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脇役少女  作者: uda
幕間 三下の日常
10/17

川原の決闘

 頭上では車が行き交う音が聞こえる橋の下。日中の光が差し込むことのないその場所で、いつもの黒いジャケットを着込んだ三武郎は目的の人物を待っていた。足元は河原独特の少し湿り気のある地面、横には太陽の光に水面を煌かせる広い川が流れていた。

 そして、一人の少年が薄く雑草の生え渡る斜面を降り、三武郎のもとに歩み寄る。

 以前見た時と同じ学生服に身を包む少年に、三武郎は笑みを浮かべた。今日こそあの時の恨みを晴らすことができるからだ。


「くく、ようやくきやがったな。古賀 響」


 睨みつける三武郎に対して、古賀は少し首を傾げた後、残念そうに肩を落とす。


「誰かと思ったら、いつぞやのチンピラかよ」

「チンピラじゃねぇ。坂下 三武郎だ!」


 怒鳴る三武郎に臆せず古賀は周囲を見渡し始める。


「そうかい。そういえば今日は一人なのか」

「どうだっていいだろうが!」


 ちなみに三武郎の弟分、斉藤 二郎は彼女と週末デートで一泊二日の旅行に行っている。

 何故か湧き上がる怒りを抑え、三武郎は背中に差し込んだソレをいつでも出せるように注意しながら古賀の語りに耳を傾けた。


「お前、あれからカツアゲしてないみたいだな。感心したよ」

「うるせぇ、テメェには関係ねぇだろうが」


 三武郎の言葉に古賀は小さくため息を吐く。


「まったく、分かったよ。それならさっそく本題に入ろうか。情報を話してもらうぞ」

「情報?」


 三武郎のワザとらしく首をかしげる。

 その動作にイラついたのか古賀は目を細めた。


「とぼけるな。俺のクラスメイトを脅して、伝言を送りつけたんだ。正確な情報なのだろうな」


 古賀の制服から通う学園を知っていた三武郎は今朝登校中の気弱な生徒を捕獲し、「古賀響という人物にこの手紙を渡せ」と脅していた。

 手紙の内容は人気のないこの場所に一人で来る事を条件に古賀の知りたがっている情報を話すことであった。


「くくく」


 三武郎の計画通り、のこのこ一人で現れ疑う様子のない古賀に三武郎は愉快になり、腹を抱えて笑ってしまう。


「ははは、情報。んなもん、嘘に決まっているだろうが。バーカ」


 そして、素早く腰に差し込んでいたソレを、ピンクの銃を引き抜いた。


「そう、以前コケにされた仕返しをするためのウソなんだよ。覚悟しやがれ!」

「おいおい、それ」


 三武郎が古賀に向けて構えるピンクの銃に古賀はじっと眺める。

 自分の置かれている状況を理解していない古賀に三武郎は満足感を感じ、偉そうに大声で語りだす。


「この銃はなぁ。オレの子分からの献上品なんだよ」

「いや、それ勇子ちゃんのだろ?」

「な、何で知ってやがる」


 見栄を張った嘘は見破られ三武郎は動揺してしまう。


(な、なんで、こいつ勇子のことを知っていやがるんだ!)


 そういえばと、三武郎は勇子がこの街で起こるファンタジーの事柄は大体理解している。と言っていた事を思い出した。つまり、目の前の古賀も勇子と知り合いの可能性があることにようやく気づき、三武郎は歯を噛み締める。


