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脇役少女  作者: uda
探偵と孤島の物語
12/17

一年前の事件

 三階の窓から光を差す太陽は未だ高く登っている。

 三武郎達、探偵一行は、気絶した栗栖を起こした後、この館の人々から事件の詳細を聞いてまわることにした。


 潮田の話ではこの館には七人の人物が住んでいるらしい。

 その内、荒神と潮田から話は聞いているので残り、若い使用人の浜村、飛び降りた岸井と仲の良かったメイドに一年前も来ていた当主の友人夫妻。最後に事件当日はいなかったが一週間前から泊まっている記者の五人に話を伺う。


「君が探偵かい。思ったより若いのだね」

「あら、ほんと。かわいらしいわ」


 一階、応接間にて当主の友人夫妻である寺波夫妻は穏やかな笑みをしていたが、一年前の話をすると顔を明らかに曇らせた。


「あまり思い出したくないのだけどね。ああ、私は確かに岸井さんは窓から落ちていくのを見たよ。それは妻も見ている。

 あの時は幻かと思ったがね。

 人形じゃないかって?

 それはないよ。一瞬のことだったが、確かにあれは彼女本人だよ。見開かれた彼女の目と目を合わせてしまった私にはそうとしか思えない」


「そうね、確かにあれは岸井ちゃんだったわ。ただ、暴れる様子もなく吸い込まれるように落ちていくさまは、人形みたいだったけれど……

 そうそう! 後で知ったのだけど、彼女の窓際近くの瓦から彼女の血液と割れた瓦が発見されたみたいなの。

 話では、足を滑らせた際に瓦に頭をぶつけたらしいけど、本当なのかしら。あの雨の中、二階の屋根に登ろうとするほど無鉄砲な子じゃなかったはずなのに」


 栗栖が落ちた後どうなったか聞くと、寺波夫妻は口を揃えて、食堂の窓枠から身を乗り出したが、下は暗闇で見ることすらできなかった。

 声や物音もせず、荒波の音しか下からは聞こえなかったと答えた。

 それから、寺波夫妻は昔、つまらない事で喧嘩した際に岸井が仲裁してくれたことなど、彼女の人の良さを話し始めたが、特に収穫になるような話はもうなかった。




「あの事件のことでしょうか」


 三武郎たちを館に案内してくれた少年執事、浜村は庭の花壇の手入れをしていた。服装はさきほどと違い、軍手に作業服になっている。


「それは後でいいので、まずは燃えた祠の話を聞きたいのですけど」

「……分かりました」


 花壇の草を抜きながら浜村は話し始めた。


「早朝の出来事でした。

 自分は日課の散歩コースで館から祠まで歩いていたのです。祠に近づくと焦げた匂いがしました。

 まさかと思い、近くまで行くと祠の祭壇を覆う木の扉が燃えていたのです。地蔵が入る程度の小さい祠なので私は着ていた上着でなんとか消火したのですが、祠は無残な姿となってしまいました。

 はい。何故、燃えたのかは分からないですね。

 この放火の犯人は……未だ分かっていないです。嗚呼、そうだ。

 少々おかしな話がありました。後になって火事の原因はタバコの不始末だと聞きました。ですが、この館にはタバコを吸う人はいません。まぁ、隠れて吸っているかもしれませんが。

