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脇役少女  作者: uda
探偵と孤島の物語
11/17

探偵とは思えない少女

 車に揺られ、船に揺られ、たどり着いたのは小さな孤島。

 木々に覆い尽くされたこの島は秋になれば一面紅葉となり、島全体が赤く染まって見えることから、紅藤島べにふじじまと呼ばれている。


 もっとも、夏であるこの季節では、ただの緑豊かな島にしか三郎は見えなかった。

 上陸した三武郎達の周囲では蝉がけたたましく鳴り響く音に紛れ、かすかに狐の鳴き声が聞こえるのは気のせいではない。

 勇子の話ではこの島には狐が多く生息しているらしい。


 三武郎はリュックを背負う勇子と共に、船の桟橋で二人を待っていた浜村と名乗る執事服の少年の先導され、館を目指す。三武郎はスポーツバックを肩に右手には大きなキャリーケースを慎重に転がしながら、後をついて行った。


 この島には建物は二軒しかない。一軒は海狐という神様を祭る祠、そして、もう一軒が三武郎達が目指している建物、この孤島で唯一人が住む館であった。

 歩くこと数分で現れたその館は断崖の上に建てられていた。武家屋敷を連想させる横に細長い三階建て、屋根の上には鳥居を模った置物が点々と置かれている以外おかしなところはない日本家屋。屋敷の背後は崖となっており、しぶきを上げる荒波の音がした。


「こちらが私の主である荒神様のお住まいになります」


 浜村は館を紹介する。高校生に見えなくもない若さの少年、浜村は三武郎より礼儀正しくしっかりとしていた。


「当主はどちらにいるのですか」

「食堂にいますよ、古畑様」


 年下である勇子に対しても態度を変えず浜村は答える。説明するのが面倒であり、目の前の執事には言っていないが、勇子の事を執事は今回来るはずの探偵、古畑ふるはた 栗栖くりすと勘違いしている。

 といっても執事の視界には勇子と三武郎しかおらず、探偵が少女という事しか聞いていない様子の浜村が勇子と勘違いしてしまうのは仕方のない事である。


 甲高い音を鳴らしながら玄関の扉はゆっくりと開かれる。

 開け放たれた玄関から見渡せる内装は三武郎の想像と違った。和風の外装とは一転し、天井には簡易なシャンデリラや花を模様した壁紙などどこかたみても洋風の構造であったのだ。。


「見た目と違ってシャレてんな」

「当主の意向で内装だけ変えたのですよ」

「なんでそんな事を」

「私も詳しいことは聞いておりませんが、きっと、当主が洋装を好きであった事と、この建物が海狐様にとって親しみ深いものだったのでしょうね」


 海狐様。聞いたことのない謎の言葉が三武郎には引っかかった。


「なんだよ、その海狐様って」

「この辺りの土地神みたいなものだと思ってください。初めに言っておきますが当主は海狐様をかなり崇拝しておられます。祀るためだけにこの屋敷を建てたほどですから」


 祀る、神様という言葉に三武郎は「海狐」とは、つい最近の見た「異怪物」なのかと思ったが、直ぐにその考えを振り払った。


 この島に行く前日、三武郎は勇子から以前の異界のモノで知った非現実的な存在は今回一切出てこない事を説明されていた。理由はこの二つの物語が交わることはないとのことであった。

 だから、三武郎は「海狐」はどうせよくある迷信だろうと深く疑問に思わないようにした。


「どうぞ、お上がりください」


 案内され、玄関を上がると、浜村は三武郎の持つキャリーケースを持とうとしたが三武郎はきっぱりと断った。

浜村は何か言おうとしてきたが、勇子が割り込むように依頼主の当主と会っておきたいとお願いしたため、三武郎達はそのまま当主である荒神 剛三の待つ食堂に行く。


 食堂は建物の中心から二階、左奥の崖側にあった。室内は広く、中心には長細いテーブルクロスの敷かれたテーブルが設置され、上にはキャンドルや果物の入ったバスケットが置かれている。それらを囲う様にアンティーク感漂う木製の椅子が十数個並んでいた。

