第十四話「信頼」
慧音と悠子、妖夢と悠子、そして幽々子と妖夢の信頼関係について描いてみました。そして、とうと霊夢が『悠子の妖怪退治による神隠しの怪』である悠幽異変の解決に乗り出します。そんなことを梅雨とも知らず、心を閉ざしてしまった悠子。さらに、幽々子も自分に起こった変化に戸惑いはじめる――
それでは、東方悠幽抄、第十四話です。感想、批評、誤字脱字の指摘などなど、気軽にコメントをくださって結構です。宜しくお願いします。
◇
――――慧音先生、失礼するわ。
霊夢は寺子屋の扉を開け放ち、そう口にした。
授業中であった生徒の顔がいっせいに霊夢の方を向いた。
「霊夢さん、何か御用ですか? 今は授業中なのですが……」
慧音は突然授業に乱入してきた霊夢に非難の目を向けた。
霊夢は頭を掻きながら謝罪の言葉を口にした。
「あー、悪かったわね。それより、悠子はどこに行ったの?」
「悠子さんに何か?」
突然この場に関係ない悠子の名を口にした霊夢に、慧音は不信感を露わにした。
しかし、霊夢はそんな様子を気にした風もなく続けた。
「ちょっと『博麗の巫女』として急用ができてね。彼女の場所、教えてくれるかしら?」
博麗の巫女――その言葉は、人里で異変解決を行う巫女を指す。
すなわち、今、人里では異変が起こりつつあることを示している。
慧音は霊夢の言わんとすることを察し、口を開いた。
「……彼女は里帰りしましたよ」
慧音の返事を聞き、霊夢は不思議そうな顔をした。
「里帰り? 悠子はここ以外に帰る場所があるの?」
「ここに来る前はどこかにあるお屋敷に住んでいたらしくて」
「それじゃ、その場所は?」
「いや、聞かないでと言われているので、私は知りませんが?」
「お人好し……」
霊夢はため息をついた。
それに対して、慧音はニッコリと笑いかけた。
「あの方は信頼できる方ですから」
「その信頼できる人物が――異変を起こしているとしたら?」
その言葉を聞き、慧音は静かに霊夢を見据えた。
「何をおっしゃっているのですか? 彼女はただ剣の道を志している普通の人間です。一体、何を根拠に――」
「巫女の感よ」
慧音が言葉を言い終わる前に霊夢はそう言い放った。
慧音はキッと霊夢を睨んだ。
「馬鹿馬鹿しいです。そんな訳のわからない理由で――」
霊夢は反論する慧音の顔に向かって手をかざし、言葉を遮った。
「最後まで聞きなさい。 ――ある程度の根拠はあるわ。実際、私は見ているのよ。悠子が闇を操る妖怪を消滅させる瞬間を」
「つっ!?」
慧音は返す言葉がなかった。
そう言った霊夢の目は本気であり、その雰囲気は『使命を負った博麗の巫女』そのものであった。
慧音と霊夢のそんなやり取り得りを見ていた一人の女の子が立ちあがった。
そして、霊夢にすがりつき、叫んだ。
「おねーちゃんは悪いことなんてしないもん! 私の弟を助けるために妖怪を退治したの!」
その女の子は、悠子がルーミアから救い出した男の子の姉であった。
霊夢は少女の言葉には何も返さず、くるりと慧音とその生徒たちに背を向けた。
そして、小さく呟いた。
「この世は得てして、そういった信頼に足る人物の方が、何をするか分からないものなのよ」
失礼するわ、そう皆に一言声をかけ、霊夢は寺子屋を去って行った。
慧音はただただその後ろ姿を見送るしかなかった――
◆
――――おかえりなさいませ。幽々子様、悠子さん。
庭先を掃除していた妖夢師匠が顔をあげ、私と幽々子に挨拶をしてくれた。
私はすぐさま挨拶を返した。
「ただいま、妖夢師匠」
(……ただいま、妖夢)
――私は今、白玉楼に里帰りしていた。
妖怪退治の疲労からか、ここ最近の私は酷く具合が悪くなり、日々の鍛錬に影響が出始めていた。
そのため、寺子屋の仕事を少し休ませてもらい、白玉楼で休養することにしたのだ。
