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脇役少女  作者: uda
異形のモノの物語
5/17

囮役の彼には本筋を知る必要はない。

 蝉と野鳥の声が幽かに聞こえる夜の森。

 四人を乗せたワゴン車は道路から外れた広い獣道に停車していた。

 頼りない小さなランプがワゴンの車内を照らす中、勇子と花の二人は見取り図や周辺の地図を見ながら、待ち合わせや敵を誘導する場所の打ち合わせしていた。

 程なくして簡単な打ち合わせは終わり四人はワゴン車から降りる。

 優子の説明によるとここから先はそれぞれ救出と陽動に分かれて行動するらしい。


「あの、名和さん」


 三武郎が花から手渡された懐中電灯を受け取ると隣にいた勇子が呼びかける。


「ん、何かな」


 穏やかな口調だが名和は何故か先ほどからピリピリとした空気を発している。

 勇子から聞かされた話だと、その教団の本拠地がすぐ近くにあるとのことなので早く助けたいと焦っているのは三武郎でも想像がついた。


「名和君、落ち着きなさい」

「ん、ああ、すいません。ごめんね勇子ちゃん怖がらせちゃったかな」

「いえそうではないのです。一つ聞いておかなければいけないことがあったので……」


 勇子は真っすぐ名和を見つめると訊ねる。


「子供がこういうことを言うのもなんですが、あゆみさんがどうしてあの教団に捉われることを承諾したのか理解して、それに対する答えは出ましたか?」


 三武郎は質問の意味を理解できず、不思議な顔をした。

 だが、訊ねられた名和は空を見上げ肩の力を抜いた後、言葉を呟く。


「……花さんから聞いたのかな」

「はい」


 そうかと短く言うと名和は勇子をまっすぐ見据えた。その瞳には何かを決意しているようだと三武郎が感じたのは気のせいではないだろう。


「うん、きちんと答えが出たよ」

「そうですか」

「俺が彼女を守るから。守っていく。今まで腕の事とかを黙っていて傷つけていた分に比べたら簡単なものだよ」


 最後の方はまるで独り言のように名和は語る。近づいた花がくしゃりと彼の頭を少し乱暴に撫で、勇子に振り向いた。


「大丈夫よ勇子ちゃん。これが終わったらこの子達の面倒は私がちゃんと見るから」

「……ありがとうございます」


 素直にお礼を言う名和と二カッと笑う花に勇子は満足そうに頷いた。


「なるほど。ではきっと上手くいきます。私が保証します」

「ふふふ、勇子ちゃんが太鼓判を押すなら大丈夫かしらね」


 敵の本拠地にこれから行くのに爽やかに笑いあう三人。

 そこから一歩離れた場所で話についていけず、ぽつんと彼らの様子を眺めていた三武郎は疎外感からつい舌打ちや話の腰を折りたくなる。


「話についていけねぇ」


 だが、何となく良い話だというのは伝わっていたので皆に聞こえないように愚痴ったのだった。






 その後、裏口から潜入するという花達と別れ、三武郎はいい考えがありますという勇子に案内されるまま山道を進んで行った。


「さて、いい感じに向こうは盛り上がっていますね」


 案内された場所は重なりながら反響する人間の低い呻き声が聞こえている。

 人狼の姿となっているためより敏感になった聴覚が下にいる彼らの声を正確に拾い三武郎は少し気持ち悪さを感じた。

 先ほどいたところとより肌寒い案内された場所は、勇子達が言っていた教団本拠地の屋上であった。

 建物は市役所や学園のような直方体型の低く横長い建物が三つに合わさり、コの字となっており、三武郎と勇子はコノ字のちょうど下の部分の屋上まで一気に駆け上がったのだ。

 常識的に考えれば教団に気づかれずに屋上まで上がることなど不可能に近い。だが、ここに来るまでにある程度回復した三武郎が人狼化してその超人的な身体能力で勇子を抱え、跳躍や壁に剥き出ている排水管などを足場にし移動することで、楽々と潜入できたのであった。