 そして部屋の奥、上座に位置するテーブルの先に一人の老人が腰掛けていた。

 サンタクロースを思わせる白い髪の毛と長い鬚を垂らす老人はニコリと笑みを三武郎たちに向ける。

 白髭の老人の隣には服装は浜村と同じ執事服をした、厳格さを漂わせる中年の男性が姿勢よく立っていた。きっちりとしたオールバックの中年の男性は鋭い目つきで勇子達を見渡す。

 そんな年配の彼らに向かい、浜村は頭を下げた。


「荒神様。古畑様、他一名をお連れいたしました」

「結構、下がっていいぞ」


 中年の執事が代わりに答えると浜村は部屋から出て行く。

 途端に静かになる食堂内。威厳を漂わせる老人と鷹のような眼光で見つめてくる執事を前に三武郎はごくりと唾を飲む。

 最初に口火を切ったのは中年の執事であった。


「さて、あなた達はどちらさまでしょうか。ここに来るはずの探偵は高校生の女性二人組だと聞いていたのですが」

「……三武郎さん、ここまでくればもういいでしょう」

「まぁ、そうだな」


 不審に見られる視線を気にせずに勇子は合図を出すと、三武郎は手元のキャリーケースを開く。

 すると、中からごろりと中身が姿を現す。


「うー、んぐ、んぐ!」


 キャリーケースから現れたのは拘束された一人の少女であった。

 栗色の少しウェーブの入った髪、高校生辺りの見た目をした少女の腕には手錠、口にはガムテープを貼られている。


「こ、こいつは、いったい」


 少女はまな板の上の魚のように暴れる。三武郎はその頭を一度叩き、おとなしくさせると手錠とガムテープを剥ぎ取った。


「プハッ、い、いやぁ、って言ったじゃないですか! なんで無理やり、うぅ、おうちに返してよぉ」


 年齢より幼く見えてしまうほどの泣きべそかく少女を三武郎は無理やり立たせる。


「やかましい。いいからさっさと立て」

「うぅ、ぜ、絶対ここいるのに、怖いのいるのにぃ」


 少女はパッチリした目元に浮かべた涙を手にしているハンドバッグから取り出したハンカチで拭い、唖然とする執事と当主であるアラガミに体を向ける。


「わ、わたしが、探偵の、古畑です……ぐすっ」


 そして、水色のワンピースのポケットから奇怪な文字の書かれた札の束を握り締めた。

 執事の奇異する視線に来栖は目を右往左往し、何かにおびえているのか肩を震わせる。


「ほほ、相変わらず怖がりのようだ」


 何が面白いのか、荒神は愉快に笑いだす。


「そ、そうですね。あの事件以来ですか」


 顔見知りらしい荒神にも視線を合わせることなく少女、探偵・古畑 栗栖は一人何かに怯えているのであった。




 怯える栗栖をある程度落ち着かせ、三武郎達は簡単な自己紹介をした後、席に座らされた。

 席順は廊下側に三武郎と勇子に挟まれる栗栖が座る。向かいの窓際、海の見える景色を背に当主であり、依頼人である荒神魚彦は座り直すと正面に座る栗栖をまっすぐ見つめた。


「古畑君、君を呼んだのは他でもない。息子が巻き込まれた事件を見事解決したあの推理力を、ぜひもう一度見せて欲しいのだよ」

「えっと、はい……それで、内容は」


 一方の栗栖は体こそ荒神と向けているが視線を未だ合わせることはせず、両手で札を握り締めていた。視線はキョロキョロし、どうみても怯えていた。


「一年前の呪いでございます。それがまた起きると言われているのですよ」

「え、の、呪い!?」


 主の傍に立つ潮田と名乗る使用人の言葉に栗栖は肩をビクリとさせる。睡眠薬を飲ませ、トランクに入れ込んで連れてきた三武郎達の依頼人が栗栖はオカルト地味た事や話がかなり苦手だ、というは本当なのだと三武郎は納得できた。


