第三十二話……天才女棋士は力量測定事件を解明する
「私はわざと負けたのです」
「な……なぜだ……?」
「棋士がわざと負けるなど……。棋士のプライドみたいなものがあるんじゃないのか?」
皇子の質問に対して、私はみんなに答えるように振り向いた。
「クーさんが言っていたでしょう? これは一局のほんの一面にすぎません。棋士の抽象的なプライドなど、ゴミみたいなものなのです。それを優先してかけがえのないものを失っては本末転倒。私達は石ではありません。人間なのですから。なんなら、今の選択の方が棋士らしい。そんなことも読めないで棋士を名乗っているのですかと。
そもそも、わざと負けることなどよくあることなのです。指導対局の時などは、相手に気持ち良く勝ってもらって、その上で細かい点を指導する。成功体験も大事ですからね。そうでなければ、モチベーションを失ってすぐに辞めてしまいます。
では、なぜ負けたのか。その前に、彼女について分かったことから話します」
「……頼む」
「ハッキリ言ってしまえば、三十歳の我儘な子ども。自分の思い通りにならなければ気が済まない。自分が常に一番でなければいけない、全て自分のために周囲が動かなければいけないと強く思っています。いつでも結婚できたはずなのに独身なのもそれが理由。伴侶が煩わしいから。そして、結婚したら子どもを産まなければいけないですからね。
だから、そうでない場合は癇癪を起こして何をしでかすか分からない。相手が子どもであっても、いきなり脛を蹴られたらのたうち回ってしまい、頭を踏んづけられたら、死んでしまいますからね。
だから、私は負けたのです。今攻められては、仲間が十分に揃っていないので、私達は圧倒的に不利な状況に追い込まれます。準備が整い、こちらから攻める機会を待たなければいけません。その猶予をこちらから作ったのです。もちろん、バルさんがいるので武力の問題ではありません。試合に負けても、勝負に勝つことが肝要なのです」
「……。流石だ……。改めて、センが私の参謀で良かったと思う」
「ありがとうございます。追加でもう一つ。彼女の性格から、容易に分かることがあります。彼女は近い内に皇后を殺します」
『なっ……!』
やはり、みんな驚いた。
「私達が来てからというもの、皇后から皇女にいくつか命令されたことがあり、それが気に食わなかったはずですからね。『私を部屋から追い出したアイツをなんとかしなさい!』『私のかわいい息子に恥をかかせたアイツに目にものを見せてやりなさい!』等々。
最初は適当に第一皇子にやらせたのに、またしつこく言ってきた皇后に嫌気が差し、最後に娘の勝利で喜ばせたことを手土産に、あの世に送る。『こんなバカなメスガキ一匹に、私の手を煩わせやがって』と。彼女ならそう考えます。
そして、その罪を第三皇子に着せ、殺す。それが最も効率的です。私達にとっても」
「そ、そこまで読んでいたのか……。本当に……たった一回ゲームに負けるだけで、俺達に都合が良い状況になっていく……」
「もう一つ理由があります。他の智将の私への評価も下げさせました。そうでないと、協力して上の皇子皇女を潰そうと話を持ちかけてきますからね。私達にはそんな暇も余計なリスクを負う必要もないのです」
「確かに……」
そして、まだ私は話を続ける。
このことをみんなに言いたいからだ。
「そもそも、皇女は大きな勘違いをしています。碁が強いからと言って、頭が良いとは限らないのです」
「センちゃんはよく言ってたもんね。『〇〇が強い』は、それ以上でもそれ以下でもない、ただそれだけって」
「それこそ、殿下と俺が話していたことだな。碁が強くても、将棋は苦手とか、その逆とか」
「私は逆にセン殿に言ったことがあります。腕力が強いからと言って、戦いそのものが強いわけではないと。だから、頭脳も含めてバランス良く鍛えるのだと」
「しかし、この場の誰もが、センの頭脳を測るために対局を申し込んだという笑い話があるな……。逆と言えば、頭が良かったら、ボードゲームは強いと言ってもいいんだよな?」
みんなの表情は、いつも通りになっていた。
私だって、いつまでもみんなの暗い顔は見たくないからね。
「それも知識やコツがありますからね。結局、『頭が良い』とは何か、から考える必要があります。つまり、何が言いたかったのかと言うと、あの対局自体、無意味なのに、皇女は勝手に意味付けしてしまった。その隙を私が突き、欲しい情報を引き出した上で、皇族の未来の行動を操った形になったのが、この『第一皇女意図的対局事件』の真相です」
「……。また、一つの言葉に複数の意味を持たせてきたか……。よし! 俺は安心した! みんなもそうだな!」
『はい!』
みんなの返事と共に、リアラ皇女が私に抱き付いてきて、私も抱き締め返した。
「お姉様、大好きです! これほど何度も心が揺さぶられるなんて……。私が碁のことをもっと知っていたら、対局中もハラハラしていたのでしょうか」
「みんなごめんね。少しの間だけでもがっかりさせちゃって。本当は石を初手から並べて解説したいけど、この場では先生しか完全に理解できないから省略するね。私が勝勢になる場面は三回あったんだけど、どれもスルーされたんだよね。それらをわざとスルーする場面でもないことと彼女の性格から、完全に気が付いていない、私とは実力差が覆せないほどあると結論付けた。
私の見落としや油断があるだけかもしれないから、あれから頭の中で何度も検討してるけど、間違いない。あの局面、一万回やっても一万回私が勝つ」
「セン先生、一つだけ。天元には簡単に繋げられたと思っていいか?」
先生の質問に、私は頷いた。
「うん。そもそも、向こうは罠を張ったと思ってるけど、私にとっては罠になってなかったんだよね。右下隅三十五手先に、左上隅の『キリ』が私の先手になって対処できないから。そうすれば、上辺だけで大差、私の『中押し勝ち』になる。
そして、彼女の性格から、この対局を思い出して検討することもない。私を取るに足らない存在だと認識したから。一度そう認識したら、絶対に覆さない。自分が間違っていたと認めることになるから。それが彼女にとって最大の屈辱だから」
「……。三十五手先は、検討しても誰にも読めないのでは……?」
「ち、父上もセンの実力にご安心したかと思います。セン、明日は夜に父上の移動と考えていいか? 婚約破棄のあとだろうし、誰かに見られてもマズイだろう」
「基本はそうですね。ただ、時間によっては、建物強度の確認の時間がなくなるので、その次の日になる場合もあることはご承知おきください。その場合は報告に参ります。親書については、このあと作って午後の健診時にご確認いただきます。ただ、私達はこれから昼食なので、先生の到着時間に伴い少し遅くなります。もしかすると帝都の状況によっては昼食も」
「分かった」
それから、私達は昼食に向かい、戻ってきて親書を作成した。
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