パスード病の流行
俺たちはセンタルの街のはずれの古民家を借りることにした。
俺、リオ、イルファ、ラキスとさすがに四人が宿屋に泊まるのは経済的じゃない。
それならいっそ部屋数の多い安い民家を借りたほうが安上がりだろうという計算だ。
一人一部屋あるのも落ち着くことができて気が休まるだろう。
「おはよう」
「おはようございます」
炊事場で朝ごはんを作っている早起きなイルファに挨拶した。
イルファのつくる料理は肉と野菜のバランスが良くて味も美味しい。
食堂のとは違って家庭料理というのか、優しい味わいである。
「ラキスは?」
「表で剣の稽古をしていますよ」
ラキスは冒険者稼業はやめたものの、いざという時は俺たちを守るために鍛錬を続けている。
俺は外に出て素振りをしているラキスに挨拶した。
「おはよう。朝から精が出るね」
「おはよう、ライド。早朝の鍛錬はいいぞ。体だけでなく気持ちも引き締まる」
騎士として生きてきたのもあって自己鍛錬が趣味みたいになっているのもありそうだ。
ストイックなラキスらしい。
俺は井戸から水をくんで顔を洗った。
ひんやり冷たい水が気持ちいい。
家にもどるとイルファが「そろそろ出来上がるのでリオを起こしてもらえますか?」と言うので俺はリオの部屋の扉をノックした。
想像どおり返事がなかったので扉を開け、毛布に抱きついてむにゃむにゃしているオオカミ少女の肩を揺すった。
「おーい、リオ、朝だぞ。朝ごはんももうできるってさ」
「むにゃ……もう食べられないよ……」
「そうか、じゃあリオの分は俺が食べてしまってもいいんだな?」
「むにゃ! ダメ、リオのはリオの!」
食い意地だけは張っているリオは眠たそうに目をこすりながら大あくびをした。
居間に行くとすでにイルファが料理を並べていて、ちょうど稽古を終えたラキスももどってきた。
それぞれに席について、遅れてきたリオが着席すると同時に朝ごはんとなった。
「いただきます!」
生まれたときから孤児の俺にはまるで家族がそろって朝食を取っているような光景が新鮮に感じられた。
今日は治療院のベクター先生のところへポーションを卸しに行く予定だった。
イルファのおかげで作れるようになった緑がかったポーションは治療院に卸してそこで販売してもらうことになった。
販売価格は金貨四枚。
通常の金貨三枚に対して効果三割増しということですこしいい値段で販売してもらっている。
俺にリオ、イルファが治療院に同行し、ラキスはグローブの武器屋で鍛冶師の修行だ。
治療院の戸を開けると何やら慌ただしい空気が流れてきた。
「ベクター先生!」
「ん、ライドくんか。おはよう」
「おはようございます。なんだか慌ただしいですね」
ベクター先生はソファに横になっていた患者に簡単に言葉を交わし、立ち上がった。
治療院は入り口から向かって右側と左側に入院患者用のベッド付きの部屋が用意してあったはずだ。
それが受付のある入り口のソファにまで患者が寝ているというのは異常だ。
先生の弟子である見習いの治療師たちも忙しそうにしている。
「君はパスード病を知っているかね?」
「パスード病……たしか流行り病でしたか」
「その通りだ」
「ライド、ぱすーどびょうってなに?」
物知りなイルファは知っているだろうがリオは知らないようだった。
ベクター先生は白髪の口ヒゲをさすりながら丁寧に説明してくれる。
「パスード病は病気の一種で厄介な風邪、といえば分かりやすいかね。高熱が出て全身がだるくなり、下痢や嘔吐もする。長引けば一ヶ月間は療養する必要がある。感染力もあって厄介だが、唯一、救いだと言えるのは悪化しても十分な睡眠と食事さえ取っていれば命を落とすことはほとんどない、ということくらいか」
簡潔な説明にリオは「なるほど……」とうなった。
自然の中で生きてきたブルーウルフのリオにとって、病気というものの概念が分かりづらいのかもしれない。
自然界ではケガを負ったり病気にかかれば、それはそのまま死に直結する。
「パスード病が流行っているのですか?」
「ああ、見ての通りだ。今まさにこの街で流行り始めている」
「薬はないんですか?」
「特効薬はあるにはある。だが、作るには雪見草が必要なんだ」
「雪見草?」
「雪見草はアード山の中腹に群生している草花ですね」
「その通りだ」
イルファが補足してくれたおかげで特効薬を作ることが簡単でないことを理解した。
アード山。
このセンタルの街から北に行ったところにある険しい雪山だ。
標高が高くなるあたりから雪風が吹き荒れ、侵入者に襲い掛かる。
人間が足を踏み入れるには厳しい環境に生息している雪見草が治療薬の材料になっているわけか。
死に至る病なら無理じいしてでも取りに行くべきだが、命を落とす可能性が低い病気なら最大一ヶ月間、苦痛に耐えれば済む話ではある。
「アード山は険しい雪山だ。屈強な登山者でさえ命を落としかねない場所へ雪見草を取りに行かせるべきか、治療師として判断が難しいのだよ」
「たしかに、難しいところですね……」
ベクター先生と一緒に難しい顔をしていた俺に、横からリオがのん気な声で言った。
「ボクが取ってこようか? 寒さに耐性あるし」
「え?」
「ブルーウルフは寒さに強いからね。暑いのはダメダメだけど~」
そうか! たしかに言われてみればブルーウルフは元々、寒冷地に多く生息するモンスターだった。
だからブルーウルフであるリオには寒さへの耐性がある。
しかも、リオとテイムの契約をしている俺にも耐性が共有されているはずだ。
俺とリオならアード山の雪嵐にも耐えられるかもしれない。
「ベクター先生、俺とリオが雪見草を取ってきます!」
治療師であるベクター先生はもちろん、心配性のイルファも止めたが、目の前で苦しんでいる人々を助けることができるなら力になりたい。
俺は絶対に無理をしないことを条件に二人を説得し、同じくラキスにも報告と説得をしてリオと一緒にアード山へ向かうことにした。




