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脇役少女  作者: uda
探偵と孤島の物語
15/17

犯人と推理ショー・・・したかった

「む、蒸し暑ちぃ」

「我慢、ですよ。坂下さん」


 三武郎と勇子はクローゼットの中にいた。午前中ということもありクローゼット内はそれ程蒸し暑くはないが、少しカビ臭さが漂う。

 顔をしかめ、三武郎はクローゼットの僅かな隙間から外の様子を確認する。


 視線の先には塩田に渡された資料と同じように無数の蝋燭が置かれ、ベッドの上にはライターと簀巻きにされた毛布、ビニールひもに真中に穴のあいた蠟燭。そして、勇子が風除けと言っていたものが置かれている。

 被害者、岸井の部屋は一年前の出来事と同様に再現されていた。そして、ベッドの脇の椅子に一人の少女が腰かけていた。


 開けられた窓から吹く風が少女の栗色の髪を撫でるが、少女、栗栖は気にするようもなく、椅子に座り外を眺めていた。


「ガキ、本当にこれで来るのか?」

「昨夜も来たじゃないですか。大丈夫ですよ」


 三武郎はつい数時間前、朝食時の出来事を思い出す。解放した浜村達も交え全員が食堂に集合し、何事もなかったかのような少しの雑談とともに朝食を食べ終えた後、栗栖は当主に言い放つ。


――謎は解け、証拠も見つかった。去年の呪いは事故でない、殺人である。


 驚く当主達を尻目に栗栖は立ち上がると、全ては昼食後に謎を解くと言い。それまで、あの部屋でいろいろと準備をしてみますと言って食堂から去って行った。

 もちろん、これは潮田を誘い出す罠であったが、凛として言い放った栗栖の言葉は事情を知っている三武郎でも信用と頼もしさを感じた。


「……あいつも、わざわざ釣り餌になってくれるとか度胸があるじゃねぇか」

「まぁ、ああ見えても彼女は名探偵です。やるときはやってくれるんですよ。それにアレも彼女の服に忍ばせています。大丈夫なはずです」


 一見、物思いに耽りながら外を見ているが、よく見ればガチガチと足を震わせ、緊張している栗栖に視線を逸らさず、三武郎達は息をひそめる。


 それから待つことしばし、部屋の扉がゆっくりと開かれる。

 続いて足音を忍ばせ人影が現れた。

 無言で栗栖に近づくその人影はどう見ても潮田であり、来栖には見えないよう、右手に握った包丁を背中に隠している。明らかな殺意を醸し出す潮田の挙動、それが彼が犯人であると明らかに語っていた。

 潮田は気が付いていないであろう栗栖の背後に近付く。

 そして、潮田はゆっくりと包丁を振り上げた。


「おい、ガキ!!」

「そこまでです!」


 三武郎はクローゼットを蹴り破り、すかさず、勇子が叫ぶと右手に握る拳銃の引き金を引いた。

 消音器による微かな銃声と火薬の匂いを立ち上らせた時には潮田の握られていた包丁の刃は砕けていた。

 潮田は何が起きたか分からず、しばらく茫然とした後、ゆっくりと背後を振り返り、三武郎達に気がつく。すると、小さく悲鳴を上げた。


「ひゃ!!な、なな、ちが、違います」

 

 初対面の冷やかで落ち着いた感じはどこへいったのか、まるで栗栖のように動揺する潮田は包丁の柄を窓に向かい放り投げた。

 

「ふっ、ついにしっぽを出したようですね。潮田さん」


 反対になぜか落ち着いた口調の栗栖はにやりと口端をゆがめ、笑い、潮田に向きなおった。


「な、なんのことですか。私はあなた方の手伝いになれることがあるかと思いまして……」

「くだらない言い訳はよたほうがいい。君が私を殺そうとしたことはこの二人が証明してくれる」


 栗栖は堂々と語るが膝をガクガク揺らす。

 どうやら、作戦通り上手くいくようだと三武郎は思えた。その作戦とははったりで一年前の犯人である潮田をおびき出し、現行犯で捕まえるということであった。 

 栗栖はおそらく内心恐怖でいっぱいであるのだろう。だが、それでも余裕の笑みを作り犯人と対峙する。


「では、私、探偵 古畑栗栖の華麗な推理を披露しようじゃないか」


 足の震えを隠し、栗栖は優雅に振舞う。頑張れと三武郎は心の中で応援した。

 そして、これより栗栖の推理が披露される。と推理小説ならそうであったのだろう。

 だが、三武郎の目の前の光景は非情であった。


「……チッ」


 大きな舌打ちが聞こえた。三武郎のものではない。

 その舌打ちをした潮田は素早く栗栖に近づくと、右腕でポケットからナイフを出し、左腕で栗栖の首を巻きつけ、引き寄せる。


「来るんじゃない。こいつを殺すぞ!」

「え、えぇー、ちょ、まだ、推理ショーが始まってないんですけど」

「うるせえ!!」


 勇子の説得も届かず、喚く潮田はナイフを栗栖に突き付ける。見れば潮田の瞳孔は爛々と輝きを放ち、近づけば栗栖がタダでは済まない事を容易に想像させる。

 さすがの勇子も焦り始める状況の中、栗栖は余裕のある表情を変えることなく、語り始めた。


「やはり、あなたが犯人だったの。当主の言っていた内容の中、突然頭上から不思議なもの音の後『岸井の部屋から聞こえるようです』という貴方の発言から、貴方が犯人でないかと疑っていたよ」

