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脇役少女  作者: uda
探偵と孤島の物語
13/17

海狐

 勇子と栗栖の三階客室は三武郎の部屋と比べて、ベッドが二つある以外特に代わり映えなかった。片側だけかけられるように壁に付けられたテーブルと化粧台。テーブルの下には椅子が二つある質素な部屋であった

 床にはクリーム色の絨毯に大きな窓枠からはこの島の大半を覆い尽くす森の景色を見わたすことができる。


「なんかさ、人が多すぎて誰が誰だか分からんわ」


 椅子に座る三武郎は投げやりに呟いた。

 隣で椅子に腰掛ける勇子は苦笑いをしながら、ポケットから先ほど何かを書いていたメモ帳を取り出す。


「えーと、この館の当主、使用人の長、少年と少女の使用人、当主の友人夫妻、記者の計七名でしたよ。名前や詳細はここに書いてありますけど見ますか」

「いや、いらねぇ。別に必要ない」


 元々、人の顔と名前を覚えるのが苦手な三武郎は今更覚える気にはならなかった。

 勇子は三武郎の反応に怒るかなと思ったが、なにか勘違いしているのか妙に納得したように頷く。


「確かに、私たちは助手役ですから、この事件のトリックを推理する側ではないですからね」

「トリック? 呪いじゃねぇの?」

「ふっ」


 真剣に考えていない三武郎の解答にベッドに腰掛ける栗栖は鼻で笑う。


「てめぇ!」

「ひぃ! ごめんなさい。ごめんなさい、調子に乗りました」


 三武郎が睨みつけると栗栖は表情を一変。小さな悲鳴と共に手に持っていた資料を投げ捨て、素早く近くの勇子の後ろに隠れた。


「ガキを盾にしてんじゃねぇ」

「うぅ、ごめんね。勇子ちゃん」

「いいんですよ」


 小学生に慰められる高校生というなんとも情けない光景の後、栗栖はおとなしくベッドに座り直す。

 そして、おどおどとした口調で語りだす。


「あの、その、一応トリックは予想できました」

「え? ……はやくねぇか」

「渡された資料や話からどんなトリックを使ったか、想像は出来ていますので……後は部屋にでも行けば」


 まだ、話を聞いただけなのに謎が解けたという栗栖を三武郎は驚き見つめるが、栗栖は視線を真横に逸らし合わせようとはしなかった。


「ホントにわかってんのか」

「任せてください。私にかかればこの程度……え、あれ。ひえぇ!」


 短い悲鳴の後、勇子は素早くベッドの上に飛び込むと、シーツに包まった。そのまま、震えながら窓の方をゆっくりと指差す。

 三武郎と勇子は窓に視線を向ける。

 大きく口を開けた窓から覗く赤茶色の瓦屋根、その上にゆらりと白い狐が立っていた。


「嗚呼、やっぱり」


 初めて見た勇子は特に驚くこともせず、妙に納得した声を漏らした。

 狐は首を動かし、何かを伝えようとする。

 同じ獣の血が混じっているためか、何となくだが、三武郎は狐が伝えたいことが理解できた。


「ついてこい、か」


 伝わったと思ったのだろう、三階の窓から狐は飛び降りる。

 三武郎と勇子は窓に近づき、下を見る。狐は軽快な足取りで館の門まで行くと腰を下ろし、こちらをジッと見つめていた。


「三武郎さん。行きましょう」

「あん? だがコイツは」


 ベッドの上ではシーツに包まった来栖が微動だにしていなかった。眠っているような様子にどうやら気絶しているみたいであった。

 勇子は可笑しそうに笑った。


「三武郎さん、何だかんだで来栖さんのこと気に入っていますよね」

「はあ! んなんじゃねぇよ」


 三武郎としては、久しぶりに人間時の自分を怖がったりする反応を見せてくれるので気に入っていないといえば嘘になる。

 だが、そんな正直に話せるほど三武郎は素直ではなかった。




 客室には鍵が付いているので勇子と三武郎は気絶する栗栖を置いておくと、急いで玄関に向かった。

 狐はジッと門の前まで座っており、三武郎達が来るのを確認すると追ってこいと合図を送ると森の中へと入っていく。

 近くの倉庫では荷物整理をしている若いメイドの磯崎に軽く挨拶をすると森の中へ進んでいった。


「おい、ガキ。なんであの狐を見た時、やっぱりと言いやがったんだよ」


 勇子は言葉を選ぶように少し考えると答える。


「突拍子もない話ですが、彼女、栗栖さんには霊感があるんですよ」

「へぇ、そうかい」

「はぁ、別に信じなくてもいいですけどね。だいたい二回に一回ですから」


 よくわからない勇子の解答を聞きながら三武郎は新緑の葉が生い茂り、木々に囲まれた道を歩かされる。

 数歩先を歩く狐は何度かこちらを振り返っていた。


(そういや、なんでオレはこの狐の言いたいことが分かるんだ? 自分と同じ人狼の一族の者か。いや、違う)


