第十三話「悠幽異変」
レミリアに手も足も出ずに打ち負かされ、傷つき倒れてしまった悠子。そして、知らぬ間に幽々子に操られ、異変解決に体を利用されてしまった…… そんな宴会の異変から少し経った後の悠子の心情の変化を描きました。
それでは、東方悠幽抄、第十三話です。感想、批評、誤字脱字の指摘などなど、気軽に感想をくださって結構です。宜しくお願いします。
――――たっ、助けて……!
朔の夜、迷いの竹林を駆け抜ける影があった。
その少女は夏であるのに長袖にロングスカート、そして頭には特徴的な耳が見え隠れしていた。
彼女は必死に『何か』から逃げていた。
「氷符『パーフェクトフリーズ』」
突然のスペルカード宣言。
竹林を駆ける少女の足首は凍りつき、その場でスッ転んでしまった。
「きゃん!」
少女は地面に倒れこんでしまい、可愛げな声をあげた。
彼女は髪の毛についてしまった泥を払いのけながら顔をあげた。
そこで目にしたのは、何一つ見えない『深い闇』であった。
日頃から迷いの竹林を歩き、夜目にも慣れたはずの彼女でもこれ程の暗闇は見たことがなかった。
彼女は暗闇の中で叫んだ。
「私が何をしたって言うの!?」
すると、暗闇のどこからか声が返ってきた。
「あなたと竹林ではち合わせた老人が、驚き、腰を打って立てなくなった……」
少女はその言葉を聞き慌てて弁明した。
「あっ、あれは――ちっ、違うわ! わざとじゃないわ! あの日は満月の夜だったから毛深くなっていて…… それを見られて――つい」
しかし、暗闇の中の声の主は無慈悲に言い放った。
「今泉影狼さん、あなたを退治させてもらうわ」
――カチン
刀を引き抜く音が闇夜の竹林に響いた――
――――
―――
――
「あっ、ああ…… 人間……怖いわ……」
影狼はそう呟き、膝をついた。
そして、光となって霧散した。
――影狼が消え去った直後、霧が晴れるように闇が取り払われた。
そこには、小太刀を構え、たたずむ少女の姿があった。
「まだよ。まだ足りないわ」
竹林の真ん中で悠子はそう呟き、小太刀を力強く握りしめた。
その小太刀には凄まじい妖気が渦巻いていた――
◆
――――悠子さん、どうしたんですか、ぼーっとして?
目の前の人里の景色を眺め、ぼーっとしていた私に慧音先生が声をかけてきた。
私は眩しそうに目を擦りながら、返事をした。
「すいません。ちょっと、別のことを考えていました」
「最近疲れているみたいですけど、大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫ですよ」
今、私は慧音先生と買い物に出てきていた。
週に一度、日用品や寺子屋で必要なものを買い出しに行くことを約束しているためだ。
私と慧音先生は、ある程度買い物を終え、小奇麗な団子屋で食事をしていた。
すると、団子屋の店先にいた男たちの会話が耳に入った。
「最近、人里付近の妖怪が片っ端から退治されているらしいぞ」
「博麗の巫女様か?」
「いや、違うらしい。それに、退治された妖怪は消えちまうらしいぞ」
「神隠しみたいなもんか? そんな妖怪を消すほどの力を持った奴らなんていたか?」
「いや、知らんな。それに、周りはいつも闇に覆われていて、その姿を見た奴は誰もいないらしい」
「おっかねー話しだな」
その会話に聞き耳を立てていた私に慧音先生が話しかけてきた。
「最近物騒ですね。大して悪いことをしていない妖怪も退治されているらしいですし……」
「――そうらしいですね」
私は気のない返事を返した。
慧音先生はそんな私の様子を見て、心配そうに続けた。
「夜、よく訓練に出かけるあなたも気をつけた方がいいですよ」
「ええ、気を付けます。 ――そんなことより、買い物を続けましょうか」
私はできるだけ自然に返事をし、慧音先生に買い物の続きを促した。
慧音先生は突然話題を切り替えた私に少し驚き、言葉を続けた。
「そっ、そうですね。それでは、次は何を買いましょうか?」
「あっちにある本屋を覗いてみましょう。えっと、『鈴奈庵』でしたっけ?」
「私と行ったら歴史の本しか勧められませんよ?」
「……難しくなければ読んでみたいです」
私と慧音先生はそんな会話を交わしながら、店へと入って行った。
◆
――――『スターファング』!!!
