第四話「幻想郷の姿」
今回の東方悠幽抄は、幻想郷の姿がテーマです。
今年の夏は東方の新作『東方輝針城』が発売し、新たな幻想郷の姿が見えてきましたね。プレイに関しては初見でボコボコにされましたが……(特に5面は未だに安定しない……)
それでは、ちょっとシリアスめの第四話です。批評、コメント等ありましたら、よろしくお願いします。
――――私、藤見悠子は、妖夢師匠と剣の稽古に励む日々を送っていた。
夕刻となり、今日も稽古終わりの黙想を終え、疲れた体をお風呂で癒した。
最近はさらに力も付いてきた気もするし、真剣での立会いにも慣れてきた。
自らの成長に満足し、私の部屋に戻ると先客がいた。
「おはようございます」
「……こんばんは」
そこにいたのは、こんな時間に朝の挨拶をする紫さんだった。
紫さんは挨拶と同時に、とっさに扇子で顔を隠した。
――よく見ると欠伸を押し殺しているようだ。
「春眠暁を覚えず……ついつい寝過してしまったわ」
「規則正しい生活が大切だと思いますよ」
人間(?)、健康のためには、規則正しい生活が大切!
そう思った私に、幽々子が声をかけてきた。
(多分、紫は一ヶ月ぶりに起きてきたから、寝ぼけてるのよ)
(はあっ?)
(紫ったら、お寝坊さんだからね~)
(お寝坊さん、ってレベルじゃないわよ……)
亡霊になると時間の間隔がおかしくなるのか?
私は心の中で呆れながら、紫さんの方に向き直った。
「せめて、いらっしゃるときは連絡していただけると……」
「あら、幽々子に逢いに来るときに連絡したことなんてないわよ。ねぇ、幽々子?」
(そうよね~)
呑気な幽々子の声を聞き、私はため息をついた。
「いやいや、私は幽々子じゃないですし、常識ってものを考えてください」
「ふふっ、面白いことを言う子ねぇ…… ここは、『非常識の内側』の世界よ」
非常識の内側?
そんな訳のわからない理由を口にした紫さんは、おかしそうに笑った。
「あなたを見ていると、神社のあの子を思い出しますわ」
「誰よ?」
「いずれ会うことになると思いますわ」
紫さんはまた、思わせぶりなことを言った。
彼女はそんなことばかり言うので、少し会話に疲れてきた。
「――それより、何の用です?」
「ちょっとした提案をしに来たわ」
ここに来た本当の理由を尋ねた私に、紫さんは急に真面目な顔になった。
そして、真剣な目で私を見つめてきた。
「あなたは人間。いくら亡霊を体に宿していても、ここの空気はよくない。里におりるべきですわ」
「何、里って? 」
「里とは、人間の里のことよ」
「ここって、私以外のまともな人間がいるの!?」
(別にあなたはまともじゃないわ)
人間がいると聞き、驚く私に対して、幽々子は失礼なツッコミを入れた。
そんな私と幽々子に対し、紫はさもおかしそうに言った。
「まぁ、亡霊を飼っているわけですしね」
「それなら、私は犬小屋ってことかしら……?」
(ゆかり~ 私はペットではないわよ~)
私は冗談めかして答えた後に、紫さんに尋ねた。
「やっとここの生活に慣れてきたし…… それに、体には何の異常も感じていないけど?」
「いずれ問題が出るかもしれない、その予防策ですわ。それに――」
紫さんは一呼吸おいて、ゆっくりと言った。
「人の身である以上、人の中で暮らすのがよろしいかと」
「……」
確かにそうかもしれない。
この一ヶ月で、ここ白玉楼での幽々子や妖夢師匠との暮らしは、確かに安心できるものになった。
しかし、いつまでもここに閉じこもっていては何の解決にもならない。
自ら動くことで、幽々子を解放する方法が見つかるかもしれない。
「わかりました。私は里に下ります」
「理解してくれたようで、うれしいですわ」
紫さんは微笑んだ。
いつ向かうのか、と私が尋ねる前に、紫さんは思い出したように言った。
「あぁそれと、一つ気を付けてくださいませ。里の周辺には幽霊ではなく、妖怪がいますから」
「妖怪!?」
私は思わず聞き返してしまった。
妖怪って言うと―― 『ろくろ首』や『のっぺらぼう』とかのこと?
あの人を驚かしたり、場合によっては人を食べるっていう、あの妖怪?
いや、確かに幽霊がいるなら、いてもおかしくなのか……?
