれない。

 巫女は腕を再び振い、腕の肉片をまき散らしていく。


「お、おい、ガキ。あれだ、光線だ」

「え、いや、それは」


 勇子は小刻みに首を振った。


「何してんだ」

「これ、範囲が広い設定なので、今撃ったらあの女性に当たってしまう可能性があるので」

「そんなもの気にしていられねぇだろうが!」

「嫌です。人に大怪我させるは嫌なんです、坂下さん、ここは逃げましょう」


 先ほどの銃の威力からしても人間に当たればただでは済まない事など容易に想像できたが、そんなこと言っている状況ではないと思う三武郎は、頑として譲らない勇子に思わず歯ぎしりをしてしまう。


「何を二人で言っているのですか」


 巫女の足元から現われた幾つものヒルの大半が体を縮ませ一斉に飛びかかってくる。


「くっそ!」


 小さく悪態をつくと三武郎は勇子のランドセルごと掴み持ち上げ、横に飛び避ける。着地と同時にそばにあった会議室の机を巫女に向かい投げつける。

 しかし、巫女に飛んでいく机は残りのヒルが身を呈してぶつかり威力を相殺した。


「おい、ヒルだけ的確に撃てないのかよ」

「私はガンマンのように射撃はうまくないのです」

「畜生! 覚えていやがれ!」


 負け犬のようなセリフを吐き捨てた三武郎は勇子を担ぎ教室から飛び出す。

 転がるように出た廊下には誰もいなかったのだが、足音がこちらに迫っているのが人狼である三武郎の耳に聞こえてくる。


「待ちなさい」

「誰が待つかよ。ばーか」

「あのー、中学生のような痛い発言はやめた方がいいですよ」


 ヒルに追いかけられている状況だというのに勇子は自分のペースを崩さない。


「坂下さん私たちは囮なのですので、すいませんが目立つためにそこらの窓ガラスでも割りませんか」

「わーてるよ!」


 叫びながら走る廊下の窓ガラスを叩き割る。静寂だった廊下に乾いた音が建物内によく響き渡った。


「これでいいだろ」

「いいですよ、いいですよ。先ほど、とっさに私を掴んでヒルから避けたみたいにその場の正義感で動くのは素晴らしいことですよね。だから、もっと、そういう気持ちを大切に――」

「説教している場合じゃねぇだろが!」


 三武郎は鼻を一度ひくつかせると背後からヒルが追って来ている匂いが確かに臭った。


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