アオーン!!!
小太刀を振ると同時に狼の遠吠えのような音が響き、凄まじい衝撃波が走り抜けた。
「いやっ!」
その弾幕を見た人魚は、水中へと逃げようとした。
私はその人魚へと追撃をかけた。
「逃がさないわ! 氷符『パーフェクトフリーズ』!」
そう叫び、湖の水面を小太刀で薙ぎ払った!
湖畔周辺は一瞬で凍りつき、人魚は凍りついた水面に挟まってしまった。
「痛いっ! 助けて!」
悲痛な叫び声をあげる人魚に私はゆっくりと近づいた。
人魚はその姿を見て、ポツリと呟いた。
「私が何をしたって言うの……」
――実際、その人魚、わかさぎ姫はただ真夜中の湖の畔で石を拾っていただけであった。
そこに突如現れた私からのスペルカード宣言。
彼女の言うことはもっともであった。
私はわかさぎ姫の言葉に思い当たる節があり、彼女に問いかけた。
「あなた―― あの竹林で出会った狼女さんと同じようなことを言うのね」
わかさぎ姫はパッと顔をあげ、驚きと恐怖の入り混じった顔を向けてきた。
「えっ、あなたが影狼を? 私たち『草の根妖怪ネットワーク』に何か恨みでもあるの……?」
「草の根? 初めて聞いたわね」
「じゃあ、どうして私たちを……?」
私は彼女の質問に素直に、そして簡潔に答えた。
「私はあなたの力がほしいのよ。わかさぎ姫さん」
小太刀の剣先をわかさぎ姫へと向けた。
「私は力なんて持っていないわ」
「妖怪は皆、人間よりは大きな力を持っているわ。あなたも持っているでしょう。弾幕を作り出す妖力を」
一呼吸置いて、わかさぎ姫の目を見据えた。
「私はどうしても力がほしい。そのために、あなたを退治するわ」
「……私は争わない。好きなようにするといいわ」
わかさぎ姫はそう静かに呟き、手をおろした。
私は少し驚いてしまった。
――まさか、こんなに事がすんなり運ぶなんて……
すると、争わない妖怪に刃をつきつける自分自身に対して疑問が浮かんできた。
――本当に、私のやっていることは正しいの?
しかし、私にはやるべきことがある。
そんな疑問をすぐさま頭から消し去り、わかさぎ姫の肩口に小太刀をあてがった。
「ありがとう。あなたの力、いただくわ」
後は幽々子が能力を使うだけで事は済む――はずであった。
しかし、幽々子は能力を発動させなかった。
私は戸惑いながら幽々子に問いかけた。
(どうしたの? 早くこの妖怪の力を――)
(悠子、さすがに罪のない妖怪を手に掛けるのは許さないわよ)
幽々子は静かに私の願いを拒否した。
私は心の中で語気を荒げた。
(今までは協力的だったじゃない!)
(一つだけ言っておくわ。 ――あなたの能力はあなただけでは成立しない。よく考えることね)
幽々子はそう言ったきり言葉を発さなくなった。
私は唖然としてしまった。
――私は幽々子に見限られてしまったのか?
それじゃ、私の願いは?
一向に手を出さない悠子にわかさぎ姫は問いかけた。
「どうしたの? 私を退治しないの?」
「……」
躊躇する私にわかさぎ姫は目を見開き、叫んだ。
「やるなら早くやってしまえばいいわ! ――無慈悲に影狼を消した、あの時のように!」
「くっ!?」
私はその語気にすくんでしまった。
気弱で虫も殺せないほどの性格――そう評される彼女もまた妖怪であった。
私は妖怪と人間の格の違いを見せつけられてしまったような錯覚に陥った。
あの館のときのように――
(悠子、あなたはやっぱり人間ね)
幽々子の呟きで、私はハッと我に返った。
そして、わかさぎ姫から離れ、小太刀を鞘へと納めた。
「――やっぱり、私には無理よ」
湖に張った氷を溶かし、私は身を翻した。
その場から立ち去ろうと背を向けた私に、わかさぎ姫が語りかけてきた。
「何があなたを駆り立てているかはわからないけど、私たち妖怪も人間に害をなすために存在しているわけではないのよ」
「わかってはいるつもりよ。でも……」
私の言葉がそれ以上紡がれることは無かった――
◇
――――悠子、一体どうしたっていうの?
