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脇役少女  作者: uda
異形のモノの物語
4/17

物と者

 世界には様々なファンタジーが溢れている。これはその中の一つ。

 少年が少女を助ける物語。

「異形のモノ」それは二つの意味がある。


 一つは異世界から現われた生物とも思えないモノ。異怪物いかいぶつと言われる物だ。

 彼らは、いや、ソレらは人智を超えたモノであり、その姿は統一しておらず、時に美しく煌き、時に恐怖を与え、見る者の心を蝕む。

 その姿と僅かながら人のような意思があることから、人々から神と呼ばれ崇めていた事例は決して少なくなかった。それに対し異怪物は抵抗なく彼らが望む神を演じるのだが、何故か巫女というものを要求し、人との交流の間に立たせようとする傾向があった。


 そして、三武郎たちの町に住むとある少女、樋川ひかわ あゆみも異怪物の巫女に選ばれ、顔も知らない親戚が少女を巫女にしようとやってきた。

 あゆみという少女はもちろん嫌がり逃げようとした。しかし、あゆみは幼馴染の少年を人質にされ誘い出された後、連れて行かれたのであった。彼らは少しだけ異怪物の力を使えたのでそんなことはたやすかったのだ。


 少年は彼女を取り戻したいと強く願い、力を求める。


 もう一つの「異形のモノ」という意味、見たこともないような異形を討つ者、異形者いぎょうしゃという異怪物を狩るための武器「神武」の力を――


 コレは異怪物と異形者という「異形のモノ」の物語。


「--という事ですけど。坂下さん? 理解できました」

「そんな話を突然されて理解できるわけねぇだろうが」


 都心部から離れていく電車の中、三武郎はあまりの話の飛び上りっぷりに叫ばずにいられなかった。






 色あせた普通電車。ガラリとした車内の座席に座る三武郎から見える窓の景色は完全に暗闇に包まれ、街灯といった明かりさえ見えないでいた。

 年相応のたどたどしい説明を終えた勇子に三武郎は鼻で笑う。


「ハン、つーか、神武? 異世界から来た異怪物? とてもじゃないがファンタジーすぎてついていけないな」

「ですよね。日常とは完全にかけ離れたこんな世界観は普通は徐々に伝えていかないといけないのですけど……けど、信じなくて後で信じることになりますよ」

「おもしれえ、世界にそんなモノ達がいるなら見てみたいものだぜ」

「そうですか。まぁ頭の片隅において貰えると助かります」


 勇子は諦めたように小さく息を吐くとランドセルから教科書を取り出し、勉強を始めた。


「何だ、真面目ちゃんか」

「けど、悪いことじゃないでしょ。坂下さん、確か大学生でしたよね。少し教えてほしいことがあるのですけど」


 勇子が見せてくるのは算数の問題集。やることもなかったので三武郎は仕方なく了承すると勇子の隣に座り問題を見た。


「……以外と頭がいいのですね」

「一言余計だぞ馬鹿野郎。これでも大学生だからな」


 言葉と裏腹に少し照れくさそうに話す三武郎ではあるが、小五の問題を解いて褒められるということを疑問に思わなかった。また、自分の大学が三流大学ということは黙っておくことにした。


 そして、しばらく一緒に勉強していると電車は勇子がいう目的地の駅に止まり、開いたドアから蝉の鳴き声が二人を出迎えるように響いてくる。


 無人の改札口をくぐる。電車から降りたのは二人のみであった。

 改札口と自動券売機しかない小さな駅を出ると駅前というのに周囲には民家とコンクリートの広場のような駐車場しかなく、ただ、ぼんやりとした街灯が周囲を照らしていた。


「んで、これからどうする?」

「えーと、迎えが来るはずなのですけど」


 勇子はきょろきょろと周囲を見渡すと、近くの駐車場に止まる白いワゴン車の左右の扉が開き、二人の人影が姿を現す。

 車から降りた二人組はこちらに近づきながら大きく手を振ってくる。


「おーい、勇子ちゃん。こっち、こっち」


 現れたのは一人の中年の女性と少年。傍から見れば親子のようにも見える二人に勇子は手を振って答えた。


「お待たせしました花さん」

「ふふふ、待っていたわよー」


 花さんと呼ばれた女性はこれといった特徴がなかった。針金を曲げるようにあてられた硬そうなパーマ。日中であればどこかに買い物に行くであろう少し小太りな普通の中年女性であった。


「名和さんも無事で何よりです」

「まぁね」


 名和と呼ばれた少年は勇子にそっけない反応で返事する。しかし、セリフとは裏腹に小さな微笑みと優しげな瞳が好印象も持たせる少年であった。ただ、この時期に長袖をきているのが三武郎には少し疑問に思えた。