具合の悪い詳細な原因はわからない。
もし変わったとすれば、幽々子と私の距離間か。
幽々子とはわかさぎ姫を襲った夜から、ほとんど言葉を交わしていない。
私自身があの夜幽々子を拒絶してしまったのが、そもそもの原因ではあるが。
――黙り込んでいた私に妖夢師匠が心配そうに声をかけてきた。
「どうしました? それに、幽々子様は?」
「幽々子は元気よ」
私はそっけなくそう答えた。
妖夢師匠は私の答えに首をかしげた。
「本当にどうしたんですか? いつものあなたらしくないですよ」
「いえ、帰ってきて早々、すいません。ちょっと具合が悪いので、部屋で休ませていただけませんか?」
「そうですか…… ゆっくりしていってください」
師匠は首をかしげながらも、快く了承してくれた。
私は師匠に頭を下げ、くるりと背を向け、白玉楼の中へと入ろうとした。
すると突然、妖夢師匠が私の名前を呼んだ。
「悠子さん」
「何ですか、ししょ――!?」
私が振り向くと、そこには楼観剣を振りかぶった妖夢師匠の姿があった。
私は反射的に横に飛び、小太刀を引き抜いた。
妖夢師匠は私の動きに素早く対応し、楼観剣を薙ぎ払った。
私は小太刀で妖夢師匠の剣撃を受け止め、キッと睨みつけた。
「――私が何かしました? 師匠も所詮、幻想郷側なんですか?」
自分でも恐ろしいほど冷めきった声を師匠へと向けた。
そんな私の姿を見て、妖夢師匠は楼観剣を下ろした。
私はすぐさま距離をとった。
すると、師匠はスッと頭を下げた。
「失礼しました。ちょっと見極めてみたかったので」
「どういうことですか?」
私は警戒を解かずに、師匠に問いかけた。
師匠は真剣な眼差しを私に向けた。
「剣を交えてわかりました。あなたの剣には迷いが見えます。何があったのですか?」
私は妖夢師匠の言葉にひどく驚いた。
妖怪退治に関して、私と幽々子が仲違いしていることに気付いた?
もしくは、それ以上の私の願いに……?
私は妖夢師匠に隙を見せないように、ゆっくりと言葉を発した。
「私は迷ってなんていませんが……?」
私の言葉を聞いても、妖夢師匠は真剣な表情を崩さなかった。
しかし、それ以上私が話す気がないとわかると、楼観剣を鞘に納めた。
「それ以上は追及しませんが…… 思い出して下さい。真実は――」
「――斬って知るもの、ですよね?」
私は師匠の教えを反芻した。
『真実は斬って知るもの』
唯一、私が師匠から教わった剣の心得を。
「その通りです。迷いは断ち切ってください、自らの意思で」
師匠はそう言って、満足そうにニコリと笑った。
――そうだ。
妖怪退治を行う私は、ただ力を欲しているわけではない。
妖夢師匠の教え通りすべてを見極めるために、幻想郷の根幹を成す妖怪という存在を斬って周っているのだ。
私の体が、そして心が、少し軽くなった気がした――
◇
――――この体になってからというもの、不思議な感覚に襲われることがある。
最近の私、西行寺幽々子は違和感に襲われていた。
この違和感は――そう、あの人魚を襲った夜からだ。
私は感じるのだ、私の心が――魂がこの体にいることを喜んでいる。
だからだろうか、悠子が『現実に戻りたい、家族に会いたい』と思えば思うほど、私自身もその思いに駆られてくる。
私は白玉楼から見える月を眺めながら呟いた。
「『ゆくへなく月に心のすみすみて 果てはいかにかならんとすらん』」
そして、この歌の言わんとするところは――『どこまでも月に心が澄んでいき、この果てに私の心はどうなってしまうのだろう』。
まさに私の今の心情にピッタリだ。
しかし、私はこんな歌、知らない。
もし、知っているとしたら私の中で眠っている悠子であろう。
――今、悠子は深い眠りに落ちている。
