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脇役少女  作者: uda
脇役少女の物語
2/17

彼の物語は幕を開ける。

「ふざけやがって、ふざけやがって」


 路地裏の広い道からさらに奥の小道。そんなカビ臭さが鼻につく薄暗い道を短髪の男はおぼつか無い足取りで進んでいた。その姿はすでに人狼ではなく人間に戻っており、上半身には脱ぎ捨てたジャケットのみを着ている。


「畜生。あの野郎。絶対にゆるさねぇ!」


 品性の欠片もない悪態が路地裏に虚しく響く。

 だが、強い口調とは反対に肉体は先ほど殴られたダメージが抜け切れてない。

 その為、左手で壁に寄りかかるように歩いている短髪の男、坂下さかした 三武郎さぶろうは右手に持つスマートフォンで会話をしていた。


「つーか、兄貴。よく無事だったっすね」


 三武郎の耳元に聞こえてくる声は先ほど三武郎を見捨てて逃げ出した弟分、鈴木すずき 二郎じろうのものであった。


「馬鹿野郎、オレを誰だと思っていやがる」

「さすがっすわー」


 得意気に言うわけもなく三武郎は怒りで歯を食いしばりながら呟く。


「オレのことをコケにしやがって……」

「まぁ、向こうさんは銀狼ですし、俺たち灰色なんて狼の字すらないですし」

「そんな事関係ねぇだろうが、あの野郎、古賀 響っていったか。アイツの余裕しゃくしゃくな表情がムカつくんだよ」

「それは同意っすわ」


 手も足も出せず、自分より年下の少年に倒された光景を再び思い出し、鼻息を荒くしながら三武郎は口元を歪めた。


「おい、すぐに集合しろ。匂いで奴を追って今度は二人掛りで背後から襲ってやる」

「えっ! 今からっすか」


 何故か嫌そうな鈴木の返答が三武郎の怒りに油を注ぐ。


「何、嫌そうにしてんだよ」

「いやぁ、そのっすね。実はこれから彼女とデートなんっすよ」

「はぁ!?」


 思わず鈴木の意味のわからない発言に三武郎は吠えるが、鈴木は反省もせず、ただへらへらと笑う声が聞こえるだけであった。


「へへへ、いやぁ、黙っていてすんませんっす。最近付き合ったばかりの彼女なんっすけど、こいつがまた可愛くって、これが運命じゃね。みたいな。だから兄貴の逆恨みに付き合うのはちょっと無理っすわ」

「鈴木、テメェ」

「というわけで、すいませんけど兄貴一人で頑張ってください。あ、応援はしてるっすよ」

「お、おい」


 制止の声も間に合わず電話はむなしい音と共に一方的に切られた。


「うぉ!」


 ふらつく足もとが地面に転がっていた空き缶を踏み、三武郎は前のめりになるように地面に倒れてしまった。その拍子に手にしたスマートフォンが地面を転がっていく。


「う……ぐぅ……」


 まだ、微妙に温かいアスファルトの床の感触と共に遠くでカラスが鳴いたような声が三武郎の耳にかすかに聞こえ、三武郎を馬鹿にしているように感じさせられる。


 「うう、畜生。畜生」


 殴られたダメージが未だ残り、視界がぐらつく三武郎は再び立つ気力が失せた。代わりに自身の惨めな気持ちからにじみ出るやり切れなさをぶつける様に、アスファルトを殴りつける。

 勢いよく叩きつけた三武郎の拳であったが床にはヒビが入ることなく、ただ右拳の皮が少しめくれ血がにじむだけであった。


 虚しいだけの行動がさらに鮮明に今までの状況をはっきりと思い出させる。

 高校生のような子供に叩きのめされ、親しい弟分は彼女持ちで言うことも聞かない。

 そして、三武郎自身は現在、情けなく路地裏の小道に倒れ込んでいる。


(くそ、何で、オレがこんな目に……嗚呼、畜生)


 悔しい思いがキッカケになったのか、不意に灰色で中途半端だと馬鹿にされてた昔の記憶が脳裏に蘇り、三武郎は何とも言えない気持ちにさせられる。


「く……うぅ……」


 呻く声はカラスの声に紛れ、周囲に響き渡ることはなかった。

 彼の今の状況はまさに身から出た錆と言われればそれまでなのだが、それを理解できるほど三武郎は冷静ではなく、心はただ、無性に悔しくて仕方がなかったのだ。


「えっと、その、大丈夫ですか」


 そんな時、不意に三武郎は声をかけられる。

 泣き出しそうな顔を見られたくない為、顔は左腕の上に置き見上げることはなかったが、声の質から女性だというのが理解できた。


「……うるせぇ。女がオレに何か用なのか」

「その、困っているように見えたので、良ければお助けしましょうか」

「はん、助け、か……」


 いつの間にか現れた女性のセリフに三武郎は鼻で笑ってしまう。

 いつもならこんな同情的な言葉に対しては喧嘩腰なセリフを吐きつけるのだが、ふらつき、心が折れそうになっている今の状況ではさすが少しだけ甘えてもいいか。という気持ちに三武郎はさせられていた。