 しかし、私としては誰かがタバコに火を点け、わざと祠に向かい投げたのだとしか思えません。

 何のため? そうですね。何のためでしょうか。

 申し訳ありませんが、私から言えるのはこのぐらいです」


 抜き終えた雑草をビニール袋にまとめる浜村は、今度は飛び降りた際の出来事を聞くが、しばらくただ立っていたと答えた。

 人が落ちたかもしれないのに、と三武郎が疑いの眼差しを向けると勇子も疑問に思ったのか、おずおずとその事を訊ねる。

 浜村はこちらに顔を向けることなく立ち上がると呟いた。


「僕は彼女が好きだった。だからさ、しばらく現実を受け止めたくなかったってことだよ」


 年相応の口調で呟く浜村に三武郎は何も言い返す気にはなれなかった。




 四人目は三武郎と同じぐらいの年齢の女性で紺色をベースとしたエプロンドレスを着ていた。


「それで、何を聞きたいの」


 腕を組み、苛立ちを隠すことなくつま先をトントンと叩きつける。

 場所は移って館一階の応接間。天井に掛かった巨大なシャンデリアやソファー、高級感を醸し出すブラウン色のカーペットが敷かれ、室内にはくつろぎを与えている。


「まったく、子供に聞かせる話じゃないってのに。で、何してんの? 座りなよ」


 掃除中であったメイド、磯崎は手に持つ掃除機を壁に立て掛けるとソファーに座り、三武郎たちにも座るように促す。

 どう見てもソファーには二人しか座れなかったので、磯崎の隣に勇子が座ったところで彼女は語りだす。


「一年前のことだっけ、あれは――」


 磯崎は事件を一から話し始める。

 しかし、その内容から新たな情報は得られなかった。一泊の間をおいて栗栖が小さく手を挙げた。


「え、あの、その岸井さんの当時の部屋割りを教えてもらえないでしょうか」

「……3階、北側の端よ」

「そ、その……それもですが彼女の周囲の部屋について聞きたいのです」

「隣は私の部屋、向かいは潮田さん。私の向かいが浜村君の部屋。ついでにアンタ達の客室とは階は同じだけど方向は正反対の位置よ。どう、これで満足」


 磯崎の解答に栗栖は顎に手を添え、思案し始めた。不思議そうに見つめる磯崎の隣に座る勇子が事件当時の部屋の惨状について質問する。


「そうね。大体でいいなら。部屋の周囲には血のついた魔法陣に無数のロウソク、それに何かが焦げた匂いがしたわ」

「焦げた匂い?」


 磯崎は自分のロングスカートを摘み、わずかに持ち上げる。


「燃えカスからこのスカート素材だったって話だったわね。確か調査では、スカートが燃えて、慌てた彼女は窓の雨で火を消そうしたところ足を滑らせて転倒したと予想されたんだっけ。つまり事故という見解になったのよ。まぁ、雨で現場の保存や遺体が見つからなかったこと、さらに孤島だから調査するのが遅れたこともあるけどさ」


 そこで磯崎は会話を区切ったあと、引きつった笑みを浮かべる。


「この結果は笑っちゃうわよねー」


 聞いてもいないことを饒舌に語る磯崎に栗栖が再び手を上げた。


「あ、あの、ロウソク。ロウソクはどうでした」

「え、ロウソク。たくさんあったわね」

「いえ、火が全部付いていた、かなと……」

「火ねぇ。あー、雨と風が強かったから、窓際から半分ほどのロウソクは消えていた、かな」

「なるほど……」


 その後、死んだ岸井との仲については、意外と親しかったのだと、磯崎は遠い目をして話し始めた。

 遠くでは寂しげな狐の鳴き声が聞こえた。



 最後となる記者は丁度、磯崎との会話の終わり際に応接間に自ら入ってきた。

 この島の呪いについての取材で来た。というその男の名前は渦谷。水色のアロハシャツがよく似合う陽気な男性である。


「へー、君がある意味有名な栗栖君かい。一枚、写真いいかい。って、この子なんで涙目になってんの」

「気にすんな。いつものことだ」


 いくつか栗栖が写真を撮られたあと、オカルト専門のカメラマンと名乗る渦谷に勇子は事件について知っている事を聞く。

 しかし、事件当時はまだこの島に訪れていない渦谷の話は、岸井の件に関して三武郎たちが知っている情報と大差がなかった。また、数日前に壁に描かれた血文字に対しても、いつの間にか書かれていたらしく有力な情報はなかった。


