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第一話 ハングリー・ベイビーボーイその⑧

 七時を回ったぐらいかな、タイちゃんは普通に店内に入ってきた。あまりに普通だったんで、オレは「いらっしゃいませ」って言ったぐらいだ(ん?これが普通か)。で、すぐに「タイちゃん!?」と声を出してしまっていた。

 「お、サクト。今日もお手伝い偉いな」のんきそうに笑いながら、タイちゃんは言った。

 「ちょ…大丈夫なの?」

 「ええとー…トンカツ定食で」

 「いや、話聞けよ!」

 タイちゃんに気付いたのか、オレの声に気付いたのか、厨房から親父とおふくろが顔を出す。タイちゃんを見るなりすぐにこちらにやって来る。

 「タイちゃんもう大丈夫なのかい?」心配そうにおふくろが訊く。

 「腹壊したって聞いたけど…」こちらも心配そうな親父。

 「腹?ああ!知ってたの?商店街すげえなー」

 感心したように、緊張感無く言うタイちゃん。何だか、オレらが思っていた反応と違う。一発怒鳴られるかと思っていたのに、ゆるい返事しか返ってこないことにオレはイライラし、顔を近づけて言った。

 「そうじゃなくて!ウチのメシが原因で腹壊したんだろ!?」

 現在客はタイちゃんしかいなかったので、オレは思いっきり言ってやった。妙にスッキリとする。言った瞬間親父とおふくろが緊張したのが分かった。

 一瞬ポカンとした表情になるタイちゃん。が、すぐに「はあ?」と驚いた顔になった。

 「ちょっと、何でそうなるの?確かにオレは腹壊したけど、その原因がここにあることにはならねえだろ」

 「だって、ここが最後に食事した所なんだろ?」おかしいだろ?何でかオレは、自分ちを犯人にしたがっている。良い気分ではなかったが、タイちゃんが気を遣って発言しているとしたら、そっちの方が嫌な気分だ。悪いことは悪いと指摘してもらわないと、一生直んないだろ?

 タイちゃんはまいったな、と困ったように頭をかいた。椅子に座ったまま親父とおふくろ、そしてオレを交互に見上げる。

 「親父さん達もそんな風に考えてるの?」

 親父達は何も言わなかった。ただ複雑そうな表情を浮かべてるだけ。逆にそれがタイちゃんへの返事ともとれた。

 「ちょっと…、親父さん達が気にすることなんてまったくありませんから!」

 タイちゃんは安心させるためか、大きく笑いながら言った。なんだかな。タイちゃんがこういう態度とればとるだけ、親父達のテンションが下がっていってる気がする。

 「けどよぉ…」親父はまだ表情を変えない。

 「はぁ。だったら、よく考えてくださいよ。オレは確かに腹の調子悪くしましたけど、それはここで食事してから何時間も経った後なんですよ?本当にヤバイもん口にしたんなら、その場で症状出てるでしょ。こんなこといちいち気にしてたら、誰もメシなんて食えないッスよ」

 タイちゃんのその言葉で、ようやく親父達も納得というか、安心したのか、表情を和らげた。

 「でしょ?そうじゃなけりゃ、またここにメシなんて食いに来ませんよ」

 その言葉が決め手だった。親父達は完全に安心したらしく、タイちゃんに一言謝り、前と同じようにタイちゃんと接した。「今日は代金はいらない」って調子のいいことまで言っちゃって。タイちゃんは慌てて首を振ったが、親父が全く引かないと理解したらしく「すいません」と笑いながら料理ができるのを待った。

 このままいけばメデタシ、メデタシで終われるんだろうが、それは親父達だけの話。残念ながらオレはそうはいかない。料理を待っている間、オレはタイちゃんの向かいの席に座り一昨日のことを聞くことにした。

 「一昨日?」

 「そう。一昨日タイちゃんは腹壊したんだよな?」

 「まあね」

 「ウチで食った後、何か口にしたりした?」

 「え?…あー、どうだったかな」

 「できるだけ細かく思い出してほしいんだ」

 重要なところだ。タイちゃんは何でもないと言うが、人間が訳も無く腹を壊したりするだろうか。ま、そりゃ急に腹痛は起こったりもするが、タイちゃんのそれはレベルが違う。何か理由があるはずだ。その最も大きな、それでいて真っ先に疑われるのは、何を口にしたか、だ。オレんちの料理が原因でなかったら、それより後に食べた物に何か原因があるんじゃないか?

 ここでタイちゃんが、「コンビニで買った腐りかけのバナナを食べた」なんて言ってくれたら、この話もこれで終わったのにな。そう簡単にはいかないのが現実ってやつ。

 「いやあ…ここで食ったメシが最後だったなぁ」

 「そっか…」

 「あ、でも、あの日は他にもけっこう食べたかな」

 「え?他にもって、この店以外にもってこと?」

 「そう」

 「それって、どこかな?教えてくんない?」

 「ええと、ね…」

 タイちゃんから聞いた店の名前は

 

 クレープ屋「パビロン」

 たこ焼き屋「タコ太小太郎」

 たいやき屋「ているや」

 カレー屋「ガーネシア・エレバンティス」

 定食屋「笹の葉」


 の五つだった。

 「…ってか、食いすぎだろ!」

 「しょうがないじゃん。オレその日、朝から何も食ってなくってさー。昼間この近くで仕事あったから、昼飯にカレー食べて、夜にここで食べたわけ」

 なんだか、ただのタイちゃんの食いすぎに思えてきた。

 「ん?この近くでってことは、今言った店ってこの近所なの?」

 「あれ、知らないの?クレープとたこ焼き、たいやきは駅前でたまに出てる屋台で買ったやつだよ。カレーはここの商店街で食べたっけ」

 駅前で色々な屋台が出たりするのは知っていたし、何回か見たことあったが、商店街のカレー屋で「ガーネシア・エレバンティス」なんて名前聞いたことない。オレはこの商店街で育ってきたんだ、知らない店はないはずだけど…。


 もやもやした感じは治まらなかったが、けっこう情報が入った。また後で色々考えてみよう。

 そこから先はオレも作業に集中。客の相手して、片付けしたり。

 一回忙しい時間帯があって、気付いたらもうタイちゃんは帰ってた。片付けようとテーブルを見たら、トンカツ定食の代金がきっちり置かれていた。


 …なあ、オレがやろうとしてることは無駄なことだろうか。もう全部が終わったと言っても良い。それなのにオレは犯人探しみたいなことをやろうとしてる。

 確かに無駄かもしれない。もしかしたら、傷つくのはやっぱり自分なのかもしれない。どっちにしたって誰か傷つくのかもな。

 でも、やんなくちゃいけないとも思うんだ。タイちゃんが口にしたのは全部この商店街のもので、その周辺のものなんだから。また何かが起こったら、今以上に傷つく人間が出るかもしれない。何より、オレははっきりさせたかったんだ。

 自分自身が納得するって、最も大事なことだと思わないか?あんたも何かひっかかることがあるんだったら、すぐに解決したほうが良いよ。もう少し時間が経っちまうと、そんなこと解決する暇も、オレ達には無くなっちまうんだから。

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