第一話 ハングリー・ベイビーボーイその⑨
その日の夜、オレは部屋にある小さなガラステーブルの前に座って考えた。テーブルの上にはメモ用紙とボールペン。用紙には一昨日タイちゃんが行ったという店の名前が書かれている。
クレープ屋、たこ焼き屋、たいやき屋、カレー屋、定食屋……。ホント結構食ってるよな。だが、まあ…カレーと定食以外は軽食の部類に入るからな。特に駅前にある店ばかりだから皆食べ歩きしたりしてる。
問題があるとすれば、ここに書いてある店だろう。しかし困ったことに、全部の店の情報が無い。
「あの店は適当に商売をしている」とか「あの店の衛生管理はなっていない」等のような情報…噂でもあればなぁ。
オレはテーブルから目を離し、その場に寝転がる。
あれこれ考えても何も進展はしない。
そういった時ってどうすればいいか知ってる?
「行動あるのみ」だよ。オレみたいに金もコネも無いガキならなおさら、ね。
しょーがない。明日から店の手伝いは少し遅らせよう。ウチの店のため、強いては商店街全体のためになると言えば、親も何も言わないだろ。
翌日。学校が終わってもオレは家には帰らず、駅前の噴水公園のベンチに座っていた。公園にはオレ以外学生はいなかったけど、周りには下校中のガキがいっぱい。ゲーセン、カラオケ…世の中にはだらだらと過ごせる場所がいっぱいだよな。
ベンチの背もたれに体重をいっぱいにかけて、空を見上げる。うすらぼんやりとした明るさ。
さてと…。まずはどの店から行ってみよう。一日で全部の店を見ておきたいが、そう上手くは行かないんだ。クレープ屋「バビロン」も、たこ焼き屋「タコ太小太郎」も、たいやき屋「ているや」も、屋台の…詳しく言ったら屋台形式の移動店舗だから、いつでも同じ場所にあるわけじゃない。ここに来るのが曜日なのか時間の問題なのかさえもオレには分からない。
でも、公園にずっといても意味は無い。立ち上がり、駅前の雑多な道を散策する。
幸運なのか、普通なのか、すぐに「バビロン」は見つかった。人通りの多い場所を狙って、道路脇に店舗兼移動手段のケータリングカーを停めてある。
オレも二人の女子高生の後ろに並ぶ。
オレが頼んだのは「バビロンWエース」ってクレープ。チョコとバナナとイチゴとバニラアイスがぎゅうぎゅうに詰められてんの。まったく……常日頃から頭と体使ってるから、甘い物が食いたくなるのは仕方ない。
味はふつうに美味い。クレープってのも久しぶりだったけど、これなら毎日食ってもいいかもな。
と、そこでオレは重要なことに気付く。食べるならタイちゃんと同じ物の方が良かったのでは?ってね。一瞬やっちまったと思うが、すぐに立ち直る。かんけー無い、そう思って。同じ店の物なんだから何を頼んでも一緒さ。それにオレはタイちゃんが何を頼んだかも知らない。
あ、あと。一応オレの「能力」を使ってみたけど、異常は無かった。このクレープがあと数時間で食えなくなるってことが分かっただけ。つまり「食べられる」ってこと。
激甘かもしれないが(クレープなだけにね……スマン)、ここは一旦「白」ってことにする。クレープ作って売ってたのが、まんまると太った髭もじゃなおっさんってとこ以外減点するところもない。かわいいおねえさんだったら完璧白なのに。
さて、順当に行くなら次はたこ焼き屋だが………。
周囲を何遍も歩き回ったんだけど、たこ焼き屋「タコ太小太郎」もたいやき屋「ているや」も今日は来ていなかった。
あとはカレー屋「ガーネシア・エレバンティス」だが……、カレーを食う時間も金も無い。かといって店に戻るには早く感じた。バイトとかでも一分遅れたら時給三十分間分引かれたりするだろ?それと同じ。遅れるなら上手く遅れないとな。
クレープもとっくに食い終わり、スクールバッグを肩からだらしなく落としたまま、オレは駅前の噴水公園へと向かった。日は暮れかかって公園全体は薄暗い。この時間じゃまだ街灯は点かない。
何も考えず、ただボーってするのって結構大事だと思うし、オレはそういう時間が好き。横長の木製ベンチに座る。正面には噴水。
「はあ」なんとなくだがため息を吐いた。色々と歩きすぎたのかも知れない。座った途端、疲労が前面に現れてくる。
そのとき、隣に気配を感じた。だるく首だけ動かすと、隣のベンチにいつぞやの(年下っぽい)女子高生が、以前見たときと同じように本を読んでいた。目が悪くなる。やはり以前と変わらぬ感想。
またあの子か。頻繁にここに来ている訳ではないが、あの子は毎日来ているのだろうか。視線がばれないように、何を読んでいるのかと本を確認しようとする。暗いので目を細めて見る。
プライバシー?最近の女子高生が一体どんな本を読んでいるのかあんたは興味ないのかい?え…。別にやましい考えからじゃないさ。少なくともオレはね。
見たところ文庫本っぽい。でも小説の文庫本より若干小さい。なんだろうか。より集中して本を見てみる。
ようやくタイトルが判明する。
前にも言ったように、隣に座っているのは今時珍しい清純派の黒髪ロングな可愛らしい子なのだ。オレは勝手に小説だと、それも恋愛物か難しい純文学かと思ってた。公園のベンチで読んでんだ。そう思うだろ?
その子が持っていたのは……!なんて……なんてこった!その子が持っていたのは!
