1 王子と聖女
人々が憧れ、夢想する綺羅びやかな王宮。その片隅には1軒の屋敷がある。
屋敷の造りは新しく、手入れは隅々まで行き届いている。しかしそれは王宮の最奥、他の建造物からは離れた場所に建てられており、周囲は木々で囲まれている。
屋敷の1室には、男性が静かに横たわっている。
横たわる彼の姿は異様で、全身を包帯が覆い隠しており隙間からは真っ赤な皮膚が顔を覗かせている。
そんな彼の名前はスヴェン。王国の第2王子で私の許婚だ。
「婚約、ですか?」
「あぁ、この前話を頂いてな。悪くない話だからと早々にお受けしてきたんだ。」
1ヶ月前、天気の良いお昼下がり。私は上機嫌な父母に呼び出された。
「お相手はどのような方ですか?」
「王族の、しかも第2王子だ。」
「第2王子というと、幼少のころから病に伏せられているというあの?」
「そうだ。聖女の家系であるお前にスヴェン様をぜひ支えてほしい、と頼まれてな。」
「たしかに聖女の家系から王家に嫁がれたかたは多くいますけれど…私達も聖女の家系といっても、分家の末端。そんなお話がくるとは思えません。」
父と母は昔から人を疑う、ということを知らないお人好しだ。先祖が残した財産もほとんどを貧しい人々のために、と惜しみなく与えてしまい貴族の肩書も今では名前だけだ。
「大丈夫。側近が持ってきてくださった書状もある。見てご覧、陛下の名前も書かれているだろう。」
「…本当ですね。」
「あぁ、本当だとも。…王宮での生活は決して楽ではないだろうが、王子を支えてくれるか?」
「分かりました。」
すでに返事はされてある。今更断ることも難しいだろう。それに父と母が私の幸せを望んでいる、という事は何よりも分かっている。
だけれど、その日の夜は少しの期待と大きな不安でうまく寝付けなかった。
それからの短い日々はあっという間に過ぎ、約束の日の朝、時間丁度に王宮から迎えが来た。
そして始めて彼と顔を合わせた。
「こんな時間に誰だ。部屋には入るなと言っただろう。」
彼の容体は思っていたよりも重篤らしい。
物音で気が付いたのか、彼はうっすらと目を開ける。声は弱々しく生気がない。
「はじめまして殿下。アンナと申します。不遜ながら殿下をお支えするよう陛下に命じられ参りました。」
「父上から…?」
「殿下を心配されて、陛下が内密に婚約者を探しておられたのです。」
殿下は眉をひそめていたが、従者から一通の封筒を受け取ると「この場所を教えた、という事は本気なのだろう。」と溜め息をこぼした。
「陛下には私よりも、ご自身のお身体のために時間を使ってください。とお伝えしろ。」
「陛下もどこか悪いのですか。」
市中でそんな話を聞いた覚えはない。道中で見た人々の表情も平穏そのものだったが。
「私の病が、陛下を蝕んでいるんだ…。」
「私を診ていた医者も、この屋敷の従者もできうる限りを陛下の元へ行かせた。お前も私に構う暇があるのなら陛下の力になってくれ。」
殿下の声は震えており、噛み締めた唇からは真っ赤な血が流れ落ちた。
(これからどうすれば良いのだろう。)
従者の後に付いて部屋を出て、屋敷の裏にある小さな庭園で風に吹かれる。
彼の元にいたとしても受け入れてもらえそうにない。かといって「陛下の力になってほしい」と言われても、私に医療の心得はない。早速八方手詰まりだ。
「こんにちは。ここのお花は綺麗よね。」
「あなたは?」
「私はカリン。時々ここへ遊びに来ているの。」
よく手入れされたバラの低木を眺めていると、不意に見知らぬ少女に話しかけられる。女中の様相をしているが、そのみめかたちはバラの花にも負けないくらいに輝いている。
「殿下はお元気?」
「いえ、あまり。」
「そう。陛下が倒れて、ここの皆を陛下の元へ行かせてしまって、大変だものね。
でもこれからはもっと大変だと思うわ。今は強がっているみたいだけれど、今の人数じゃ前みたいにお手入れも治療もできないもの。」
背後の屋敷を振り返る。中では数えるほどしかいない従者が絶え間なく走り回っている。
「だから、あなたが助けてあげてね。」
「私でいいのかしら。大したことはできないし、…殿下には、あまり良く思われてなさそうだったけれど。」
「もちろんよ。あなたが殿下の側で支えになること。それが陛下の望みなんだから。」
少女は可憐に笑う。その姿を見ていると頭に絡みついていた悩みも迷いも解けていく。
「ありがとう。私、頑張ってみる。」
「いいのよ、応援してるわ。」
私にはやるべきことがある。そう気付かせてくれた少女に礼を告げると、私は足早に屋敷へと戻る。
「どう足掻いても、もう陛下は助からない。だから、国王選挙までには…。」
少女がパキリ、とバラを手折ると1枚の花弁が風に舞った。
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