寺子屋への帰り道、幽々子は悠子に話を振った。
最近の悠子は、人間へと害をなす妖怪を退治してまわっていた。
それに関しては、悠子の元来持っている善意の行動ともとることができるだろう。
しかし、今日の悠子は無害な妖怪にも刃を向けるようになったのだ。
この数ヶ月間、悠子の行動を楽しんでいた幽々子の目にもさすがに異様な光景であった。
(最近のあなた、らしくないわ)
(私はただ――人間に害を成す妖怪を退治しているだけよ)
悠子は淡々と答えた。
幽々子はそんな悠子の様子に気付きつつ、何事もないかのように会話を続けた。
(今日の人魚は違ったみたいだけど? 私とあなたは一心同体、協力はするつもりよ。 ――だけどね、最近のあなたの行動には賛同しかねるわ)
(好きにすればいいわ)
悠子はほぼ無感情にそう言った。
悠子の言葉を聞き、幽々子は一呼吸置いた。
そして、ゆっくりと言葉を紡いだ。
(――あの吸血鬼に敗れた日からかしら? あなたが積極的に妖怪を退治するようになったのは)
幽々子の言葉を聞き、悠子は狼狽した。
(っ!? あのときのことは言わないで…… それに、私は二度と負けられない。今は力をつけるときなのよ)
(何があなたをそんなに駆り立てているのよ?)
幽々子の問いに、悠子は押し黙ってしまった。
しかし、幽々子は諦めずに話しかけた。
友人を心配するかのように。
(ねぇ、どうして――)
「うるさいわよ、幽々子! 何も聞かないで……」
悠子は悲鳴のような叫び声をあげた。
そのとき、強い意志をもった言葉が幽々子へと流れ込んできた。
(私は必ず、この幻想から現実に戻って見せる……)
幽々子が『えっ』と思った時には、既に悠子は心を閉ざしてしまっていた――
◇
――――いやぁ、相変わらず閑古鳥だなぁ。
普通の魔法少女である霧雨魔理沙は、博麗神社の境内を見回し、呟いた。
真夏の博麗神社は静観としており、蝉の声が響くのみであった。
魔理沙は境内から中庭へと回り込み、縁側に腰かけお茶をすする紅白の少女に声をかけた。
「よう、霊夢! 良い日和だな」
「そうね。 ――それと、閑古鳥で悪かったわね」
「おまえ、いつから地獄耳になった?」
「そんなことを言っている気がしたのよ。冷やかしなら帰って頂戴。それと、素敵なお賽銭箱はそこよ」
霊夢はそう言い、埃を被った賽銭箱を指差した。
魔理沙は、またか、と言う顔をした。
「おまえも相変わらずだな。それより、霊夢、聞いたか?」
「何をよ。また、新しいキノコでも見つけたの?」
霊夢は胡散臭いものを見るような目で魔理沙を見た。
魔理沙は霊夢の反応に対し、侵害だ、という顔をした。
「いくら私でも、いつも変なキノコを探したり、生やしたりしているわけじゃないぜ。今回は私のことじゃないんだな、これが」
「じゃあ、何よ」
「――最近、人里周りの妖怪が神隠しにあっているそうじゃないか」
魔理沙は霊夢の目を覗き込んだ。
霊夢はその言葉を聞き、ため息をついた。
「はぁ~ 今度はあんた? だから、私じゃないわよ。 ――咲夜といい、あんたといい、そんなに私が欲求不満そうに見えるかしら?」
魔理沙は当てが外れたようで、不思議そうな顔をした。
「あれ、霊夢じゃないのか?」
「違うわよ。そんなことをするくらいなら、ゆっくりと麦茶でも飲んでいた方がいいわ」
そう言って、霊夢はお茶をすすった。
そんな霊夢を見ながら、魔理沙はスカートのポケットからミニ八卦炉を取り出した。
そして、ミニ八卦炉を真夏の太陽にかざし、霊夢に問いかけた。
「と、いうことは霊夢?」
魔理沙の言葉に霊夢はため息をつき、手に持った湯呑を脇に置いた。
「ええ…… これは、『異変』よ」
霊夢は博麗神社の鳥居を見上げて、そう宣言した――
この『幻想郷』から自らの『日常』へと帰ることを望みはじめた悠子とそれに戸惑う幽々子。そして、悠子の妖怪退治を『異変』と見なして立ち上がる霊夢。
とうとうこの『東方悠幽抄』は一つの転機を迎えます。次回を楽しみにしていてください。