「狂ってやがる」


 コの字の中心、中庭のような場所の光景に三武郎は思わずそう吐き捨てる。

 松明で周囲を照らす中庭は懐中電灯がなくてもよく下の様子が見えた。

 そこでは三十名ほどの白いローブをまとった人達が跪き両手を組み祈りを捧げ、口々に蛙のような鳴き声を印象させる呪詛を唱える。

 そして、正方形になるように列を作る彼らの視線はたった一つ、それは正面にたたずむ巨大な石碑に注がれている。その石碑は巨大で透明、柱のような形であった。


「なるほど、やはりそういうタイプですか。花さんの情報通りですね」


 隣で頭を低くし下を眺める勇子は何かを納得したようにしていた。

 年端もいかない子供だというのに三武郎を見た時と同じように、この異常な下の状況に驚くこともしない。


「ガキ、何か分かったのか」

「はい、とりあえず白いローブを着ているのは教団の信者。そして、あそこで舞っているのが、あゆみさんの前代の巫女、つまり今の異怪物の巫女です」


 指され追う視線の先、石碑を中心に太いしめ縄と四方に撃たれた杭で囲まれた中、一人の黒い巫女服を着た女性がいた。

 女性は先ほどから槍のような長モノを使い、ゆらりゆらりと舞っている。槍と一体になりうごめく姿はどこか扇情的な神々しさだと三武郎は感じた。


「そして、あちらが教団の教祖ですね」


 信者と巫女の間にいる小太りの人物を勇子は指す。

 巫女と信者の間に立っている人物であり、こちらも巫女に劣らず目立つ人物であったためすぐに目に入る。

 黒いローブに煌びやかなネックレスを幾つもしながら、両手に握る黒い棒を振り回すその姿は魔術師のようにも見えた。


「どうですか、行けそうですか」


 不意に訊ねられた三武郎は思ったことを答えた。


「仕事の内容は分かった。それにこれからの行動もな……だが、まったく事情、いや、違げぇ」

「混乱しているのですか」


 言いたい事をずばりと言われ三武郎は舌打ちをした後開き直った。


「そうだよ。普通こんな異常な状況冷静でいられるわけねぇよ」

「あまり深く考えない方がいいですよ。これから先も似たようなことあありますから」


 あまりにも冷静に説き伏せようとする目の前の勇子に、子供のくせにと三武郎はますます腹を立てた。


「つーか、お前もさっきからなんで冷静なんだ。ガキのくせにこんな明らかに不気味で、話からしても命の危険もあるのにその態度、気持ち悪いじゃねぇか」

「私が、ですか」


 勇子は言いにくそうに頬を掻く。


「その、慣れているんですよ。今まで色々な不思議な出来事を見慣れているのですよね。それこそ、先の展開が分かるぐらいに……」

「先の展開だと」

「ええ、関わりすぎたせいで私はいつの間にかこんな不思議な出来事を一冊の本のように感じているのです。だから、読み手として客観的に今ある情報、伏線、隠喩を読み取りある程度先の展開や状況が分かってしまうのです」

「だから、怖くないと」

「はい、少なくともキチンとしていれば命は保証しますよ。その為に色々と調べたり、準備もしてきたのですから」


 二コリを笑う勇子。その笑みが得体のしれないモノに感じ三武郎は少し背筋を震わせた。

 信者のうめき声が聞こえる中、やはり、関わりたくないと思い三武郎は無理にでもこの場から逃げればよかったと小さく舌打ちをした。


「逃げないで下さい」


 三武郎の内心を見透かしたように勇子は語る。


「巻き込んでしまったことは悪いとは思っています。ですが、今までのように面倒事には背を向けるのですか。何かあれば私が助けます。だから、少女を救いたいと願う少年を助けましょうよ」

