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脇役少女  作者: uda
探偵と孤島の物語
14/17

深夜の訪問者

 まるで、夢であったような出来事を体験した三武郎はひとしきり境内でお茶を飲んで会話をしたあと、館に勇子と戻ることになった。


 随分長い時間あの小屋にいたらしく、太陽が西に大きく傾いていた。

 屋敷につき、なぜか倉庫にいる寺波夫妻の奥さんに軽く挨拶を交わすと勇子たちは屋敷の玄関を潜った。


「しっかし、まさか本当に海狐がいるとはな」


 周囲に聞こえないように三武郎は勇子に話しけると勇子は頷き返す。


「以前、私だけの際は河童でしたけど、まさかここにもいるとは。まぁ、栗栖さんがいますから予想はしてましたけど」

「どうことだ」

「彼女は、栗栖さんが霊感を持っているっていいましたよね」


 そこで勇子は言葉を区切ると周囲を確認しながら話し始めた。


「彼女の霊感はアヤカシが近くにいることを感じ取れる体質らしいのです。さらに、アヤカシ。つまり、非日常的な存在と巡り合ってしまう数奇な運命を持っているのですよ」

「ハハハ、そんな馬鹿な」

「私も似たような存在ですのであながち嘘には思えないでしょう」


 確かに目の前にいる少女が前回の出来事や、自分の存在を知っている少女がいるなら、そんな奇妙は人生を歩む女性がいるのだろうなと想像はできる。だが、安易に認めたくもないことであるので頷くことはしなかった。


(……ん?まてよ)