しかし、私にはわかる。
この眠りは普通じゃない。
悠子の心は確実に何かに浸食されている。
しかし、心を閉ざしている悠子の心を覗き見ることはできない。
私は密かにため息をついた。
――スッ
物思いにふけっていると、突然襖が開けられた。
そこには、妖夢が正座していた。
「失礼します」
「あら、何か用かしら妖夢?」
私の返答を聞き、妖夢はすぐさま私が今、悠子ではなく幽々子であるということを察した。
「今は幽々子様でしたか。悠子さんに用があったのですが……」
その言葉を聞き、私は頬を膨らませてみた。
「私とあなたは強い絆で結ばれていると思ったのに~ 悠子に浮気する気なの~?」
私は妖夢が可愛い反応を返してくれることを期待した。
しかし、妖夢は落ち着いた瞳で私の目を覗き込んだ。
「少し変わりましたね、幽々子様」
――私は妖夢の言葉に少し動揺した。
それを悟られまいと、私は扇子で口元を隠した。
「外見の私、悠子に関しては少したくましくなったかしら? 中身の私は全く変わってはいないけど」
「私には幽々子様も変わったと思いますが?」
そう言って、私に真剣な顔を向けてきた。
悠子を心配してきたときと同じ顔で。
私には妖夢の意図がつかめなかった。
――妖夢ってこんなに聡かったかしら?
私は妖夢の言葉に切り返した。
「私を見ているあなたの方が変わったのではなくて、妖夢師匠?」
「悠子さんと出会ってから私も変わりました。自覚はあります」
そう認めた妖夢は彼女の胸に手を当てた。
そして、一呼吸置いて続けた。
「しかし、それ以上に私はあなた様が変わったと思います。何年間、一緒にいらっしゃると思っているのですか?」
「言うようになったじゃない、妖夢」
私は目を細めた。
悠子と出会い、師匠となったことで妖夢も精神的に成長した――そういうことなのだろう。
私はあの可愛い妖夢がどこかに行ってしまったような気がして、少し残念に思ってしまった。
そんな私の心など露知らず、妖夢は続けた。
「それで、悠子さんと何があったのですか?」
「ちょっとだけ喧嘩をしてね。だけど、これは私と悠子の問題よ」
私はピシャリと言った。
妖夢に心配してもらうのは嬉しいが、これは私と悠子の問題だ。
頑なに何も話さない私に妖夢は息をついた。
「はぁ、ということは悠子さんの迷いの原因は幽々子様との喧嘩であると」
「そう解釈していればいいのではないかしら」
私は、はぐらかすようにそう答えた。
――確かに悠子との不和は、確かに私の心に迷いを生んでいる。
そして、侵されつつある悠子の心のことも心配だ。
しかし、私の不安はそれだけではなかった。
ここ最近、私は思い出しかけていた。
古い古い―― そう、『私がまだ人間であった頃の記憶』を。
しかし、それは妖夢には伝えてはならない。
これは、私の問題だ。
私は悟られないように、妖夢に微笑みかけた。
「もういいでしょ。あなたは寝なさ――」
妖夢に去るように促そうとした瞬間、妖夢はスッと立ち上がった。
私は妖夢を見上げ、問いかけた。
「どうしたの、妖夢?」
「いや、掃除し忘れていた箇所がありまして――幽々子様は先に寝ていてください」
妖夢はそう私に言い聞かせ、手入れされた白楼剣と楼観剣を手に薄暗い白玉楼の庭へと姿を消した。
私は妖夢の姿が見えなくなった後、ポツリと呟いた。
「不安を抱えている私を心配させないように嘘をついたのね、不器用な子…… でもね、妖夢。私を心配するのは、千年ほど早いわ」
私は脇に置いてある小太刀を手に取り、微笑んだ――
◇
――――霊夢は冥界へと続く長い階段の上を飛翔しながら進んでいた。
霊夢は紆余曲折(主に巫女の直感で)を経て、ここ冥界に悠子がいることを突きとめた。
冥界の異変も博麗の巫女の管轄内なのかしら?