「お前にオレみたいなクズの何が分かるんだよ」

「少なくとも、私に『助けてみやがれ』と言ってくれた人です。だから全力で助けます。貴方をクズからヒーローの仲間のような人物にしてみせます」


 真っすぐに見つめる勇子の瞳に視線を合わせられなくなり、三武郎は目をそむけ頭を掻いた。


「やっぱり、身勝手な助け方だな」

「すいません。けど、今のワタシに考えられるのはこれぐらいでしたので……」


 事情も分からない。

 今からどうなるかも、相手がどんなモノかも分からない。三武郎にとって全てが分からない状況であった。

 そして、少女がすまなそうに声色を落としたことも意味が分からなかった。

 分からないが、何故だかもうここから逃げる気はしなくなっていた。


「んで、今からやる事に注意しておくことはないのか」


 勇子は一瞬目を丸くした後、顔をほころばせた。


「やってくれるんですね」

「嗚呼、今回だけかもしれねぇがな」


 ぼそぼそと言う三武郎の声を華麗にスル―しながら勇子はうれしそうに語り始めた。


「まず、絶対にあの石碑には攻撃しないで下さい、最悪の事態になります。後、これは当たり前かもしれませんが相手を殺すのはダメです」

「分かった」

「最後に、もし異怪物が、この教団ではいるこ様と呼ばれているモノが現れたら絶対にまともに取っ組み合うのはやめてください」

「そういえば、どんな姿をしているだよ」

「私も見たことあるのですが今回の異怪物はたぶん会うとしたらヒルですかね」


(ヒルか。足元から這ってきそうな奴じゃねぇか)


 不意に勇子の背中から電子音が鳴り響く。勇子は背負ったランドセルの中からスマートフォンを取り出すと鳴っていたアラームを切った。


「では、予定通り行きましょう。坂下さんお願いします」


 三武郎は手に貼りついていた絆創膏を剝ぎとる。人狼化により灰色の体毛に埋もれた手の傷はすでに跡形もなく治っていた。


「分かってる」


 短くそう言うと再びランドセルを背負った勇子をさらに背負う。

 そして、首に絡みつく細い腕の感触を確かめながら三武郎は中庭から距離をとると、一気に駆け、屋上を飛び降りた。


 空中に身をさらけ出したことによる浮遊感が一瞬ですぐさま足裏と両腕に堅い地面の衝撃を感じた時には三武郎たちは中庭の中心に着地していた。

 両手両足を地面に叩きつけるように着地した三武郎は身を起こす。首元に巻かれていた腕の感触が抜け、すぐ横に隣り合うように勇子が平然と立つ。

 合唱のような呪詛は止んでいた。


 打ち合わせ通り教祖と巫女の間に飛び降りることができた三武郎は周囲を見渡す。

 突然現れた人狼と少女に理解できなく茫然とした視線がこちらに注がれたいた。


「ヒッ」


 真っ先に悲鳴を上げたのは教祖であった。脂っぽい顔が引きつると一歩後ずさる。それを合図に周囲は絶叫に包まれた。


「化け物だ!」

「いえ、いるこ様よ」

「横の少女は誰だ!」

「何だ、何が起きている」


 口々に騒ぐ信者たち。だれもそれが世の中の陰で生きる人狼だということには気がつくはずもなく、ただ目の前に現れた不可思議なモノに混乱するばかりである。


「静まれ、信者たちよ」


 そのざわつきは野太い一喝により納まる。その声を放ったのは先ほど情けない悲鳴を上げた教祖であった。

 教祖は先ほどのおびえなどなかったかのように三武郎を睨みつけると、右手に握る棒の先端を突き付けるようにし口を開く。


「儀式の最中に突然現れ、貴様たちは何者だ」


 偉そうに問う声に三武郎は少しイラつきながら隣に立つ勇子に視線を送る。勇子は頷くと小さく咳ばらいを話し出す。


「我々は神の遣いだ」


 その声は年端もいかない少女の声とは思えない。落ち着き、大人びた声であった。

 ローブから僅かに覗く信者たちの瞳が全て勇子に注がれる。

 勇子は動じることなく先ほど三武郎に話したシナリオ通りの話を続ける。


「我々はこの森に住む神の遣いであり、いつも貴様らの神に対する祈祷を見ていた。その忠誠心。大きな評価といえよう。そんな貴様らに我が神が興味を持ち、ひとたび会えないかとまずはこうして私という遣いのモノが現れたのだ」


 声高らかに話す勇子を信者たちは表情を変えぬまま眺める。空からの登場やこの子供とは思えない神秘性のある話し方に何人かは羨望のまなざしをしているように三武郎は見えた。


「その証拠にこの度は山の神の従者を連れてまいったのだぞ」


 言いながら勇子は三武郎を紹介するように手で仰ぎ、周囲の視線が三武郎へ移された。


「神の遣い、これが……」

「でも、なんかチンピラっぽいような……」

「--ッ、何か文句あんのか!」

「「ひぃ!」」


 何人か怪しそうに三武郎を見たが、睨みつけると慌てて視線をそらした。


「人間風情が頭が高い控えろ!」

「は、ははー」


 三武郎が叫ぶと信者たちは言われたとおり両ひざを地面につけ、しゃがみ込む。

 へりくだり、言うことに従順となる信者の態度に三武郎はつい口角が上がりそうになるのを堪えた。


(やべぇな、以外と楽しいじゃねぇか)


