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脇役少女  作者: uda
探偵と孤島の物語
16/17

探偵として

 青々とした葉の生い茂る木々に囲まれ、夏の強い日差しも地面に差し込まないほどの深い森の中、三武郎は依然来た道を記憶をたどりに走る。


「くっそ」


 人狼の姿となった三武郎は鼻を鳴らし臭いを辿ろうとするが、一切辿れず、悪態を漏らす。


「私の記憶が確かなら、そろそろ着くはずです」

「そう願いてぇな」


 右腕に担いだ勇子と短い会話をし、簡単に舗装された道を辿ることしばらく、甲高い悲鳴が三武郎の耳に届く。


「この声は、潮田さんの声でしょうね」


 両手をぷらーんと垂れ流しながらも真面目な顔でいう勇子の声。その声を聞き流していると、人狼化した三武郎の耳に女性の声が聞こえた。


「――では、突然屋上から落ちた岸井について説明できるのかのぉ、探偵」


 声の主は昨日聞いた覚えがある、海狐という名の物の怪であろう。

 そして、「探偵」という言葉から海狐に問いかけられているのは栗栖なのだと察した、と同時に次の瞬間には彼女のおびえた声が聞こえるのだろう。


「ふふ、そうだよ。海狐さん」


 だがしかし、耳に入ったのは凛とした声であった。

 口調からして別人だと思わせる声は確かに栗栖の声である。栗栖の堂々とした声が森の中にこだましてゆく。


「このトリックは百パーセント岸井さんを殺せるものではありません。何度も運が重なるものだが、この犯人はそのギャンブルに見事打ち勝ったのです」

「ほぉ。しかし、私はそんな時間稼ぎのような長話を聞く気はないぞ。貴様が謎を解き人間に裁かせられるというから、話を聞いているのだぞ。知らなければ、この我に罪をなすりつけた愚かものを嬲り殺す」

「それは失礼。では、今回の真相を言わせてもらいますよ」


 威圧される声にも動じることなく。栗栖は語る。


「その前に事件当初のことはある程度知っているので、省きます。まず、最初に岸井が殺されたのは夕食前。恐らく頭蓋骨をハンマーか何かで殴られたのだろうね。つまり、窓から転がり落ちる前に殺されていたということだ」

「ほぉ、しかし夕食時に岸井が落ちたのだろう。まさか、落ちたのは偽物という気か?」

「いえ、落ちたのは本物。では、どうやって。簡単だ。死体を窓枠に固定していたのだよ」


 栗栖はここをこうやって、と説明していく。おそらく昨日の話通りなら、ビニールテープで軽く止血した岸井の体を窓枠の辺りに吊るし、滑車のようにベッドの脚と体を固定した。その証拠は窓枠に付けられたこすれた二本の線と、ベッドの脚の一つに付けられた半円の後によって明らかであった。


「ほぉ、それでどうやって、落としたのだ」

「それは時限装置があったからさ。その為に犯人はろうそくを設置したのさ」

「…どういうことかの」


 ふふ、と余裕のある笑い声の後、再び栗栖は「ほら、あれだ」と軽い口調で言葉を続ける。


「ろうそくは燃えると蝋が溶け炎は下がっていくだろ。潮田はそれを利用したんだよ。長い蝋の間に穴を開け、その中に岸井さんを吊るしておいたビニール紐に通しておく。後は炎が蝋を溶かしながら下に降り、勝手にビニール紐を焼き切ると言った具合になるはずさ」

「それだと窓があいておるのだぞ風でろうそくが消えるかもしれんぞ」

「一応和紙で作った直方体のもの、風除けとして置いたのだろうね。さらにそれもビニール紐が燃えると同時に燃えるようにしていた。後、返り血は隠すために豚の血を使った魔法陣を幾つも書いた。ってところさ」

「なるほどのぉ、おや、客人の到着のようだ」

「……何の話だい」


 栗栖が言い終わったと同時に三武郎は視界が開ける。



「間に、あったぁー」


 祠の前に到着し周囲を見渡した。

 栗栖と海狐は祠の前に向かい合って立っていた。そして、狐に囲まれ気を失っている潮田が目に入る。


「はぁ、はぁ、ぜぇー」

「坂下さん降ろしてください」


 いつの間にか息を切らしていた三武郎は右腕に抱えた勇子を降ろした。

 後ろ姿しか見えない海狐は右手に握る扇子を閉じると振り返る。


「おや、貴様らも死にに来たのか?」

「あ? やんのか、こら」

「坂下さん落ち着いてください」


 喧嘩を売られ、反射的に買おうとした三武郎を勇子は両手を広げ制すると、海狐に振り向く。


「いえ、まずは栗栖さんの話を聞いて彼を殺すのを止めてほしいなと…」

「それはこれからかのぉ」


 くくく、と笑いながら海狐は勇子に話の続きを促す。


「そう。では、話を戻すとしようか」


 対して栗栖は余裕ある笑みを浮かべ、口を開く。その姿に三武郎は少し違和感を覚えた。


「以上で岸井さんの死体は自動的に落ちる仕掛けが説明できたのだけどね、このトリックは残念ながら穴だらけなんだよ。たとえば落ちる際にビニール紐が見られた場合、また、死体が崖下に落ちたのだけど見つけられてしまった場合。だけど、大きな問題であったのは他の人が落ちる死体を見なければいけないことと、死体が落ちるまでに部屋に入られてしまったらバレてしまうこともあるかな」