 三武郎の教えられた知識では人狼というものは全て狼に変化するものである。他にあるとすればコウモリに変化することができるあの吸血鬼ぐらいだ。

 では、目の前の明らかに高い知識を持ち、三階の屋根から軽々と飛び降りるコレはなんなのだろか。

 三武郎の疑問は考えたところで、答えが出てくる訳もなく、気が付けば木々に囲まれ、木陰に覆われた道が晴れた。

 たどり着いたのは祠。綺麗に切り取られた石段にこぢんまりと木々で囲まれ、その材質の具合から新しい祠であることが分かる。

 狐は祠の裏に回る。裏にはしめ縄で囲まれたほら穴があり、狐は中に入っていく。

 三武郎と勇子は顔を見合わせたあと、洞穴に入った。中の道は神社の石段のようなしっかりとした廊下となっており、周囲は炎が洞窟内を明るく灯している。

 少しだけひんやりとした空気にうっすらとした寒気を感じながら三武郎達は奥に進む。

 数分後、目の前に現れたのはもう一つの祠であった。

 しかし、先程三郎達が見た新しく小さな祠と比べ、こちらは祠というより神社の境内をイメージさせる小屋。煤けた壁の具合からこちらはかなりの年代が経っていると三武郎は感じ取った。


「なんだあれ?」

「まぁ、大体予想できますけどね」


 不思議に思う三武郎を余所に勇子はスカート下、太ももに巻いたホルスターに差し込んだピンクの銃を右手に構える。

 いつの間にか案内をしていた狐は消えていた。


「どういうことだよ」

「栗栖さんが関わっていて、さらにさっき程の狐、おそらくモノノケですかね」

「モノノケ?」


 言っている意味が分からない三武郎をよそに正面の、境内の扉が開く。


「「じゃじゃじゃーん。海狐様のおなーり」」


 人語を話す二匹の狐が窓の脇から現れる。不思議な光景だが、陽気な二匹の狐の声に三武郎は脱力しかけた。


「ふむ、もう少し神秘的な登場演出の方がいいのだがね。まぁ、いいだろう」


 だが、三武郎は不思議な狐を両脇に抱え現れた女性に唖然とすることになる。松明の明かりで煌く銀髪をなびかせ、蒼い着物の上に白い羽衣を身に纏う美しい女性であった。

 その女性はよく見れば頭から狐の耳を生やし、彼女の背からは白い尻尾が彼女の身の丈ほどの大きさで蛇の如く揺らめいていた。


「おや、我のことが珍しいのか」


 堂々と現れ三武郎を見下す態度に三武郎は苛立つ事や畏怖するよりも、神々しさを感じ取った。


(人狼。いや、人狼のようなものはいない。いるとすれば吸血鬼だ)


 しかし異界のモノとあったこともあり、コレは何か別のモノ。自分の中における非日常なモノだと理解した。


「ふむ、同族かと思いって招待してみれば、違う存在ではないか。まぁ、良い。久しぶりの客人だ。交わることのない人外に、おかしな雰囲気をまとった少女よ。さぁ。お上がりなさいな」


 体を翻し、ニコリと微笑むと尻尾を使い、ついてこいと誘っているのが三武郎は伝えられた気がした。

 どうするかと勇子に振り向くと勇子は既に銃を仕舞っていた。勇子は建物に足を運ばせながら訊ねる。


「貴方が海狐ですか」

「いかにも」


 女性は、海狐はクスリと笑いながら尻尾を振った。




 畳が十畳敷き詰められた祠の中、案内された三武郎と勇子は二足歩行で人語を話す不思議な狐が用意した座布団の上におとなしく座った。

 向かい合う海狐は袖元から取り出した扇子で口元を隠しながら、三武郎達の正体を勇子から話を聞いた。

 勇子は快く承諾し、三武郎の正体と勇子の事情を話す。


「ほぉ、面白いお話じゃないか」

「楽しんでいただけたようで何よりです」


 楽しそうに会話をする海狐は扇子を畳み、三武郎を扇子で差す。


「まったく。爺さま、いや、使いの狐から我と同じ匂いがすると聞いたのだがね。結局、アヤカシの類でもなく、人狼というものなのか」

「そうですね。アヤカシのように他種族と交流を持たずに日常に溶け込み、時に狼になる種族なのですよ」

「ふむ。しかし、そんななりでも匂いは同じなのだが……」


 物珍しげに見つめる海狐に、つい三武郎は軽口を叩く。


「はっ、お前みたいな化物と一緒にすんな」


 そのセリフを最後に三武郎の頭に強い衝撃が走る。

 海狐の尻尾がムチのようにしなり、三武郎の側頭部を叩かれたと理解できた時には畳の上を無様に転がっていた。


「このオレが見えなかった、だと」

「我を化物扱いするでない」

「申し訳ないです。海狐様」

 