 そこで三武郎はふと、あることに気がつく。


「じゃあ、あれか。栗栖がオレを見てビビっていたのは――」

「そうですね。あなたがチョイ悪に見えたからじゃないです。ただ、何となくこの人は人ではないなと感じ取っていただけなんですよ」


 てっきり、人間時の自分の怖さを分かってくれる人物がやっと現れたのだとう、れしく思っていた三武郎は、気づくべきではなかったなと大きく舌打ちをする。


「まぁ、気を落とさないでください」

「うるせぇ。というか、今さらだがあいつを一人部屋に置いてきて良かったのか?」

「大丈夫です、一応、彼女のポケットに盗聴器と発信機忍ばせてますからね」


 などと言いながら三階に上がり、三武郎達は客室の鍵を開ける。

 部屋に入ると目が覚めていた栗栖が足を組んで座椅子に腰掛けていた。その片手には渡された資料があるのが目に入る。


「ふふふ、ふはははははは」


 少し前までの怯えはどこに行ったのか。突然、愉快に笑い声を上げ始めた栗栖両手を天に掲げる。

 ついに、恐怖で精神がイカレたかと三武郎は同情の眼差しを投げかける。

 隣の勇子は少し考えたあと、何か思い当たったのか声をかけた。


「探偵の高笑い。もしかして、事件の真相が分かったのですか」

「あははは……え? ゆ、勇子ちゃん。ななな何で」

「……お前、俺らが帰ってきたことに気付かなかったのかよ」


 呆れ交じりの三武郎の言葉とほぼ同時に、栗栖は急激に顔を赤くするとか細い悲鳴とともにそばのベッドに飛び込みシーツを被った。


「いやぁあああ、見ないで、忘れてよぉ」

「三武郎さん」

「あ? オレのせいじゃねぇだろう」


 それから勇子の説得により、何とか顔を真っ赤にした栗栖をベッドから引きずり出し席に着かせた。

 再び怯える栗栖に三武郎はもしかして、この女性は内弁慶ではないかと思えてきた。


「で、栗栖さん。一年前の事件、解けたのですか」


 勇子の質問に、栗栖は小さくうなずく。


「はい、まだ確認したいことがあるので予想ですが。それで、あの、あなた達で彼女の部屋に行ってくれませんか」


 彼女とは被害者の岸井 陽菜の部屋のことである。


「わかりました。いいですよね坂下さん」

「構わんが、お前はどうすんだ」


 そこで栗栖は少し目線を外し、気まずそうに答えた


「その、私はこの部屋にいます。だって、外には、海狐がいるから」

「あん?」

「ひぃ! ごめんなさい。お願いします。ごめんなさい」


 あまりにもふざけた理由に三武郎が睨みつけると、栗栖は清々しいほど行儀のよい土下座をくりだす。

 頭を下げながら、謝り、頼む様子に三武郎は目も当てられず視線を外してしまう。そこでようやく栗栖の持っていた札が部屋の壁中に貼られているのに気がつく。

 何かの侵入を阻む意思がヒシヒシと伝わる四方の壁に栗栖が本気で部屋から出たくないというのがよく分かった。


「三武郎さんいいじゃないですか。これさえ決まれば事件は解決するのでしょ」


 三武郎を落ち着かせながら、勇子は栗栖に同意を促す。

 だが、栗栖は口ごもり、ゆっくりと首を横に振った。


「ごめんなさい。おそらく、事件の真相は分かります。今回は事故や呪いではなく殺人です。犯人が使ったトリック。後、犯人がだれなのかも予想できてます。だけど、」


 悔しそうに唇をかみしめながら栗栖は吐き出す。


「だけど、予想通りならきっと犯人を証明する証拠がないと思います」

「え?」

「事件から一年間経っているんです。物的な証拠なんてない筈なんです」


 三武郎はしばしば相手の言っている意味を理解できないでいた。その横でいち早く理解した勇子が口を開いた。


「まぁ、それは見てきてから決めますよ」


 そう言ってメモ帳を勇子は取り出した。


「そ、そうですね。後、こ、これは予想ですが……何か嫌な予感がするのです」

「……何でだよ」


 何度か言うのを躊躇うようにした後、栗栖は呟いた。


「何か、その、このままでは終わらない気がするの。だって、まだ壁の血文字を書いた理由が分からないの……まぁ、私の考えすぎかもしれないけど」

「そうですね」


 勇子が適当な相槌をうった後、栗栖は三武郎達に自分の推理を話した。

 聞き終わった後。そんな馬鹿なと三武郎は思ったが、勇子と栗栖はなんとかなりますと答えたのでしぶしぶ納得した。

 その後、三武郎と勇子は言われたとおり岸井の部屋であるものを発見した。

 調べ終えた三武郎に勇子は真剣な目で話しかける。


「三武郎さん。私も栗栖さんほどではないですが、ひとつ推理したことがあります。なので、今晩、協力してくれませんか」

「あ、どうしたんだ?」


 面倒そうに語る三武郎に勇子は人目を気にするよう小声で語った。


「まずは夕食の際、皆の前で言ってほしいことがあります――」






 あたりは暗く空には満点の星空と欠けた月が光り輝く。屋敷にいる彼らは夕食はすでに皆食べ終えたどころか、この時間は就寝時間となり、廊下の電気は消され暗闇が支配する。

 その細長い廊下も暗く、ただ夏虫と狐の鳴き声がかすかに聞こえるだけ、の筈でった。


「はぁー、はぁー、はぁー」


 荒く乱れた呼吸を響きわたらせ、その人物は足音を忍ばせながら廊下を歩く。

 肩に背負ったリュックが先ほどより重い。


 まるで、今から人を殺すことに対してやめろと語っているようにその人物は感じた。

 だが、覚悟はできている。その人物はリュックを背負いなおし廊下を進み、突き当たりの部屋に止まった。


 その部屋は三階奥、執事長である潮田の部屋。

 ゆっくりと深呼吸をすると、ポケットからスタンガンを取り出す。

 自然と体中から汗が溢れ、手が震える。

 今更殺人を行うことに対する抑えられない震えにその人物は自らを落ち着くように言い聞かす。


(やるしかない。やるしかないんだ)


 思い出すのは探偵の部屋に仕掛けた盗聴器の会話と、夕食での青年の言った一言。


(あの探偵でも、証拠を見つけることが出来なかった。それに青年の言ったことが本当ならもう、時間がない)


 その人物はゆっくりと息を吐くと扉を強く睨みつける。覚悟はできた。

 そして、ドアノブに手を伸ばした――所で、突然口元を覆われる。


「――ん!!んーん!!」


 反射的に叫び、暴れるがスタンガンを握る腕は背後から延びた別の腕に握られ、ビクともしない。


(何が、何が、起きている!?)