 ふと三武郎は少年と目が合う。何故か目が細められ不審そうに見つめられる。


「……何だよ」

「勇子ちゃん。後ろについている男は誰かな」

「あら、不審者かしら」

「あ! 何だとテメェら」


 傍から見ればチンピラと小学生という構図に対して、とてもじゃないが仲間だと思われず、初対面で失礼な事を言われ三武郎はキレながら歩み寄ろうとした。


「お、落ち着いてください、坂下さん」


 それを必死に三武郎のひざ元を押さえながら勇子は止めると、三武郎が先ほど連絡した急遽増えることになった仲間の一人だと紹介する。


「ですので、ジャケットの下は裸ですが彼は幼女好きの不審者さんではなく、私の手伝いをしてくれる坂下 三武郎さんです」

「……おい、ガキ。一言余計じゃないか」


 ともあれ、勇子の説明に安堵したのか名和と呼ばれた少年は三武郎のもとに近づいた。


「はじめまして、名和なわ 勇作ゆうさくです。さっきは失礼な事を言ってすいません」

「お、おう。分かればいいんだよ」

「おばちゃんは時坂 花だよ。まぁ、おばちゃんは分かっていたんだけどね」

「うさんくせぇな、おい」

「まぁまぁ、細かいことはいいでしょ。さぁ、時間もちょうどいいぐらいだから早く行きましょ」

「そうね。早速行きましょう」


 声を押し殺したような笑い声を上げながら花は先ほど乗っていたワゴン車の扉を開け、乗るように促す。

 言われるまま、三武郎たちはワゴン車に乗り込むと耳障りなエンジン音と共にワゴン車は発進した。


 三つに区切られた座席、大型ワゴン車の真中の席に座る三武郎と勇子。三武郎の横にちょこんと座る勇子は背負っていた赤いランドセルをお腹に抱えるように持つと中から三枚程のA4サイズの紙がまとめられて物を取り出した。

 そして前の席に身を乗り出すと、その紙を助手席に座る名和に渡す。


「頼まれていた、施設の見取り図です」

「ありがとう」

「それで、あゆみちゃんはどこにいるか見当は付いているのかしら」

「あゆみちゃん?」


 どこかで聞いたことのある名前だが思い出せなく三武郎は訊ねるが誰も答えることなく、勇子が花の質問に答える。


「はい、協力してもらった知り合いの話では建物の様子と構造から地下が妥当じゃないかという意見です。地下は西側と東側の両方にありますけど、東側は水道や電気管理などの設備機器があるので西側の地下だと私は思います」

「なるほどね。まぁ勇子ちゃんが言うなら間違いないかな」

「ええ、そうですね」


 小学生の語るとは思えない内容を素直に納得する前の二人。突然始まった話の内容をイマイチ掴めない三武郎はひどく疎外感を感じた。

 自分が勇子の説明を話半分に聞いていたのが悪かったのかと思い、会話を続けようとする三人におずおずと訊ねる。


「悪いが、お前らこれから何をするつもりなんだよ」


 会話を中断する三人。助手席の名和は信じられないものを見るように振り返り視線を送ってくる中、勇子は三武郎のほうに向き直る。


「名和さんの幼馴染、樋川 あゆみさんをがとある宗教団体に連れ去れてしまい、今からその本拠地に潜入するのです。つまり、もう、クライマックス。もしくはラストステージということなのです」