 しかし、その表情は再び笑みへと変化していった。知っていたなら話が早いからだ。


「あのガキと知り合いのようだな。ならこの銃の威力も知っているだろ。そしてこの距離。テメェはここに来た時点で負けてんだよ」

「そうかい。ところでその銃どうしてお前が持ってんだ」

「へへ。偶然落ちてたんだよ」

「……つまり、盗んだってことか」


 古賀の問いに三武郎は答えない。言われことが正解だと認めるのが嫌であったからだ。

 返答のない事と三武郎の後ろに無造作に置かれた赤いランドセルに気づいた古賀は小さくため息をつき、頭を下げる。


「……ったく、更生したと持っていたら、全然懲りていないようだな」


 ゆっくりと顔を上げる古賀の口元から歪み鋭い犬歯が見えた。

 睨みつけてくる古賀の威圧に目を背けたくなる。握る銃口が少し震えるのを我慢しながら三武郎は古賀に語る。


「て、てめぇ、状況分かってんのか!こっちが銃を持ってんだぞ」

「お前こそ分かってんのか。吸血鬼の事で忙しいっているのに、こんな余興につき合わせて……」


 吸血鬼という言葉に三武郎は一瞬だけ思考が中断される。以前にも古賀が口にしているその言葉は、人狼の一族にとって天敵という意味を持っていた。

 モノによってはたった一体で人狼の村を一晩で滅ぼしたとされる。悪魔。倒すべき種族。


(だが、今はオレ事をコケにしやがった、コイツの顔に泥を塗るのが先決だ)


 両手で銃をしっかりと構え、今にも飛びかかってきそうな古賀に銃口を構えなおす。

 胴体を狙うのはさすがに気が引け、狙いは古賀の横側の地面に狙いを変える。


「う、撃つぞ。土下座するなら」

「あいにくだが、銃を使って脅す恥知らずに下げる頭はないんだよな」


 古賀は怯む様子はない。その雄々しい姿が三武郎を余計にイラつかさせた。古賀は小さく笑みを浮かべる。


「ハッ! 撃ってみろよ、半端者」

「て、てめぇぇぇえええ!」


 怒りが頂点に達し、躊躇うことなく三武郎は感情に身を任せ引き金を引いた。


 電気がはじけるような音が広場に轟いた。


 一拍の間、静寂があたりを包み込む。

 何が起きたのか分からない三武郎はそのままゆっくりと体を傾かせ、力なく膝をつき地面に倒れた。


「なんで、だ」


 三武郎は確かに引き金を引いたはずであった。だが、引いた瞬間、握っていたピンクの銃が放電し、三武郎は体をしびらせ、気がついた時には倒れていた。

 何が起きたか理解できない三武郎は首だけを動かし、無理やり前を見上げる。薄れる視界の先で古賀があきれた顔で見下ろしていた。


「こういう馬鹿なことはこれっきりにしとけよ」

「うるせぇ」

「嗚呼、そうだ。言い忘れていたがこの街に吸血鬼が来ているから、なるべく人気のないところに行くなよ」


 古賀家からの命令だ。と言い残すと、古賀は背を向け去っていく。その背に三武郎は手を伸ばそうとしたが、届くことはなかった。

 そして、三武郎は意識を失った。





「畜生」


 小一時間ほど経った後、呟きながら三武郎は目を覚ます。身を起こし、周囲を見渡したがすでに古賀の姿はいない。代わりに一人の女性が三武郎のそばに座り込み、どこか虚空を見上げていた。

 その女性に向けて、三武郎は小さく舌打ちをしてしまう。


「あら、起きましたか」


 黒く長髪を風になびかせる女性は三武郎に視線を向ける。その瞳はどこか憂いを帯びているように感じたのは気のせいではないであろう。


「……テメェが何でいるんだよ」

「店長からあなたを探すように言われましてね」


 どうやら女性の勤め先、勇子の行きつけ先の喫茶店。上司である店長から言われたので仕方なく探していたらしい。それで店員服であるエプロンドレスのような形をした服を着ているのだと三武郎は納得した。

 女性は傍に置いてあったランドセルを両手に携え、立ち上がる。ロングスカートがふわりと揺れ、日本人形のような白く綺麗な足元が見えた。


 この女性の名前は麻衣香まいかと言う。苗字はまだ思い出せないらしい。

 麻衣香。彼女こそ以前、とはいっても二週間ほど前、異怪物を崇め、教団に求められるまま巫女となっていた女性なのであった。


 初対面の時とは比べ、敵意の欠片もない麻衣香は右手で三武郎の手元に転がっていたピンクの銃を拾う。


「おい、何黙って取ってんだ!」

「子供の物を取ったあなたがソレを言ってはダメですよー」


 ふふふ、と笑いながら右手で銃を見せつけるように麻衣香は回転させる。勇子によって切り離された黒い腕の代わりに、勇子の伝手で貰ったという義手は、人の腕と変わらない見た目と器用さをしていた。