(幽霊は大丈夫だったじゃない)
(いや、幽霊さんたちって思ったよりも顔色よさそうだったし)
(あなたが想像しているよりもかわいいものよ)
(いや、明らかに怖い妖怪とかはちょっと……)
私の不安が見て取れたのか、紫さんは優しい口調で言った。
「大丈夫ですわ。この『幻想郷』は、人と妖怪が共存する場所ですから――私のようにね」
「えっ、それって――」
私が言葉を言い終わる前に、紫さんが扇子をこちらに向け、微笑んだ。
「それでは、私のスキマで運んであげましょう」
――えっ!?
そう思った時には、すでに足元にスキマが現れていた。
「きゃあ!」
私は、らしくない悲鳴をあげ、一瞬にしてスキマへと吸い込まれていった。
◇
――――きゃあ!
悠子の部屋から小さな悲鳴が聞こえた瞬間、妖夢は駈け出していた。
妖夢が部屋に駆け込んだときには、すでに悠子の姿はなく、紫が座布団に座っているだけであった。
妖夢は紫を軽く睨みつつ、彼女の行方について尋ねた。
「私の『主人と弟子』に何をしたんですか?」
「あの妖夢が『弟子』ねぇ……」
紫は面白そうに笑いながら、からかったような口調で言った。
しかし、妖夢は真剣な顔をしたまま答えを求めた。
「真剣に答えてください」
「――ちょっと里に下りてもらっただけよ」
紫は観念したとばかりに、重大なことをさらっと言ってのけた。
妖夢は不思議そうな顔をし、素直に疑問を口にした。
「なぜです? 幽々子様が元に戻るまではここで暮らすのではなかったのですか?」
「人の身である以上、人の中で暮らすのがよいと思ってね」
「悠子さんはともかく、幽々子様は――!」
「幽々子は既に亡霊ではない。人間よ」
妖夢は一瞬、その言葉が理解できなかった。
幽々子様はただ幽霊のように、悠子さんに憑依しただけではないのか?
――そんな妖夢の疑問に答えるように、紫は続けた。
「閻魔様に確認しましたわ。もう幽々子は亡霊としては存在していない。人間として生まれ変わったのよ」
「どうしてそんなことが……?」
「何故でしょうねぇ」
紫は本気でわからないという顔をした。
「少なくとも、私の能力であの人間と幽々子を切り離せない理由は、はっきりしましたわ。 ――幽々子が人間であるなら、魂と体を無理矢理に引き離そうとすれば、死んでしまいますものね」
妖夢は空いた口がふさがらなかった。
何故そんなことが可能なのか――考えてみたが、やはり妖夢にはわからなかった。
「まぁ、あなたは主人と弟子を信じて、気長にここで待っていると――」
紫が最後まで言葉を言い切る前に、妖夢はぽつりと呟いた。
「――ってみます」
「――何か言ったかしら?」
紫は言葉を遮られ、少し不機嫌そうに言った。
そんな紫に対し、妖夢ははっきりと宣言した。
「私は悠子さんを斬ってみます! この楼観剣と白楼剣で!」
「――とうとう気が触れてしまったのかしら」
紫は呆れてそれ以上何も言えなかった。
妖夢は彼女なりに一生懸命考えたが、理解できなかった。
ならどうすればいいか?
――斬ってみる。すなわち、真剣で勝負してみればいい!
きっとこれは私たち師弟への試練だ。
私はそのために悠子さんに稽古をつけてきたのだ!
妖夢はそう結論を出した。
『真実は眼では見えない、耳では聞こえない、真実は斬って知るもの』
妖夢は今こそ、妖忌師匠の教えを信じる時だと確信した。
「私も人里に下ります! それでは!」
唖然とした紫をそのままに、妖夢は白玉楼を飛び出した。
一人取り残された紫は、小さく呟いた。
「――妖夢、あなたに足りないのは遊びかしら。切れ味が良くなる為の」
師匠となっても、やはり妖夢は未熟であった――
◆
――――って、ここどこよ!
