第四十二話……天才女棋士は分かりやすく説得する
第五側室に着き、私は扉をノックした。
「センシャル・ストラクツでーす」
「……」
「誰も出ないな」
皇子の言葉には答えず、私は扉を再度ノックした。
「参謀を紹介したいんですけどー」
すると、扉が静かに開き、その隙間からシエルさんが口を開いた。
「ど、どこでその話を……!」
「筒抜けですよ。とりあえず中で話しましょうか。これ以上筒抜けになりたくないでしょう? 安心してください。お二人にとって良い話ですから」
訝しげに、そして不安そうに私達を見定めるシエルさん。
「……。そ、それでは、どうぞ……」
彼女には警戒心があるのかないのか、よく分からない行動に思えるが、あの私の事件解決劇を見ている以上、警戒してもあまり意味がないと判断したのだろう。
側室を志願するだけあって美人。しかし、思っていたよりは温和な声色だ。
「おじゃましまーす」
中に入ると、中央の居間にあるテーブルと椅子で話をすることになった。
「兄上!」
「『メイル』!」
扉の隙間からこちらの様子を窺っていた第六皇子が、皇子の元に駆け寄ってきて腰に抱き付いた。
皇子は彼の頭を優しく撫でている。
メイル皇子は十一歳。明らかに美少年であるが、年齢よりも幼く見え、その性格からか実際に幼い振る舞いをしている。
「兄上、もしかしてあの時の約束を……」
「約束?」
私の問いに皇子は頷いた。
「ああ。俺がメイルとの距離を取ろうとした時に、俺から言ったんだ。『俺達は皇位継承戦によって互いに争い合う運命だ。だが、もしお前と協力できる準備が整い、かつ敵対心も互いに一切ないと判断できたら、お前を迎えに来る』と」
「もちろん、僕には敵対心など一切ありません!」
「……。シエルさんはどうですか?」
「……フィールズ殿下は本当に素晴らしいお方です。ただ……」
私の質問に対して、やはりシエルさんは不安そうだ。
「それ以外の私達、特に私を信用できないということですね?」
「っ……!」
「かまいません。当然のことですから。それではまず、この話から先にしておきましょうか。お近づきの印に、クッキーを差し上げます。どうぞ、召し上がってください」
「え……?」
クーさんが持っていたクッキーの皿をテーブルに置き、蓋を開けた。
「実はこの中に一枚だけ、失敗した不味いクッキーがあります。ただ、私達はこのクッキーを誰も味見していないので、他のみんなも食べたいと思っています。すみませんが、私達も食べてもいいですか?」
「あ、あの……」
「じゃあ、食べますね。みなさん、どうぞ」
「……」
そして、私達はクッキーを食べた。
「あー、やっぱり美味しかったね」
「美味いぞ、クー!」
「おい! どこが普通なんだよ! 美味いだろ!」
「私はお菓子をあまり食べてこなかった人間ですが、これは想像以上ですね」
「はい。昨日の夕食、今日の朝食もそうですが、ずっと食べていたいです! これでは太ってしまいますわ!」
「……」
「メ、メイル! 待って!」
第六皇子がクッキーに手を伸ばそうとしたところを、シエルさんは制止した。
「お二人が食べないのなら、もう一枚いただきましょうか」
そして、最後の二枚になるまで私達はクッキーを食べた。
「……」
「食べないのですか? では、私が一枚貰いますよ?」
さらにもう一枚、私が食べた。
「……」
「みんな美味しい美味しいと食べていたので、最後に残ったこれが例のアレですね……。メイル殿下に召し上がってもらうわけにもいきませんよね?」
「……」
「実はこのクッキー、メイル殿下とシエルさんのために陛下から賜ったものなのですが……」
「なっ……!」
「あー、陛下はお二人の感想も欲しがっていたのですが……。捨てるわけにもいかないですから、私が食べますか」
「ま、待って……!」
「すみません、もう遅いです。では、いただきますね」
「っ……!」
「……。あれ? 普通に美味しいですね。不味いクッキーなんてなかったということですか」
「なっ……! ど、どういうことですか!」
「それはこちらのセリフです。なぜすぐに食べなかったのですか?」
私は手を皿に伸ばしてプルプルと震えているシエルさんに質問した。
「だ、だって、美味しくないクッキーがあるからって……!」
「でも、他の人は平気で手を伸ばして食べていましたよね?」
「知っていたのでしょう! そんなクッキーなんてないと!」
「では、嘘をつかないフィールズ殿下。ご存知でしたか?」
「いや、知らなかった。センなら本当に入れているのかもしれないと思っていたし……。そもそも、どの程度不味いのかも分からなかったし……」
「っ……!」
「その通りです。にもかかわらず、シエルさんは食べる機会を失った。それどころか、食べないことで陛下の顔に泥を塗った。しかも、自分のみならず、制止したことによってメイル殿下まで巻き込んで。それがどの程度の不利益なのかも考慮せずに」
「あ……あ……」
「これが判断を先送りにする弊害です。しかし、参謀がいればこのようなことは起きなかったのでしょうか。実はそれも違うのです」
「どういう……」
「どこの馬の骨とも分からない参謀を連れてきたとして、お二人を騙さない保証がないのです。誰もその人の身辺調査などできないでしょう? 先程の例で、クッキーには手を付けない方が良いと進言して、今のように責められれば、『最終判断をしたのはメイル殿下です』と向こうからトカゲの尻尾のように切られてしまうことが普通に起こるのです」
「た、確かに……」
「この場合、最も現実的な選択肢として、『クッキーの一部分だけを味見して、美味しいと感じたらメイル殿下に渡すようにしてください』と進言できる参謀が普通です。しかし、それでも不十分なのです。実は不味いクッキーではなく、毒入りクッキーだった場合、シエルさんは死んでしまうからです。そして、おっしゃる通り、全員知っていたらそれを回避できる。
その参謀はなぜそんなことをするのか。それが主君の利益であり、自分の利益になるからです。ここまではいいですか?」
「はい……」
「では、最初の話に戻りましょうか。あなた達の参謀には、私がなります」
「え⁉️」
「正確には、私はフィールズ殿下の参謀なので、お二人が協力すれば、私が両殿下の参謀になるというわけです。そして、フィールズ殿下はご存知の通り、素晴らしいお方ですから、メイル殿下とシエルさんの無事が利益です。だから私は、その利益を最大にする。そうすれば、フィールズ殿下の身の安全を約束した私も嬉しくなるのです。いかがですか?」
「……。すごく分かりやすかったです……。こんな私でも理解できるぐらいに……。でも、先程の例では結局どうすれば良かったのですか?」
「簡単ですよ。『つべこべ言わずに、全部美味しいクッキーを寄越しなさい!』と言えばいいだけです。私は押しに弱い人間なので」
私の合図で、クーさんが別に持っていたクッキー入りの袋をテーブルに乗せ、広げた。
「どうぞ、召し上がってください。いっぱいありますから。もちろん、料理をこよなく愛するクーさんが作ったものです。一切の細工はありません」
「……。ははっ……ははははっ……! 私が思ってもみない答えでした……。良かったね、メイル」
「はい! 僕も考え付きませんでした。流石、兄上の参謀さんです!」
二人は安堵の表情で、美味しそうにクッキーを食べていた。
特にシエルさんは、涙を浮かべながら一口一口味わっている。
そして、私も安心できた。
この微笑ましい光景を壊さないよう、私は改めて思考を巡らせていた。
「面白かった!」「つまらん……」
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