第三十五話……天才女棋士は皇子の婚約者と相見える
婚約者は昼食前にも戻ってこなかったので、私達は彼女を置いて帝都に出た。
まぁ、最初から連れて行く気はなかったが。
クーさんは、すでに皇帝の昼食を持って行った上で、仕入れた食材を保養施設に運んでおり、仕込みを優先したいからということで、それ以降も別行動を取ることにした。
その後、私達は第十側室に戻り、全員で皇子の執務室に向かった。
宮廷門の兵士に伝えておけば、婚約者もそこにやってくるだろう。
そして、このあとのために執務室の前に兵士を二人配置してもらった。
△ ▼ △ ▼
「失礼します。殿下、やはりこちらにいらしたのですね! 私の予想通りです!」
「宮廷門には行かなかったんだな」
昼食をすっぽかしてどこに行っていたのかを言おうともせず、悪びれもしない婚約者。
「ところで、殿下。宮廷内の事件を解決して、アンジェナ殿下と対局したというのはもしかして……」
「はい、私です」
「……」
「……。私ですが……」
「……。彼女だ」
「やはりそうでしたか! 是非、お手合わせ願いたいものです。これでも私、アンジェナ殿下に碁を褒められたことがあるんです。もしかしたら、名誉皇族になれる器なんじゃないかって」
「……」
「……。じゃあ、せっかくだから観させてもらおうか。ちょっと待っててくれ。テーブルと椅子を用意する」
そう言って、皇子が部屋の隅にあるテーブルと椅子を持ってこようとした。
「何をやっているのですか、あなた達は! 殿下に運ばせてどうするのです! あなた達が運びなさい!」
「……。あ、殿下。私達が運びますので……」
「『あ、殿下』じゃないでしょう! 皇族に対して無礼にもほどがあります! 『大変申し訳ありませんでした』と土下座するレベルでしょう! ご寛大な殿下でなければ即処刑ですよ!」
「……。はい、おっしゃる通りです。殿下、この度は大変申し訳ありませんでした。このような愚かな私をどうかお許しください。私一人で全て運ばせてください」
私は皇子に土下座して、しっかりと床に頭をつけた。
「っ……!」
おそらく、婚約者はほくそ笑み、他のみんなは拳を握り締めていることだろう。
だが、これでいい。
時間稼ぎになるからだ。
そして私は汚れた手を服で拭き、一人でテーブルと椅子、碁盤と碁笥を準備した。
「それでは、お願いします」
「……」
ニギリで婚約者が黒になり、対局開始の挨拶を私からしたものの、彼女からは初手以外に何も返ってこなかった。
ルールは第一皇女の時と同じ、一手三分のコミなし。序盤はほとんど時間を使わずに打ち、私もほとんど時間を使わないので、そのまま行けば前回と同じぐらいの時間に終わるだろう。
「真剣勝負中に申し訳ないが、序盤や忙しくない時は解説をしてくれると助かる」
「では、アンジェナ殿下に『一目置かれる私』が殿下に解説いたしますわ」
自分がこの中で一番の高位者だと思っているのだろう。彼女は自信満々に解説を始めた。
「私のこの形は、隅を意識しながら、いつでも戦いはオーケーですという布石です。一方、白は慎重に隅の地を確定させて、辺と中央を睨んだ形です」
それから中盤まで進み、仕込みを終えたクーさんも合流した。
「この二隅は私の優勢で、もう二隅は互角、上辺と左辺は私が優勢なので、全体的にも私が優勢です。白は紛れを求めて中央に逃げ、その後に勝負手を打つ流れです」
「……ふふっ」
「何が可笑しいのですか!」
「いや、失礼。その通りだったので、すごいなぁと思いまして。ところで、碁を始めたのは第一皇女殿下に憧れたのがキッカケですか?」
「よく分かりましたね。その通りです。正確には、コードネル第二皇女殿下からお聞きして始めました」
「第一皇女殿下は、私の名前を覚えていましたか?」
「いーえ、全く。私から聞いても、『忘れちゃった』とおっしゃっていました。どうせ碁でも相手にならなかったのでしょう?」
「やっぱり、そうですよね」
「そんなことはいいから、早く打ちなさい!」
「あ、はい」
そして私は、碁盤中央の天元に打った。
「どうぞ。今からこの中央の石に全て繋げます」
「……あーっはっはっは! そんなことできるわけないでしょう!」
「今からは少し時間をいただきます。二分五十五秒で打ちますね」
「ふんっ! いくら時間をかけてもダメなものはダメなのに、そんなことも分からないのですか?」
本当はそんな時間も必要ないんだけど、時間稼ぎだからね。
それから二十手ほど進み……。
「……」
「私が解説しましょうか?」
「うるさい! 黙っていなさい!」
「あ、はい」
婚約者の優勢だった二隅が、私の中央への進出と天元への連絡により、互角どころか私の優勢になり、この時点で私の勝勢なのだが、まだ彼女は諦めていないようだ。と言うか、間違いなく『目算』ができていない。
優勢でもない所を優勢と判断していたからだ。まだ全然確定していないのに。
それからさらに二十手ほど進み……。
「ちょっと失礼」
婚約者の手番で私は立ち上がり、執務室の窓から外を見た。
ここからは帝都のメインストリートが見渡せて景色が良く見える。若干、日が暮れかけて建物が赤みがかっている。
すると少し遠めに、騎馬の二人と二つの馬車が猛スピードで城に向かってくるのが見えた。
そろそろか……。
そして、私は頃合いと見て、この茶番対局を終わらせることにした。
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