「ジョジョの奇妙な冒険Part3スターダストクルセイダース」(集英社文庫〈コミック版〉14巻)だったんだぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!
し、信じられねえ……。女の子が、ジョジョだって?しかも……ジョジョだって(スマン、混乱してるぜ)?くそ……貧弱な(貧弱貧弱ぅぅぅ!)ケータイ小説の文庫かと思ってたのに。なんつーオラオラパンチ……。そしてあの巻は、「セト神」のアレッシーとギャンブラー・ダービーが出てる巻じゃあないかッ(ダービーは一番好きなキャラだ。他にもポルナレフが幼児化して大ピンチなry)!さすが承太郎……その魅力は現代の女子高生にも通用するぜ!
余談だが、作者と同じクラスの女子はジョジョの絵を見て「え~、なんかキモーイ!」と言ったんだ。無論その女は殴り殺したがね(殺してないです。説教してやっただけです。あの頃が懐かしい)。
もう分かるだろうが、オレもジョジョファンなんだ。隣の子に一気に親近感を覚える。
「何か?」
驚きのあまりベンチから滑り落ちそうになる。どうやらオレの視線がすごすぎたらしい。不審そうな目で女子高生がオレを見てくる。
「い、いや……」しどろもどろなオレ。
姿勢を正し、どうにか怪しまれない言い訳を考えた。この子をではないが、ガン見してたのは事実だしな。どうしよう。
その時、あることを思い出した。最近知ったあの話。
公園に現れるという「情報屋」の話を!
この子がその情報屋の可能性はあるだろ。これなら訊いても怪しくないし、ガン見してても怪しくないよな。「おい、情報くれ」キリッとした態度でオレは訊いてやった。
……いや、怪しいだろ---!!!何言っちまってんだオレは!情報屋なんてこの世にはいないのに、何が「これなら訊いても怪しくないし」だッ!むちゃくちゃ怪しいわ!
オレはすごく後悔した。この子は同じ高校の生徒なんだ。明日にはオレのことをクラスの皆に話して、オレは後輩どころか同年代の奴らにまで指を指され笑われるんだ!
「どういった情報ですか?」
「へ?」
少女は怪しむことなく、どっちかって言えば真剣な口調でそう聞き返してきた。
「ですから、どのような情報が欲しいんでしょう」
「は、あの……もしかして、情報屋さんでしょうか?」
リアルの情報屋?もしもこの子が本当にそういう存在で、自らそう自覚していたとしたら、とんでもなく痛い子だぞ!
「情報屋?なんですそれ?」眉根を寄せる少女。
ホ。やっぱね。情報屋なんていないよね。でも、さっき言った言葉が気になる。
「いや……えーと、だな」分からないけど、慎重に言葉を選ばなければならない気がする。
えーと………だな。
「情報くれ」それしか出ねーや(笑)
「ですから、どのような」
若干イラついてる感じの女子高生。
しょうがない。欲しい情報なんて一個だ。バカにされるのを覚悟して、オレは少女に訊いた。
「クレープ屋『バビロン』、たこ焼き屋『タコ太小太郎』、たいやき屋『ているや』、カレー屋『ガーネシア・エレバンティス』についての情報をくれ」
少女は一瞬考えるような表情になり、じっとオレを見つめてきた。なんつー超展開だ……。
と、そこで少女がオレに右手を差し出してきた。手のひらは上を向いている。何かを渡せ、そういうジェスチャでもよく使われるよな。
「な……、まさか金か?」オレの顔が引き攣る。
おいおい。いよいよ怪しい展開になってきたぜ。援助交際もいかんが、こういった金の稼ぎ方も十分いけないんじゃあないのか?
「お前な……」最近のガキは……(オレの一個下だが、野暮なことは言うなぃ)、一発叱ってやらねえとな。そう思い身を乗り出す。
が、少女はおかしなものを見るような目でオレを見上げ、こう言った。
「お金なんて取りません。私はプロでもなんでもないんです。お金を取れば、自分自身の情報に責任を持たなくてはいけなくなります」冷静に、無表情で言ってのける。
拍子抜けし、ベンチに腰を下ろす。「じゃ、何を渡せばいいんだよ」やけになって訊いた。
「なんでも良いです。貰うのは形だけですから」
「形?」
「そうじゃないと、私だけ損してるみたいじゃないですか」
あ、そう。案外しっかりしてんのね。
オレはスクールバッグを開き中からある物を取り出した。何でもいいんならこれでもいいだろ。取り出した物を少女に投げ渡す。
びっくりしたようにそれを受け取る。
「これは……」
「知らないの?『ブラックサンダー』だよ。美味いよ」バカらしくなって笑って言った。完全にナメてるだろ?
「ブラックサンダー 黒い雷神」は今でこそテレビとかでも紹介されてて有名だけど、そんなのこっちは四歳の頃から知ってるってのな?三十円ぽっちの駄菓子だけど、マジで美味いんだ。な、こういった駄菓子はずっとオレ達だけの物にしてもらいたいよな。
安いし、美味いから、学校行くときはいつも何個か常備して行く。これならやったって痛くも痒くもない。
「それじゃだめ?やっぱもっと高価な物が良いだろ?」見下したように言う。
少女は珍しそうにブラックサンダーを見つめ、「これでOKです」と言い、正面を向いた。
いいのかよ。
ま、たかが、ブラックサンダー一個の情報だ。期待せずに聞かせてもらおうっと。
公園にはそろそろ人が集まってくる。色んな人間がな。それは、オレとこの少女だって例外じゃない。