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脇役少女  作者: uda
異形のモノの物語
6/17

巫女の語り

 突如現れた少女と人狼に巫女は驚かないといえば嘘であった。

 しかし、頭の中に響く声に言われるまま彼らを浄化しなければいけないという強い思いが巫女を奮い立たせていたのだ。すると、巫女の言葉に怖気付いたのか彼らは争うことなく窓ガラスを割り姿をくらました。

 追いかけるように信者たちに命令した後、巫女は石碑に向かい祈りが中断したことを謝罪する為、膝を曲げ地面にこうべを垂れる。


「おい、まだあの化け物どもを捕まえられないのか」


 耳元で怒声が聞こえる。

 信者達を使い建物内を探索しているのだが一向に見つからず、巫女の近くにいる教祖が声を荒げているのだ。

 そう、あれからしばらく時間が経ったが未だ彼らを発見することはできていない。不安と焦りを隠しきれず、怒りで自分を誤魔化そうとする教祖に信者の一人がおずおずと意見を挙げた。


「し、しかし、何故かあの化け物どもは我々が追い詰める前にまるでそれを察したように逃げるのです」

「言い訳はいらん。祈りを中断した奴らだ。絶対にここから逃がすな!」


 人狼に投げられ、地面を転がった時に汚れたローブと頬に残る土を払いながら教祖は何人か信者を残すと建物内の周囲を囲んでおくように命じた。


「まったく、何なのだあの獣のような奴は」

「見たところ映画や本に出てくるあの人狼でしょうか」

「人狼? ハハハ、馬鹿な。そんな架空の生物がいるわけないだろう。この世にいる常識を超えたものはいるこ様とその眷属だけだ」

「しかし、あの姿は」

「きっと、特殊メイクだ。以前我等の信者を取り返そうとした彼らの身内どもが一泡吹かせようとしているだけだ」


 信者と教祖の会話を耳にしながら巫女は立ち上がる。いるこ様に声を掛けたのだが忙しいのか、いるこ様の声は聞こえてこなかった。

 その様子を横目に教祖は呟く。


「まったく、明日が巫女の交代だというのに面倒なことを」

「ええ、そうですね」


 巫女は教祖に淡々と相槌を打つ。


(そう。明日で巫女として私の役目はおしまい)


 明日はつい最近連れてこられた少女、あゆみが新たな巫女になる日であると同時に前代の巫女が任を解かれる日でもある。もっとも、任を解かれた所で信者としてこの教団に尽くすつもりであった。

 自身の右腕に巫女は意識がいく。黒い巫女服によってうまく隠しているが巫女の右肩から手先までは墨のように黒く、毛穴や血管なども浮き出ていない人形のような光沢をしていた。

 明らかに人の腕とは思えない腕。巫女はその腕を愛おしそうに見つめる。


(いるこ様に頂いた右腕。失った腕を再び与えてくださったこの恩恵。一生忘れません)


 だからといって巫女は不安でないといえば嘘であった。連れてこられたあゆみは巫女が神と呼ぶものに対して未だ不信感を持っている。何度か説得しようとしてみたのだがあゆみの心は一向に開こうとはしていなかった。

 このままでは儀式そのものに参加できないのではないのかという予感。それが巫女の不安の種であった。


(いるこ様の優しさに触れれば私のようになって貰えるのでしょうか)


 本心から言えばあゆみという少女に巫女の任をさせるのは巫女にとっては嫌であった。おそらくあゆみの事を嫌いなのだろうなと巫女は思う。

 何故あゆみが嫌いかは巫女には分からない。ただ、あゆみを連れていく際に、叫ぶ少年の姿を見てから並々ならぬ嫌悪感を少女に抱いたのは確かであった。


「何故、私とは……」

「ん、どうした巫女様」

「い、いえ。独り言です」


 ぽつりと漏らした言葉の意味は巫女自身もよく分からない。ただ、ひどく頭痛がする。

 少女を連れていく時の光景を思い出す度、何か大切なことを忘れているように巫女は感じたが思い出せない。

 不意に巫女の黒い右腕が震えだす。


「……いるこ様」


 呼んでいるような脈動に巫女は振り返り石碑を見つめる。頭痛はいつの間にか消え失せていた。


 祈りをささげていた石碑は白く透き通り、よく見ると人のような細い血管が生え渡っている。さながら、透明な臓器を連想させる石碑の前に巫女は行くと石碑は小刻みに震え巫女にしか聞こえない高音を放つ。

 およそ人のモノとは聞こえない音が巫女の脳を揺さぶる。

 その金切り声のような音に含まれた意思というものが自然と何故か頭に入ってくる巫女はその内容を聞き取ると分かりました。と短く返事をした。


「何か神託が下ったのか」

「はい、いるこ様はこの件の重大さを理解し『眷属』をお使いなさいとのことです」


 眷属という言葉に教祖は眉をしかめる。


「『眷属』を、しかしそんな事をすれば明日の儀式が……」

「どうやら、いるこ様は明日の儀式より先ほど現れたモノたちを浄化することが重要だと思っているようです」


 未だ納得していない教祖をおいて、巫女は近くにいる信者に伝言を頼むと右腕の袖をまくった。

 現れた黒い光沢のある腕を伸ばすと巫女は目をつぶり意識を集中させる。


 次の瞬間、巫女の右腕の部分がずるりと地面に零れ落ち、地面に粘液を落としたような音を響かせた。


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