「そんな事説明したっけな」

「いえ。詳しく言えば逃げるかなと思いましたので」

「……ニゲネェヨ」


 反射的に目をそらし否定する三武郎にあらあらという声が運転席から掛けられる。


「じゃあ、おばちゃんたちの事も言っていないのかしら」

「すいません。『異形のモノ』についてと少女が連れ去られたところまでは言ったのですが、といっても未だ信じてもらえないと思いますけど」


 有子の返答にハンドルを握る花は片手を小さく上にあげひらひらと振る。


「どうも、異形者よー」


 あっけらかんとした声で花は自分の正体を言った。


「そして、あゆみちゃんの幼馴染である異形を討つ者の候補生、名和君よ。仲良くしてあげてねー」


 三武郎は色々と言いたいことはあったがこれ以上突っ込む気にもなれず、とりあえず話を受け流そうとした。


「へー、見た目ただのおばちゃんと普通の学生にしか見えねぇけどな。……ん、候補生って何だよ」

「力こそ使えないけど、資格となる神武に選ばれた者ってところ。まったく、あゆみちゃんの為に神武に選ばれるあたり愛の力って事かしらね」

「いや、もともと前から誘ってきた時に花さん、『君には才能がある』なんて言っていたじゃないですか」

「へー」

「坂下さん、まったく信じていないですよね」


 勇子が目を細め見つめてくるのに対し三武郎はため息交じりで返答した。


「あのな、会話だけで信じろっていうのが無理だろう。花さん? だっけな。その異形者の神武っていう力を見せて欲しいんだけどな」

「あら、ごめんなさいね。今運転中だからちょっと厳しいのよ。名和君もまだ、無理だから。そうだ名和君、腕の奴見せてあげたら」

「そうですね」


 言われて名和はこちらに振り向くと腕をまくり三武郎に見せる。

 暗い車内で見えた名和の右腕は一見普通に見えた。だが対向車線から偶然来たトラックのライトが腕を照らしだし、その腕に刺青が彫られていることが分かった。

 目を凝らしみるとその刺青は舌を出した蛇のような頭を二つ持つ白い謎の生物が彫られている。


「うお!」


 思わず、三武郎は悲鳴を上げてしまう。何故なら双頭の蛇がわずかに身をよじらせ動いたように見えたからであった。


「これが神武の証だよ。あまり、人に見せるものじゃないけどね」


 苦笑いを浮かべながら名和は袖を元に戻す。

 見間違いかよく分からない謎の刺青を見た三武郎はその得体の知れないものをこれ以上深く聞いていいのかどうか迷い、少し悩んだ結果止めておくことにした。


「坂下君。少しは理解してくれたかしら」

「まぁ、少しはな……つーか、それより、これからどこに行くかの方がオレとしては気になるんだがな」

「そうですね」


 無理やり話を変えた三武郎の話題に勇子が相槌を打つ


「そこから先は名和さんも知らないですしきちんと説明しましょう。着くまでにはまだまだ時間がかかりますので」

「まぁ、いいんじゃねぇの」

「頼む」


 二人の返答に勇子は静かになった車内で淡々と説明を始めたのであった。




 車はいつの間にか長い坂道を上り傾いていく。周囲の景色は木々に囲まれ街灯すらない。

 次第に道路はアスファルトの舗装がされなくなっているのか、徐々に揺れ始めた車内で勇子は説明を終えた。


 今から行くのはとある教団が本陣と呼ぶ廃校を改造した建物。

 教団はどうやら異怪物を崇め、信者達の血筋によって巫女に選ばれた少女を場合によっては誘拐し、洗脳し巫女にしているらしい。

 その施設に潜入し、中にとらわれている少女を助け出すとのことだ。

 何故この時間に行くのかはこの時間帯は教祖による儀式が行われる為、信者たちのほとんどがとある一室に集まり、少女を監禁する人手が少なくなるらしいからだ。

 ということを勇子の説明から三武郎は理解した。


(畜生、今日は色々と説明されて頭がパンクしそうじゃねぇか。何でオレがこんな目にあうんだよ)


「なるほど、大体の建物の状況は理解したよ」


 説明の間に施設内の構造も教えており、名和は聞き終えると地図を畳んでポケットにねじ込んだ。


「坂下さんは理解できましたか」

「一応な。つまりオレたちは今からあゆみという少女を助けに行くって事なんだろ」

「いえ、微妙に違います」


 どういうことだ。と聞こうとした三武郎だが、聞くよりも早く運転席の花が声を出した。


「違うよ。勇子ちゃん達は誘導をしてもらうのだから」

「は、誘導?」

「確かに儀式の際ほとんどの人が一か所に集まるわ。けどね、どうせ助けに行こうとしたらバレて教団が一団になっておばちゃんたちを囲むはずなのよ。だから、二人は儀式中にわざと現われて囮になってほしいってことよ」


 花の言っていることが冗談かと思ったが口調からとてもそんな事を言っているようには聞こえない。

 思わず三武郎は眉をしかめた。


「おいおい、初対面で見ず知らずの男と小学生にそんな危険なことをさせんのか」

「……そうね、申し訳ないと思っているけど人手が足りないのよ。私が囮になるのも良かったけど勇子ちゃんと名和君だといまいち戦力的に不安だから、こうするしかなかったの」

「それはそうかもしれないがな……」


 じゃあ、名和が囮になればよかったんじゃないかと言いかけたが、車内の会話からおそらく一番、幼馴染のあゆみを助けたいと強く思っている奴が囮役を素直にやるとは思えなく三武郎は喉まで出かけた言葉を飲み込んだ。


 三武郎は話を聞いていた勇子に視線を移す。


「お前はそれでいいのかよ」

「はい、それが私の中でいうヒーローの手伝いなのです」

「そうかよ。……ったく、逃げてぇよ」

「ほらやっぱり、だけどここまでくれば帰り道わからないでしょ」


 確かに勇子の言われた通りなので三武郎は小さく舌打ちした。

 勇子は三武郎の様子を少し見つめると振り返り花に話しかける。


「花さん、気にしなくていいですよ。私は大丈夫ですので。けど――」


 ちらりと三武郎に視線を送りながら、勇子は花に向かい話を続ける。


「三武郎さんはやめたほうが良かったですね。怖い目にあいたくないでしょうから、車内に残っていますか」

「はあ!」


 その憐れみを帯びた視線と煽るような口調に三武郎の頭はすぐに沸点に達した。


「なめんな! 囮役。上等だ!」

「さすがです。坂下さんならそう言ってくれると思っていました」

「ふふふ、愉快な人達だね」


 二人の会話のやり取りに花はおかしそうにふふふと笑いながら、ワゴン車は山の奥へと進んでいった。


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