そんなことを考えながら、なかなか終わりの見えない階段とその周囲の風景を眺めていた。
すると、少し開けた踊り場に一人の影が見えた。
その人物は霊夢を見つけると、声を張り上げて警告した。
「ここは冥界。現世に未練のあるものは即刻立ち去れ!」
そこに立っていたのは、悠子の剣の師匠とかいう半人半霊の魂魄妖夢であった。
「あら、宴会で騒いでいた半人半霊じゃない」
霊夢は、めんどくさい、と言わんばかりに頭を掻いた。
そのとき、妖夢は霊夢の服がわずかに焼き切れている事に気付いた。
「霊夢さん、随分ボロボロじゃないですか?」
「ちょっとばかし、ここに来る途中で化け猫と化け狐に絡まれてね」
――霊夢は寺子屋を出た後、悠子の目撃情報をもとに幻想郷を飛び回っていた。
冥界との境界に綻びが生じているの見つけたところで、紫の式である化け猫と化け狐、もとい橙と八雲藍に弾幕勝負を仕掛けられた。
その時、彼女らは言っていた。
『これ以上、悠子という人間には関わるな』
しかし、そんなことを言われたら霊夢は逆にこの異変に興味がわいてきた。
式を寄こしたとしても、幻想郷の賢者と言われる紫が出張ってくるほどの異変なのだ。
霊夢は式たちを全力で相手をし、沈めた。
そして、この冥界に足を踏み入れたのだ。
――霊夢の返答に少し引っ掛かったような顔をしながらも、妖夢はここに来た理由を尋ねた。
「どういった理由でこのような時間に?」
「このような時間に、か…… こんな辛気臭いところじゃ、時間が判断しかねるのよね」
そう言って、薄暗い冥界の景色を見渡した。
妖夢は霊夢がはぐらかそうとしたと感じたのか、厳しい口調で追求した。
「質問に答えてください」
「そうね。一言でいえば、悠子に用があるわ。――通しなさい」
霊夢はそう言って、妖夢を睨みつけた。
博麗の巫女としての威厳を持った瞳で。
しかし、妖夢は譲らなかった。
「そうもいかない。私は庭師兼剣術指南役、そして護衛でもある。だから、あなたを素通りさせないわ」
妖夢はそう言って、二つの刀を構えた。
霊夢はため息をついた。
――これは、話が通じないタイプね。
霊夢はそう判断し、霊夢は袖からスペルカードを取り出した。
「ならさっさと始めちゃおうかしら? 弾幕勝負を」
「受けて立ちましょう。 ……妖怪が鍛えたこの楼観剣に、斬れぬものなど、あんまり無い!」
そう宣言した妖夢は、霊夢へと空間を切り裂くような弾幕を放った。
霊夢はその弾幕に目を向けながら呟いた。
「くだらないわね。この世に斬れないものはたくさんあるわ――例えば、私の弾幕とかね!」
霊夢の周囲に無数の陰陽玉が出現した。
白玉楼へと続く長い階段で、霊夢と妖夢の弾幕勝負が始まった――
霊夢と妖夢の戦いが火ぶたが切って落とされました。とうとう霊夢の異変解決の始まりです。その裏では、心が侵され始めた悠子と自分の記憶に戸惑いを隠せない幽々子の苦悩が見え隠れしています。
次回を楽しみにしていてください。
※ 話の書き溜め分が無くなりましたので、ここから、更新が週一ペースになります。