幻想郷の闇夜に私の声が響いた。
スキマから放り出された私は、暗闇に包まれた森の中にいた。
紫さんは人里に送ると言っていたが、人の気配はなく、明かりも見えなかった。
幽々子の落ち着きを払った声が響いた。
(だから、あらかじめ言っておいたでしょ。紫は『お寝坊さん』だからしかたないわ)
(いくらなんでも、人間の活動時間くらいは把握しておいてほしいわ……)
とりあえず、紫さんがどういう人(妖怪?)なのかはよくわかった。
妖夢師匠にも里に下りる旨を伝えてないし……
心配事だらけだ。
私は気を取り直し、周囲を見渡した。
周囲は闇に包まれており、静まりかえっていた。
しかも、霧で視界が悪い。
私は少し不安になってきた。
(こんなか弱い女の子を、こんな不気味なところに放り出すなんて……)
(心配しなくて大丈夫よ。あなたは並みの男たちよりもはるかに強いわ)
(それ、まったくもって、嬉しくないわ……)
幽々子にヒドイことを言われ、少しへこんだ。
わたしは諦めて、なんとか野宿できそうなところを探しに歩き始めた。
――――数分くらい歩いただろうか。
森の入口らしきところに出た。
少し離れた位置に家の明かりが霞んで見えている。
(やった、民家だ!)
(あら、もう家が見つかっちゃったの。面白くないわね)
人の住んでいる気配を感じ、私は喜んだ。
幽々子は相変わらずひどい言い草だった。
私は妖怪が巣づくっている家じゃないことを祈りながら、近づいて行った。
――ヒュン
――何かが私の腕をかすめた。
私は振り返り、その地面に落ちた物体に目を凝らした。
それは、鎌だった。
すると明りの灯った家から、鉈を持った男性が現れた。
男性は私に向かって叫んだ。
「あんた、誰だ! 森から出てきたようだが、妖怪の仲間か!?」
「待ってください! 私、妖怪に見えますか!?」
「いいや、騙されないぞ。あいつもそうだった……」
そう呟くようにいい、私を睨みつけた。
――その瞳は憎悪に満ちていた。
「息子を、返せえぇぇぇぇえ!!!」
男性はそう叫びながら、私に襲いかかってきた!
しかし、その動きは訓練された動きではなく、まさに『素人』のものだった。
私は素早く体をずらし、その直線的な攻撃をかわした。
そして、振り向き際に男性の背中に小太刀の鞘で一撃を加えた。
「ぐぇぇ――」
男性は呻き声をあげ、その場でうずくまった。
私はすぐさま手に握られた鉈を蹴り飛ばし、男性へ謝罪した。
「手荒なまねしてすいません。私は妖怪では――」
「うそ……つくんじゃねぇ」
「だから、違いますって!」
「くっ、騙されねえぞ……」
そう呻きながら、男性は敵意に満ちた目で私を睨んだ。
私は言葉を失ってしまった。
すると、家から一人の女性が飛び出してきた。
「あんた、大丈夫かい!」
彼女はそう叫びながら、私を押しのけ、男性に駆け寄った。
「あんたまでいなくなったら、私たちはどうすればいいのさ……」
「――すまねぇ」
彼女は男性の妻のようであった。
女性も敵意に満ちた目で私を睨み、呟いた。
「あんた、よくも……」
「だから、私は妖怪じゃありませんて」
私は刀をその場に置き、くるり、とまわり手を挙げて見せた。
女性は未だ疑っているような顔をしていた。
すると、鉈を持っていた男性がゆっくりと立ちあがり、落ち着いた口調で言った。
「……確かに妖怪独特の雰囲気がないな。気が立ってたんだ。勘違いしちまってすまなかった」
男性がそういうと、女性もすかさず頭を下げてきた。
「私からも謝るよ。ごめんなさいね」
よく見ると、その女性の顔には涙の跡があり、目が赤く充血していた。
私はその尋常ならざる雰囲気を感じ取り、思い切って尋ねてみた。
「いったい、何があったんですか……?」
「夕刻に息子が人食い妖怪に攫われて――」
「奴は人間の娘のふりをして、うちの息子に近づきやがったんだ」
女性は顔を覆いながら、男性は吐き捨てるように言った。
私はその夫婦の言葉に衝撃を受けた。
『この『幻想郷』は、人と妖怪が共存する場所ですから――』
先ほど、紫さんは確かにそう言った。
私は胡散臭いと思いながらも、紫さんを信じていたのだ。
しかし、現実は違っていた。
私は幽々子に問いかけた。
(幽々子、どういうこと?)
(――妖怪は人間を襲い、人間は妖怪を退治する。これが以前の幻想郷の姿だった。しかし、その関係は現在の『博麗の巫女』によって変えられたわ。理性のある妖怪たちは、その巫女の定めたルールに従うことになったのよ)
幽々子の言い分とこの現状が一致していない、私は心の中で叫んだ。
(それじゃあ、この状況は!?)
(でもね、下級妖怪がそれで満足すると思う? 何十年も、何百年も人をとって食べてきたのに――だからね、未だにあるのよ『こういうこと』が)
(でっ、でも――!)