「えーと、塩田さん。すいません」


 勇子が会話に割り込む。


「もう一度、確認のために依頼内容を聞きたいのですが」


 見たところ栗栖は知っているようであるが、三武郎達はその呪いというのを全く知らないでいた。

 依頼してきた少女から聞かされているのは、一年前に一人のメイドが身を投げたということだけである。

 潮田はちらりと主に視線を送ると、主はゆっくりと首を縦に振った。


「海狐の呪いですよ」


 言いながら塩田は脇に抱えているファイルから一枚の写真を三武郎に手渡す。

 渡された写真に三武郎は眉を潜めてしまう。写真には何処かの古びたビジネスホテルの一室が映し出されている。

 その一面、三武郎の視線は一点に絞られる。

 部屋の周囲に貼られた白い壁紙、その一面に赤く飛び散った文字が書かれていた。

 潮田はもう一枚の写真を栗栖に渡してくる。気になり、三武郎は覗き込む。それは壁に書かれた文字が拡大された写真であり、紅い文字の内容が読み取れる。


――今年も、呪いは繰り返される


「その写真は一週間前、現在ここに滞在されている写真家が撮ったものでございます」


 三武郎はちらりと栗栖と見る。きっと、悲鳴でも上げるか、怯えるかと想像したのだが、栗栖は写真をただじっと見つめていた。


「その、壁紙が同じ所を見ると、場所はこの屋敷、写真の端に見える景色から三階、この上のあたり、ですか」

「うむ、そうだ」

「今年も、ということは去年もあったので」

「ええ。去年は館で働いていた女中、岸井 陽菜という女性が飛び降り自殺をしました」


 塩田の言葉に周囲の空気が重くなっていく。勇子は恐る恐る訊ねた。


「その詳細を、聞いてもいいですか」


 子供話していい内容か困っているのか、塩田はしばし無言で荒神と勇子を見た後、いいでしょうと答えた。


「その日は毎年、この島にある祠。海狐様を祭る儀式を行う前日でありました。夕食時、岸井以外の皆さんがこの食堂にお集まりでした」

「ん? なんでそのメイドは来なかったんだよ」

「……昼過ぎから部屋に閉じこもり出てこなかったのです。……おそらく抱え込んでいたのでしょう」

「抱え込んでいた?」


 潮田はふっと遠い目をして語りだす。


「その日の早朝、海狐様を祀った祠が燃えたのです。皆様を案内した使用人がいち早く発見したので、幸い山火事になることはなかったです。しかし、親身に祀っていた主は寝込んでしまい、祠の管理をしていた岸井はきっと責任を感じたのでしょう。顔を青白くしていました。気の毒に感じた使用人である私たちは、今日は一人にしておこうと思ったのです。そして、その晩、海狐の呪いが――」