 振り返ることもできない。まま、掴まれた自身の体は強い力で後ろに飛ばされ、気がつけばその人物は反対の部屋、岸井の部屋に叩き込まれた。





「は、放せ!」


 喚くその人物を三武郎は掴んだまま、部屋の奥に放り投げた。

 ひき蛙を思わせる鳴き声を口からこぼし、先ほどまで潮田の部屋の前にいた人物は床に叩きつけられた。


「ったく、ガキの予想通りじゃねぇか!!」


 舌打ちをしながら三武郎は放り投げた人物、記者渦谷の右手に持つスタンガンをもぎ取る。


「まったく、くだらねぇことしてんじゃねぇよ」


 返事はない。よく見れば打ち所が悪かったのか渦谷は気を失っていた。三武郎は特に気にする様子もなく彼が背負ったリュックを取り上げると中身を開く。

 背後から、勇子が声を投げかける。


「中には何が入っているのですか?」

「あん? えーと、ビニールロープと大量のろうそく、後、この臭い、豚の血か。それと、何だこれ」


 三武郎はリュックから和紙でできた直方体を取り出し、見せると勇子は答えた。


「恐らく風除けですよ」

「へー、これがか。しっかし、まさか本当に来るとはね」

「こういう先の展開を読むのは得意なんですよ」


 壁に描かれた「今年も、呪いは繰り返される」という血文字。追い詰めることができない犯人。そこから、一つの結論を勇子は推理した。

 そして、勇子が三武郎に頼んだのは一言の台詞であった。

 夕食時、皆の前で「犯人は特定できないかもしれない」ということだけであった。

 何故、そんなことを言わなければいけないのか三武郎はよく分からなかった。ただ、勇子がこれを言えば執事の潮田を殺しにくる、もしくは殺しに行くと言われ仕方なく従った。


 そして、勇子が予想した通り現われた人を三武郎はこうして、隣部屋に連れ込むことになったのだが、その成果は予想以上であった。


 三武郎は周囲を見渡し口を開く。


「まさか、三人も殺しにくるとはな」

「ですね。文字を書いたのは一人だったのでこれは予想外でしたが」


 そこでようやくベッドの上に座り、勇子に銃口を向けられている二人の人物は声を上げた。


「そんな。どうして渦谷さんが」

「やっぱり、そうだったの……」


 正反対の反応を示す女性の使用人、浜村と当主の友人夫妻の妻、寺波婦人。彼女たちも渦谷より少し前に、彼と同じようにリュックと武器を片手に潮田の部屋の前にあらわれていた。

 要するに彼女たちも別々に潮田の殺害を企ていたということであった。


「何やら動機があるみたいですけど、どうせ被害者の隠れた兄弟や両親、大切な親友ってところなんでしょうね」


 渦谷、寺波婦人、浜村を順に見渡し勇子は語る。とっさに考えた適当な内容に三武郎は聞こえたが、目をそらし反論もしない二人の姿を見ると、事実のように思えた。


「その反応どうやら、図星ですね。なら、もう一つ動機を当ててみましょうか」

「おい、ガキ。何、探偵ごっこしてんだ」

「一度こういうのに憧れてたんですよー」


 声を弾ませ語る勇子は銃口を三武郎に向けてくる。その満面の笑みにどこか寒気を感じた三武郎はおとなしく黙っておくことにした。

 殺人未遂の人間に対峙する緊迫した状況なのにもかかわらず、なぜか気分を高揚している小学生の心境がよく分からなかった。分かりたくなかった。


「では、潮田さんを殺そうとした動機について……簡単ですね。復讐。つまり、去年の事故として処理された岸井を殺した犯人、潮田に対する怨恨ってことですよね」


 証拠がない。だが、トリックと聞かされた話や資料。それに去年トリックに使われた道具の材料を発注したのも潮田であり、以上のことから栗栖曰く潮田が犯人なのが妥当なのらしい。