 取り返したところで使えないことは分かっているので、三武郎は体をゆっくりと立ち上がる。体のしびれはいまだ少し残っていた。


「畜生、何でこんなことに……」

「自業自得かなぁ」


 以前会った際の覇気はなく、脱力感を漂わす口調で麻衣香はピンクの銃をランドセルにしまった。


「これで倒せると思ったってのに、壊れているじゃねぇか」

「壊れていないよ。何でも勇子ちゃん以外が使うと放電する仕組みだというらしいからね」

「クソッ!」


 初耳の機能を聞かされ、三武郎は悔しさのあまり歯を食いしばる。麻衣香は特に同情する様子もなく話を進めた。


「じゃあ、さっさと依頼主のところまで行きますよ。これ以上私も店を開けるわけには行きませんのでね」

「あんな店が忙しくなることなんて――ってイッテェ!」


 店をけなそうとした三武郎の脛めがけ、麻衣香がランドセルで殴りつけた。その赤いランドセルに何が入っているのか、鈍い音と痛みが三武郎に伝わり、三武郎は足を抑えうずくまった。


「店長の店を悪く言うのは許しません」

「――ッテェ、いきなり攻撃してくるのは、相変わらずかよ」


 教団もなくなり、彼女が崇めていた異界物もいなくなったのだが、働く先がなく、記憶も混乱しているため自分の身の上も分からない麻衣香は勇子の紹介の下、喫茶店で働いている。

 勇子から聞いた情報だと、店長は三武郎の時とは態度を変えたように麻衣香に良い物件を一緒に探し、喫茶店での仕事といらなくなった家具を与え、色々と面倒を見ているらしい。


 せっかく助けたのにこの態度は酷いだろ。と三武郎は苦情を言いたいが、よく考えなくても助けたのは勇子であり、自分は何もしていないので痛む足をさすることしかできなかった。


「ほら、行くわよ。勇子ちゃんも待っているのだから」

「あのガキ。まだ、待っているのかよ」


 三武郎が勇子からランドセルを奪い逃げた時の事を思い出す。


 その日は前々から勇子に、助けて欲しいという依頼を受けたのでこの日に喫茶店へ来てほしい。と連絡を受けていた。

 しばらく経った後、喫茶店に現れた少し強気の少女が現れる。少女は咳き込み、頬は僅かに赤く腫れていた。どうやら、風邪をひいているらしい。

 簡単な自己紹介の後、事情を聞く勇子に、マスクをした少女は「私の代わりに自分の友人と一緒に行って欲しいの!」と頭を下げた。

 そんな辺りで勇子は手洗いに立ったので、三武郎はオレもちょっと用事ができたと風邪をひく少女に言って、さも自然にランドセルを持つと誰かに疑われる前に店を出ると全力で駆けだした。走り出した理由は後ろから店長の友人だという、黒い服をきた巨漢の集団が追いかけて来ている気配がしたからであった。


「まぁ、依頼人は帰っちゃったけど、この後の予定について色々話したいことがあるって話だったかしらね」

「あ、前のように一夜で終わらないのか」

「話を掻い摘んで聞いたところ、土日を使って孤島に行くらしいですよ」

「孤島?」


 詳しい話を聞いていないので、今度は孤島に潜む教団を襲撃するのかと思い始める三武郎に、麻衣子は不思議な一言を付けくわえた。


「そういえば、狐の呪いとか言っていましたねー」

「は? 呪いって何だ」

「さぁあねー」


 断っても今度は店長に無理矢理連れていかすと言われ、三武郎は観念し勇子のいる喫茶店に戻らされた。その後、席で頬を膨らます勇子に人のモノを黙って取ることがいかに悪いかという背伸びした説教を受ける羽目となった。


 こうして、三武郎は勇子と共にまたもやファンタジーな物語に連れて行かれるのであった。

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