(もう一度言うわ。『幻想郷』ではよくあることよ)
幽々子は子供を叱るようにゆっくりとした口調で言った。
(それに、あなたではどうにもできないわ。『博麗の巫女』ならいざ知らず、あなたはただの『人間』ですもの)
確かにその通りだ。
私は何もできない無力な人間だ。
妖怪に立ち向かうなんて、みすみす殺されに行くようなものだ――
ギュッ ――突然、服の端を引っ張られた。
隣を見るといつの間にか女の子がいた――たぶん、この夫婦の子供だろう。
その子は服の端を握り、私を見上げていた。
「私の大事な弟なの……今朝も一緒に遊んでたの……。ご飯も一緒に食べて……お昼寝もして……それでねそれでね――」
その女の子の顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。
この娘の言葉を聞いたとたん、生意気な自分の弟の姿がよぎった――
『――姉ちゃんの馬鹿! 強すぎるんだよ!』
『ふふーん。弱いアンタがわるいのよ』
『くそ! 俺、ぜってー剣道なんてやらねえからな! 別のスポーツで見返してやる――!』
――わたしは、再び幽々子に問いかけた。
(幽々子、妖怪は刀で斬れる?)
(あなたの小太刀では、斬ることはできても倒すのは無理ね)
幽々子はそっけなく言った。
しかし、私は食い下がった。
(だったら、あなたの能力で、妖怪を退治できないの?)
(そうねぇ…… あなたがその妖怪の動きを止めたうえで、刀を突き刺すことができるのなら、あるいは)
完全に相手の動きを止め、刀で貫く――
そんな、今の実力では到底無理と思える条件を口にした幽々子に対して、私は考えるまでもなく答えた。
(わかったわ)
(正気? あなたは無力な人間よ)
(その人間に閉じ込められているのは、どこの誰かしら?)
(ふふっ、言うようになったじゃない。だけどね、死んでもらっては困るわ。これは私の体でもあるのだから)
(この体は私だけのもの!)
私は強く小太刀を握りしめ、女の子の両親と向かい合った。
私の様子が変わったのに気付いた男性が、恐る恐る声をかけてきた。
「あんた、今晩は危険だから、うちに泊っていった方がいいんじゃ――」
「私が助けます」
「なっ、何いってるんだ! あの妖怪は闇夜だと凄まじい力をもつ。博麗の巫女様なら、いざ知らず――」
「必ず助けます」
「そういっても、あんたはにんげ――!?」
突然、男性は私の肩口を見つめ硬直した。
その顔は恐怖にひきつっていた。
しかし、私は気にかけず、しゃがんで女の子に語りかけた。
「必ず、あなたの弟を助けてあげるわ」
「グスッ。うん…… お願い、お姉ちゃん……」
「ええ、まかせなさい」
私は少女の頭をなでて、不器用に微笑みかけた。
◇
――――もう一度言うわ、『幻想郷』ではよくあることよ。
幽々子は悠子を諭すつもりでそう言った。
この現状が、幻想郷の本来の姿だと。
そして、今の悠子では勝算がないことを暗に伝えたつもりだった。
しかし、悠子の答えは――
――私が助けます。
悠子はどういうつもりなのだろう?
どうして他人のために面白くもないことをするのか。
しかも、相手は人食い妖怪だ。
悠子自身が命を落とすかもしれない。
今、私は『あなた』なんだから――その不安も伝わってくるのよ。
幽々子は、そんなちぐはぐで無鉄砲な悠子に、興味を引かれはじめていた。
その時、男が悠子を止めるための説得を始めた。
悠子はそんなことでは折れない、幽々子はそう思ってはいたが――
――ダメよ。私の遊びを止めさせはしないわ。
幽々子は、ほんの少しだけ能力を自分へと向けた。
少しだけ悠子から離れた幽々子の目には、引きつった男の顔が映っていた。
その男性に向かって、幽々子は笑い掛けた。
――私の姿が見えたのね、哀れな人。
満開の桜を諦めて、早一ヶ月。
やっと面白くなってきたんですもの、私がいる限り悠子を止めることは許さないわ――
女の子に向かって不器用に微笑む悠子の陰で、幽々子は艶めかしく微笑んでいた。
やっと冥界から人里周辺に降り立った悠子と幽々子は、いきなり事件に巻き込まれてしまいました。ここから悠子の戦いが始まります。次回は皆さんおなじみの人食い妖怪が登場します。楽しみにしていてください。
追記:いつも思うのですが、紫の胡散臭さってどう表現したらいいんでしょうか。ご教授願いたいです。