「そうじゃの」

「その為、部屋に入れさせないように他の方たちに意見を出せるもの。該当できるのは主か使用人長。そして、事件当日の際、食堂の頭上から狐の鳴き声で注意をひきつけ、『彼女の部屋からのようですね』と発言をした人がいるんだ。それが犯人、潮田だと示すものだと私は結論付けれたのさ」


 勇子の話を聞きながら、ようやく違和感を三武郎は察した。

 栗栖の足元がスカートでよく見えなかったが、わずかに震えているのに気がついた。

 その姿に何となく三武郎は察することができた。


「ということが私が推理した内容です。どうですか」


 口元に扇子を当て、しばし考え海狐は口を開く。


「一つ気になることがあるのだが……その推理というもので君は奴を捕まえることができるのかの?」

「……」

「答えてもらおうか」

「ない、ですね」


 絞り出す栗栖の声は震えていた。まさか、海狐が証拠があるのかと問うてくるとは思っていなかったのか。声の震えはここからでもよく分かるほど伝わる。

 海狐は残念そうに溜息を小さく吐くと扇子を潮田に向けて指し、横に大きくなぎ払う。

 潮田を囲む狐は低いうなり声をあけ、気絶する彼に向い飛びかかろうとするだろう。

 そして、それをさせない為に勇子が来たのだ。


「大丈夫です。ありますよ」


 堂々と勇子は語る。海狐は少しだけ口を開き驚くと、勇子に振り返る。


「お主も、この娘のように探偵なのか?」

「いえ、ヒーロー志望の少女ですよ」

「ふふ。ヒーローか。おもしろい、では少女よ。貴様はこやつを捕まえることができる方法があるというのかの」

「当然。連れ去られる前にこの人はある程度事を白状しました。それが証拠になります」


 海狐は目を細めた。


「何かと思えば、そんな口からの台詞のみで、ほかの人間が信じると思うのか?」

「ええ、そう言ってくると思ってましたよ」


 勇子は笑みを浮かべポケットから小型の機械を出す。

 テープの入った小型のラジカセのようなそれを見せ、勇子は機械を操作し始めた。


「なんなのだ、それは?」

「盗聴器、会話を盗み聞く機械です。そして、これは会話を聞き録音することのできる機械なのですよ」


 機械のスピーカー部分から音が鳴る。あらかじめ、栗栖に持たせていた。盗聴器が拾った会話が再び流れ始めた。


『まったく、狐の呪いだと思っておけばよかったものを……』

『黙れ、黙れ。あの狐バカの主が信じていればそれでいいんだよ。あのバカ主がおかげでビビってくれたから余計に金をくすねるのが簡単になったことは、感謝しているがなぁ』


「完全に自供というわけではありませんが、これで容疑者として取り調べを行えば捕まえることができるはずですよ」


 テープの再生を止め、勇子は海狐をまっすぐ見つめる。海狐は小さく唸るとポツリとつぶやいた。


「うーん……いきなり、そのような『からくり』をだすのは卑怯ではないかのぉ、」

「すいません」

「それに少し拍子抜けというか、物足りないというか」

「……では、その分はこの屋敷に住むほかの住人から毎週油揚げをお供えするということで手を打ちませんか」

「よかろう!!」

「ええんかよ!!」


 一応、こうなることを予想していたのか昨夜のうちに、潮田を殺そうとしていた犯人たちに事件を無事に解決させ、あなた達を警察に突き出さない報酬としてそうするようにと手は打っていた。


(……それでも、ちょろすぎだろ)


「う、うむ。そこまで言われては仕方ない。毎週十袋で手を打とう」

「ありがとうございます。海狐さま」


 反射的に答えてしまったのか、海狐は恥ずかしそうに小さく咳払いをすると扇子の先端を動かす。それが合図のように潮田を囲んでいた狐が祠の裏、洞窟の中へ消えていった。


「よ、よ、よかったぁ~」


 同時に、緊張が切れたのかどさりと栗栖は尻もちをつく、その脚はがくがくと震えていた。


「おいおい、大丈夫か」

「え、三武郎さん。あ、ハヒッ!!」


 栗栖に近づき、手を差し伸べようとした所で、三武郎と目が合った勇子は小さく悲鳴を上げる。

 三武郎は忘れていた。今、自分の姿が人狼であるということを……


「あっ、やべ」

「で、でたぁああああああああ!!」


 叫び声が森の中に響き、泣き始める栗栖とそれを見てどうしていいか分からず、三武郎は慌てることしかできない。

 その姿を見ながら勇子と海狐は小さく溜息をはくのであった。


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