「だ、黙れ!」


 足が震えていることから明らかにに無理をしているがまる分かりであり、ナイフを目の前に宛がわれたのにも関わらず、栗栖は語る。


「私は探偵なのでそれは断りたいね。それにおかしいじゃないか。頭上で聞こえただけの鳴き声なのにどうして、貴方は岸井さんの部屋だと断定できたのかな」

「……」

「それは貴方があの部屋で起きることをあらかじめ知っていた。つまり、潮田さん、貴方が犯人だ」


 長い沈黙の後、潮田は唇を震わせ、声を洩らす。


「まったく、狐の呪いだと思っておけばよかったものを……」

「狐の呪いって信じていたのは当主ぐらいだったみたいだけどな」

「黙れ、黙れ。あの狐バカの主が信じていればそれでいいんだよ。あのバカ主がビビってくれたから余計に金をくすねるのが簡単になったことは、感謝しているがなぁ」

「テ……テメェ!!」


 低く声を絞り出し、三武郎は潮田をにらみつける。怒りに身を任せ、歩み寄ろうとすると潮田は叫ぶ。


「おっと、動くな。こいつが死んでもいいのかぁ」

「こんな事をして逃げられると思うのですか」

「はは、なぁに、そん時はまた狐のせいにしてやるよ」


 潮田は声を押し殺し笑う。


「やめて!!」


 その笑い声を一人の金切り声が引き裂いた。誰もが悲鳴を上げた人物に視線が注がれる。

 先ほどの余裕はどこにいったのか唇を震わせながら栗栖は叫ぶ。


「そんな事言えば、海狐がきますよ」


 真剣な顔で言う栗栖を潮田はしばし見つめると、口元をゆるめた。


「くははは、海狐なんているわけねぇだろうが! ただのバカ主の妄想だろ!」

「そんなことないです。い、いますよ」

「なら、一度はお目にかかりたいもんだ」


 潮田の笑い声を合図に栗栖は方を大きく震わせる。

 そして、狐の鳴き声が響いた。重なり合う鳴き声は一匹二匹でないことが理解できる。

 鳴き声は潮田の背後から聞こえ、三武郎と勇子は潮田の背で見ることができない。


「なんだ……」


 潮田は驚きながらゆっくりと振り返った。

 それは白く、大きな、塊であった。

 二階の屋根。潮風の流れる大きな窓の外、白い体毛を靡かせ、牙をむき、微かに響く唸り声の合唱が彼らが群という名の化け物に見えてくる。

 瓦屋根の上に総勢二十もの狐が現れていた。


「きちゃった……きちゃったじゃないですかぁ」

「え……は?」


 異常な光景と、すぐ傍まで迫っていた無数の瞳に睨みつけられ潮田はたじろぐ。

 その隙を見逃さず、狐は一斉に飛びかかった。

 白い波のようになだれ込む狐の群れは潮田の腕を噛み、ナイフを落とさせる。そのまま、狐たちの牙は潮田の体を噛みそのまま、窓枠まで運ぶ。


「ちょ、おい」

「栗栖さん!!」


 手際よく窓枠まで運ぶ光景に三武郎達は止めようとするが一歩遅く、潮田の体は狐たちにくわえられ瓦屋根を下っていく。

 そして、白い群れの中、潮田の服を必死に握りしめている栗栖が見えた。


「あの、馬鹿が!!」


 大きく舌打ちし、三武郎が窓枠に駆け込むと、そこには潮田の体をぶら下げ宙を舞う狐たちの姿があった。

 悲痛な悲鳴を響かせ、空を去っていく方向に、勇子が素早く反応する。


「三武郎さん。おそらくあの祠です」

「祠、海狐か」

「三武郎さん、追いかけますよ」

「くっそ、ああ、任せろ!」


 ジャケットを脱ぎ棄て、三武郎は叫ぶと人狼へと姿を変え、勇子を片手で引っ掴む。

 そのまま、反対の岸井の部屋に行くと、窓枠から飛び降り、狐を追いかける。


「畜生、面倒なことに」

「大丈夫です。まだ、予想の範囲内です」

「……テメェがそう言うなら、安心だ」


 こいつが言うなら大丈夫だろうと思えた三武郎は焦っていた心を落ち着けせると、栗栖を追いかけることに集中した。


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