「そこから先はわしが話そう」


 短く、威厳に満ちた声を荒神が潮田の言葉を静止した。


「いえ、ですが」

「彼女が落ちたのを見たのはわしだからな。それにわしはあの時の出来事を正確に覚えているのだよ」


 そして、荒神は白い鼻から下を覆う白ひげの間から口を開くと、語りだした。




 その日はシトシトと雨の降る夜であった。

 時刻は十九時丁度。

 荒神やその友人夫婦、他に招かれた客人は使用人たちに呼ばれ、この食堂に集まっていた。

 夕食の準備も整い、荒神が祠の火事について今一度皆に言っておくことにした。

 その荒神の話し声を狐の鋭い鳴き声がかき消した。

 この島の森には狐が多く住んでいる。きっと庭に紛れ込んだ狐かと荒神は思ったが、直ぐにその考えは違うと思い直した。鳴き声は自分の頭上から聞こえたからだ。

 ざわつく食卓の中、隣に立つ潮田が「岸井の部屋から聞こえるようです」と呟いた。

 食卓にいる誰もが頭上にある彼女の部屋を見上げる。

 その瞬間、何かが落ちたような物音の後、屋根を転がる音がした。

 荒神は物音を追うように首を動かし、窓の外を見る。

 食堂の大きな窓、その上からなにか大きな塊が落ちた。荒神は一瞬何か分からなかった。いや、分かりたくなかったのだ。落ちていったものが考えたくもないものであったから。

 しかし、荒神は見てしまった。見慣れたエプロンドレスを着込む少女。頭から落ちていく際に見開かれた瞳と目があった気がした。

 他にもその光景を見たのだろう、悲鳴を上げる者。急いで窓を開け、下を眺める者。食卓は一瞬でパニックとなった。




「――少女の落ちた先は崖下の海。岩礁や荒波の多い。結局、今でも死体は見つからん。だが、わしはこの目で見た、少女が目を見開き落ちていく様を……あの苦悶の表情。きっと、あれは海狐様が燃えた祠に対する天罰だとでしか、わしは思えてならない」


 荒神は口を閉ざす。周囲の空気はより一層重くなっていた。

 潮田が黙って腕に抱える資料を手渡す。三武郎が手に取ると数枚にまとめられた用紙には写真と文章が印刷されていた。


「これはその事件のことをまとめた資料だ。参考になればいいのだがな」

「……この部屋にあるおびただしい数のロウソクや赤い魔法陣はなんですか」

「それについては私のほうから、現場のことも踏まえて話しましょう」


 勇子の質問に潮田が答える。隣の栗栖は渡された資料を食い入るように読んでいる。何となくだがその表情から彼女はやはり探偵なのだなと三武郎は納得できた。


「岸井が飛び降りたと当主達から聞き、私は働く使用人の一人、磯崎と直ぐに彼女の部屋に入りました。ですが、部屋の窓は開け放たれたまま、彼女の姿はいませんでした。残っていたのは、割れた鏡、何かの血で描いた図形。焦げた匂い、おびただしい数のロウソクだけでした」

「何だよ、その部屋」

「後に彼女の部屋から黒魔術に関する本が出てきました。海狐の怒りを鎮めようとしていたのかもしれません。これはその後に撮った写真です」

 

 プリントされた写真に三武郎は以前侵入した教団のことを思い出す。あの時、儀式という名の壊れた行動、それに類似する部屋の惨状であった。


「そして、また惨劇が起こすと岸井の部屋に描かれたのだ。探偵よ、これが呪いなのかどうか。また、今年はそんな事が起きないように調べて欲しい」


 真っ直ぐ荒神は栗栖を見つめ頼み込む。一瞬、栗栖は視線を逸らしかけた。だが、ぎゅっと目をつぶった後、しっかりと見つめ返した。


「分かりました。私に任せてください」

「おお、そうか」

「……ったく、やれば出来るっじゃねぇか」


 怯えも収まってきた栗栖に三武郎は面倒なことにならなくて良かったと視線を向ける。


 しかし、予想に反し栗栖は目を見開き、またもや震え始める。

 一点を見つめる栗栖の視線を三武郎は何も考えず追う。

 視線は窓。瓦屋根がわずかに覗き、海が見渡せる景色が広がっていた。筈であった。


「は?」


 素っ頓狂な声を三武郎は自然と口からこぼす。

 二階の瓦屋根に狐がいた。

 狐は三武郎と視線が合うと足音を立てることなく、三武郎たちの視界からふわりと体を浮かせ、湯気のように消えていった。


「坂下さん、どうしたのですか」

「さ、さっきその屋根の上に狐が……幽霊みたいにふわっと消えやがった!」


 窓枠を指差す三武郎。黙って栗栖も首をコクコクと振り、三武郎と勇子の袖を掴む。

 向かい合う潮田は首をかしげる。


「おかしな話ですね。ここは二階ですよ。屋根の上、しかも崖側。とてもじゃないですが狐がこの屋根の上に登ることはないです」

「……じゃ、じゃあ、オレたちが見たのは」


 震える声で訊ねる栗栖に荒神は窓を見つめながら呟く。


「おそらく……海狐様の使いの者なのだろう」


 物音がし、隣を見ると栗栖が気絶し倒れていた。

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