「あまり、悪ふざけはいけませんよ」

「へへ、悪いな」


 諌める勇子に特に反省することない三武郎。言いながら勇子は足のかかとを地面に小さく打つ。それはあらかじめ決めておいた逃げる合図であった。


「貴様ら!」


 勇子の合図とほぼ同時に背後から大声が響いた。

 三武郎が振り返るとそこには先ほどまで舞をしていた黒い巫女服の女性がこちらを睨みつけていた。


「何だ、てめ――」

「私の中のいるこ様がおっしゃっている!」


 三武郎のセリフを遮りながら巫女は右手に握る槍の先端をこちらに突きつけ、捲くし立てるように声高らかに叫び続ける。頭を下げていたはずの信者たちがいるこ様という言葉に瞬時に顔をあげた。


「いるこ様はおっしゃっている。こいつらは違うものだ。相容れぬものだ。浄化を、浄化をしろ。このままでは明日の儀式が潰れるぞと」


 言い終える巫女にひざまずいた信者たちは口々にうわ言のように儀式が、儀式がと独り言を呟きながら立ち上がり始める。

 そして、巫女に追従するように教祖も煽る。


「そうだ。このようなモノノケ、神ではない。人でもない! そして、人でないのなら殺してしまってもいいのだ。さぁ信者たちよ彼らを浄化しなさい!」


 教祖の合図とともに立ち上がった信者がこちらに歩み寄る。ローブの奥から覗く瞳は既に先ほどの羨望も恐怖もなくどこか遠くを見ているように視線が泳いでいた。


「浄化、浄化をしなければ」

「儀式、儀式が……」

「あ、ああ、ああああ」

「いるこ、様。の為に、いるこ様の、為に」


 人間味が一転して無くなり、ブツブツと呟きながら近づく信者。ジリジリと囲むように追い込もうとする信者たちに三武郎は寒気を感じ後ずさる。


「な、何だこいつは」

「相容れぬモノたちよ。いるこ様の前で抵抗しても無駄だぞ」

「三武郎さん!」


 一喝するような勇子の声に我を取り戻した。三武郎はすぐさま勇子を片腕で担ぐ。


「ハ、ハハッ。抵抗するわけないだろ」



 後ろにいる巫女に三武郎は吐き捨てるように言い、信者達から背を向けて走り出した。

 おとりであり、脇役である二人にはラスボスとまともに戦う意味はなかったからだ。


「貴様、こちら来るな!」

「うるせぇ!」


 ちょうど進行方向にいた教祖の襟首を残る片手でつかみ上げる。


「ひぃ、こ、このやめろ!」

「これでも、喰らいやがれ」


 追いかけてくる信者に向かい投げつけた。

 情けない悲鳴ともに信者の群れの中に教祖が飛び込んでいくのを確認することなく三武郎は中庭を囲む一階の窓ガラスに飛び込んだ。


「え、あ、ちょ、ちょっと」


 ガラスが割れる軽快な音。そのまま華麗に建物内に着地した三武郎の腕につかまれている勇子が情けない声を出す。着地の衝撃で心なしか抱えていた勇子が前のめりになった気がした。

 だが、特に気にすることもなく三武郎は周囲を見渡す。勇子の言った通り、暗闇の中視線の先には長い廊下が続いていた。


「三武郎さん。ちょっと、た、体勢がずれたので床におろしてくれませんか」

「ああ! そんな暇ねぇよ」


 割れた窓からは信者がこちらに向かってくるのが見え、巫女の逃がすなという声が耳に届く。


「い、いや、そうですけど、ちょっとでいいんで」

「うるせぇ! 舌かむぞ」


 腕の中で戸惑う勇子に目もくれず三武郎は逃げるために全力で駆けだした。


「ぱ、パンツが見えそうなんですよ」

「はぁ、ガキがそんなこと気にしてんじゃねぇ」


 情けない声を出している勇子の声など気にも留めなかった。


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