「まったく、こんな事件があっても当主の荒神は未だここに残って儀式をやろうとしていやがるんだぜ。自分の年も考えないで、まだ想いを寄せてんのかね」

「想い、なんだそれ? つーか、儀式ってなんだ」

「陽菜、あ、いや、自殺した岸井陽菜がいただろ。あの時の部屋みたく、陣とロウソクを使った儀式みたいなもんだよ」


 渦谷のセリフに、栗栖がなにかに反応し、一瞬だけ目を細めると渦谷に訊ねる。


「じゃあ、ロウソクや陣を書くものはこの屋敷に置いてあるのですか」

「まぁそうなるな。倉庫にあるんで、俺も見せてもらったけどロウソクは大量にあったな。陣に使われたのは、確か動物の血だから、もしかしたら狐かもしれないがな」


 すると、今度は勇子が渦谷に質問する。


「それは今も大量にあるのですかね」

「だろうな。何か最近また発注してきたらしい。あと十年は買わなくてもいいですなって潮田さんがぼやいていたぜ」


 渦谷はそこでクククとイタズラを思いついた子供のような笑い声を上げる。


「なぁ、あんたら。じゃあ、屋敷が出来上がった理由も知らないだろ」


 渦谷はポケットからパンパンに膨らんだメモ帳を広げた。


「これはこのあたりでは有名な話でね。この当主がクルーザーを飛ばし過ぎたために転覆し、溺れた。その際に海の中を魚のように舞う一人の天女のような女性に助けられたって話なんだよ」

「ハッ、幻覚でも見てたんじゃねぇの」

「三武郎さん黙って聞きましょうよ」


 勇子に諫められ三武郎は小さく舌打ちしてしまう。

 渦谷は咳払いをすると話の続きを始める。


「とにかく、ここの当主は助けられ、当時まだ古かった紅藤島の社で介抱された。目を覚ました時、当主は驚いたそうだ。助けてくれた美しい女性には白い羽衣の隙間から尻尾と頭から耳が生えていたんだからな。そう。その女性こそ、この地方に住まう神様、海狐様だったというわけだ」


 渦谷は話を区切ると向かい合う勇子と三武郎の反応を確かめてくる。

 だが、勇子は特に驚くこともなく、三武郎にいたっては欠伸している様子に、小さく肩をすくめた。そして、隣を見ると耳を塞ぐ栗栖に再びがくりと項垂れた。


「渦谷さん、どうしましたか?」

「いや、なんでもない。それで、どこまで話したか。嗚呼、そうだ。当主は助けてくれた女性が海狐と名乗る事に何の疑いも持たず、海狐の手厚い看護を受けた。ほどなくして、当主は体力もつき社から去ることを言うと、海狐は寂しそうな顔をした。当主は世話になったお礼に何かお礼をしたいと言った」

「へぇ、そうかい」


 三武郎は軽い口調で相槌を打つ。


「それで、なんて言ったんだ。その海狐って奴は?」


 渦谷は三武郎達の前に指を二本立てる。


「海狐が言ったのは二つ。毎年心のこもった供物が社に欲しい事。それからもう一つはお願いだ」

「お願い?」

「そうだ。海狐はもし、良ければ山に囲まれたこの島の三割を与えるからこの辺りで住んでいただけないですか。ってお願いだよ。当主は、自分には金があった事と、どうやら海狐に惚れていたらしくてな。快く約束した。ただし、去り際に『破れば呪いますよ』と海狐が笑顔で言ったのが妙に頭に引っかかったらしい」


 言い終わったのか渦谷はメモ帳を閉じてポケットに戻した。


「おいおい、まさかそんな理由でこの屋敷を建てたのかよ?」

「当主本人はそう言っているらしいよ」

「ちなみに当主は再び海狐に会えたのですか」


 勇子の問いに、渦谷は首を振った。


「いんや、当主は海狐のお礼も願いも叶えたが、それっきり会えていないらしい。ちなみに言うがその当時はこの島は無人島で誰一人住んでいなかったんだよな。あるのは古びた社のみ。はてさて、助けてくれのは幻か、もののけか、人間か。……という話だ。まぁ、この辺りじゃ有名なお話なのだがね」


 面白かったか。と聞いてくる渦谷に勇子と三武郎は無反応で返した。その隣では栗栖が話が終わったことを確かめながら慎重に耳を覆う手を離していた。




 こうして、三武郎達は残りの館の人達に話を聞き終えた。

 この中に事件の謎を解く鍵があるのか。栗栖は真剣に考えていく。

 しかしながら、三武郎の頭の中では事件の謎というまえに、いきなり登場人物が多すぎたため、人の顔を覚えるので精一杯であった。その隣では勇子が聞いたことなどを忘れないようにメモを取っているのが見えたが、子供の真似をするもの嫌だと思い。結局事件については深く考えようとはしなかった。

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