「やっぱり、分かってんじゃない……そこまで、知っているなら何で」

「やめましょう、浜村さん。……恐らく証拠が出てこないのでしょ」


 勇子を睨む浜村を手で制しながら寺波婦人は穏やかに裕子に問うと、勇子は首を縦に振って肯定する。


「その通りです。一応、現場などを調べてみたのですが、やはりそれらしいものはなかったですね。ですが、そのお陰で私の予想が更に現実味を帯びたんですけどね」

「予想? 何よそれ」

「もし、事件が発生してから一年間の間に私たちのように真相に辿り着いたが、証拠を見つけることができない人がいたとしたら。そして、被疑者に恨みを抱いているのなら。殺しに来るなという予想です」


 勇子はそこで言葉を一旦切ると銃口を彼女たちに向けたまま話を続ける。


「子供の私が言うのもなんですけど、こんなこと止めましょう。大事な人が殺されたから、その犯人を、人を殺すっているのは間違いですよ」

「私たちを逮捕するってことかしらね」

「いえ。そうさせないためにこうしてほかの皆さんには秘密で捉えたんです。今なら引き返せます」


 勇子の提案に寺波婦人は肩の力を抜いていく。だが、反対に浜村はさらにこちらを睨みつけベッドから立ち上がった。


「ふっざけんじゃないわよ。結局証拠はないわけでしょ」

「はい、残念ですが」

「じゃあ、未だ私の親友を殺しておいてのうのうと主の財産をちょろまかしているあの最低野郎を放っておけっていうの!」

「それは……」

「うるさい! 裁けないなら、私が裁くしかないじゃない!」


 喚き散らす浜村に三武郎はこれ以上の説得は無意味だと思えた。なので、もう警察にこいつらを突き出すしかないなと考え立ち上がろうとした。

 止めようとする寺波婦人を跳ねのけ浜村は部屋の出口に向かおうとする。彼女の眼は殺意に満ち、勇子が拳銃程度ではひるむ気はないようである。

 しかし、勇子は平然とした顔で浜村に語り続けた。


「では、潮田さんが捕まれば、貴方はその殺意から助かるのですね」

「はぁ、そんなの当たり前――」


 会話を遮り、勇子は明るく元気良く叫ぶ。


「分かりました! 助けましょう!」


 即座に放った返答に皆が呆気にとられる中で勇子は三武郎に振り向く。


「三武郎さん。栗栖さんを叩き起こしておいてください」


 そう言って、放り投げた鍵を三武郎は受け取る。


「ガキ、マジで言ってんのか」

「本気ですよ。だってヒーローは困っている人を救う存在なのですから」


 以前も見たことがある決意にあふれた勇子の表情に、梃子でも動かないと三武郎は察し、仕方なしに頭を掻くと、立ち止った浜村と勇子の前を通り過ぎる。


「そ、そんなことできるわけ」

「できます。ですから、その殺意を一日だけ抑えてもらえませんか。少なくともあなた達の行動を予想できるこの私達と、名探偵の古畑 栗栖がいるですよ。証拠がないなら出さしてみせます!!」


 声高らかに宣言する勇子に寺波婦人は問いかける。


「……ねぇ、どうしてそこまでしてくれるの」


 背後ではいまだ会話が繰り返されている中、扉を閉めようとする三武郎の耳に勇子の返答が最後に聞こえた。


「どんな人たちでも死んで欲しくないからですよ」

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