 勇子がすかさず頭を下げ、三武郎の代わりに謝罪すると海狐はフンと鼻を鳴らす。彼女のそばにはいつの間にか二匹の狐が現れ、立ち上がろうとするのを押さえていた。


「そこの狼、命は取らぬが今度油揚げをもってくるがよい」

「わ、分かったよ」


 尻尾をゆらゆらと漂わせながらの命令に三武郎は何度も首を縦に振るしかできなかった。


(すっかり忘れていた。こいつが呪いの可能性もあるんだった)


「何故、油揚げ」

「我の大好物だからだ」


 勇子と海ギツネの会話を聞き、頭をさすりながら三武郎は座布団に座り直す。


「ところで、海狐様。少々お聞きしたいことがあるのですが」

「何ぞ?」

「一年前の事件。祠の火事と人が飛び降りた件です」


 勇子の言葉に海狐がわずかに目を細めた事に三武郎は気が付く。

 短い沈黙のあと海狐はゆっくりと口を開けた。


「あまり口にはしたくないのだがね。女中が飛び降りたことは知らないが、火事の件は知っておるぞ。あの時は。そう早朝だった。誰かが祠に出入りした音が聞こえたのでな。お供えの場所になにか置いてあった気がしたのぉ。その後、若い男が来て、火事だと叫んでおった」

「何が置かれていたか分からなかったのですか」

「さぁの」


 海狐は頬を掻き、勇子から目線を外した。誤魔化していることが明らかな仕草に、三武郎も突っ込んで聞いていいのか迷ってしまう。

 すると、お茶を盆の上に載せてやってくる二足歩行の狐が代わりに返答した。


「海狐様は知らないですよー。だって、お供え物だと思って祠の裁断の扉を開けると中から嫌な臭いが漂っていたんですからー。ぎゃーって叫んで一目サ――きゃん!!」


 話の途中であったのだが、お茶を持ってきた狐は海狐の尻尾に顔面を叩かれ、扉の障子を突き破って飛んでいく。

 だせーと三武郎は笑いかけたが、海狐がこちらを睨みつけすぐさま表情を整える。


「なにか聞いたかい?」

「「いいえ」」


 言いながら勇子はポケットからメモ帳を取り出し、何かを書き込む。覗き見ると、若い執事、浜村が来る前に煙草は本当に置かれていたと丸みを帯びたじが描かれていた。


「しかし、貴様ら、我という存在におどろかないのだな」

「「なれてますから」」


 海狐は二人の息の揃えた反応に少しだけ目を見開いた。

 三武郎は確かに海狐には驚いたのだが、前回の「異界のモノ」達に比べるとそこまで異常さを感じないので特に怖さを感じなかった。

 

「まぁ、あの女性が死んだのは惜しいものであったな」

「知り合いだったのか」

「いつもあの祠を綺麗にしてくれる、甲斐甲斐しい娘であった」


 ここでも善人扱いされている女中は一体どんな人であっただろう。三武郎は自分とは大違いだと自虐的な笑みを浮かべてしまう。


「良いことを思いついた。もし、貴様らが犯人を見つけたのなら、我が食い殺してやろう」

「やっぱり、貴方の呪いではないのですね」

「当たり前であろう。そもそも我に何かを呪う力などないのだよ」

「え?」


 優子は驚き声を上げる。三武郎も声こそ上げなかったが、その発言には驚いてしまう。


「我にできることは、長寿に生きることと、軽い幻覚、後は空と海を渡る力ぐらいであるのだからね」

「だが、ここの当主に約束を破ると呪うって言っていたんじゃねぇのか」

「いや、そ、それは……」


 再び動揺を隠せない海狐はわたわたとしていると扉が開き、腰を曲げた狐がお盆に乗せたお茶を持ってくる。

 現れた狐は三武郎たちの前に湯飲みに入れたお茶を置きながらしわがれた声でわたい声を上げた。


「ほっほっほ、姫様、懐かしいですな。姫様が惚れたあの人間に約束を守って欲しくてでしたな」

「お、翁。お主」

「いいではありませんか。もう、昔のことですのでしょう。それともまだ諦めれずにあの男の孫にちょっかいを話したほうが……」


 言葉の途中でまたしても海狐の尾がうなり、翁の声で語っていた狐は障子扉に突き刺さった。

 ほうける三武郎の耳からは「翁ぁあああ!」という叫び声がやかましく聞こえる。

 少し頬を赤くする海狐は咳払いをしたあと、ニコリと三武郎たちに微笑み口を開いた。


「次、詳しく聴けば殺すぞ」

「うっす」


 睨みつける鋭い眼光に三武郎達は頷くしかなかった。


「とにかく、我はあの件には一切関わりないのだよ」


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