 僅かに震えていた唇を悟られないように気をつけながら三武郎は少女に返答する。


「ははは、オレみたいな屑を助けられるなら助けてみやがれよ」


 少し素直になった三武郎だが一般的にはどうみても助けを求める人のセリフとは思えない。


「では、助けます」


 しかし、女性はすんなりと明るい声で三武郎を助けると言った。


「は?」

「あなたを助けましょう。だから、まずは顔をあげて立ち上がりましょう」


 その言葉に沈んでいた心が少しだけ浮いた気がした三武郎は顔を少しあげると小さな手のひらが差しのべられていた。


(ん? 小さな手)


 ぷにぷにと柔らかそうな手に三武郎は疑問を持ち、目の前の女性の姿を確かめる。

 見上げた視界には一人の少女がいた。

 赤いランドセルを背負った小さな少女であった。

 そのとても頼れる人物とは到底思えない幼さに浮きあがろうとした三武郎の心はカチ割られたようにさせられる。


「お……」

「どうしました?」


 不思議そうに見下ろす少女の差し出す手を払いのけると三武郎はプルプルと肩を震わせながら勢いよく立ちあがり、


「おちょくってんのか、このガキ!」


 小学生にも惨めに見られたことが許せない三武郎は頭の血液が沸騰する感覚に身を任せ目の前の小さな少女の胸倉に右手を伸ばそうとする。しかし、その手はぴたりと動きを止めることになった。


「いきなりかかってこないでください。びっくりしちゃったじゃないですか」


 セリフとは反対にそこまで驚いていない声色で少女は言う。

 その右手にはどこに隠し持っていたのだろうか、一丁の拳銃が握られその銃口は三武郎の叫んだ両目の間に素早く突きつけられていた。


 小学生に拳銃。ただの玩具であろうと三武郎は鼻で笑おうとした。しかし、人狼化しなくても人より敏感な鼻腔からは火薬と鉄、オイルの香りがし、目の前に突きつけられた小型の拳銃が本物だというのが理解させられる。

 動けば撃たれると語られないでも分かる状況。撃たれれば無事では済まない事を嫌でも認識させられる恐怖が三武郎の怒りを徐々に沈めていく。


「落ち着いてください」


 やや大人びた口調だが、少女の姿はフリルのついたチェックのスカートに白いブレザー、そしてより一層幼さを感じさせる赤いランドセルと背負っておりどこから見ても小学生にしか見えない。

 

「ガキが何でこんなものを」

「えーと、気にしないでください」


 少女には不釣り合いな拳銃はしっかりと両手で構えられ下ろす様子がない。何故、拳銃などという物騒なものを少女が持っているか三武郎は疑問に思うが、それよりも何故か自分の中にある人狼特有の野生の感が「関わるな」と警報を鳴らし始め、三武郎は気にはなるが逃げようと即座に判断した。

 その為に体に負担が掛かるかもしれないのだが三武郎は迷うことなく、ジャケットを脱ぎ捨て人狼へと姿を変える。


 肉の筋が引きちぎれるような音とともに三武郎の姿は瞬く間に、灰色の体毛、少女の頭を砕くような顎といった日常を疑うような姿に変貌していく。


「ガキ、食い殺されたくねぇなら尻尾をまいて消え失せろ」


 少女が三郎の姿に恐怖することで隙が生まれるよう、三武郎はわざとらしく獣のような唸り声を上げ、睨みつける。


「なるほど。おにーさんが狼男で間違いないですか」


 だが、少女は怖がることも、驚くこともない。むしろ納得したように三武郎をまっすぐ見据えた。


「上半身が狼。体毛は灰色。人間時の特徴も合っていますから。貴方が最近噂の『カツアゲ狼男』でしたか」

「何故、人狼のことを! てめぇも人狼か」

「残念ですが違います。なるほど貴方でしたか」


 幼さの残る少女は妙に納得し頷く。三武郎にとってその反応は明らかに異常であり、三武郎は少女に訊ねる。


「ガキ。一体何者だ」


 再び睨みつける三武郎に臆することなく少女は幼さを漂わせる笑顔を見せ答えた。


「はじめまして、あなたを助けるヒーロー見習いです」

「ヒーロー、見習い?」


 ヒーローという単語を臆面もなく堂々と口にする少女に三武郎はぽかんと呆けるが少女は気にすることなく語り続ける。


「それではあなたを助けるためにお話を伺います」


 いつの間にか怒りは静まっていた三武郎は少女の突拍子もない話に呆れたように「はあ?」というコメントしか出せなかったのであった。


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