第一話 ハングリー・ベイビーボーイその⑥
それから三日が経った。三日もあれば、オレに起こった異変が病気ではなく、「力」だということにじっくりと気付けた。
いいか。「力」だぜ?分かりやすく言おうか?
「超能力」!「特殊能力」!そういったカッコいいやつだよ。
スーパーで色々な食べ物、食材を見た日から、家でも実験みたいなことしてみたんだ。「能力の把握」みたいなさ。
そこで分かったオレの力!それは…
「食べ物の賞味期限が分かる」
というもの!
………
スゴくね!?マジやばいよ!生の野菜だろうと、ラップされた肉だろうと、見ただけで分かるんだ。そして、そういった「食材」だけじゃない。すでに調理された「料理」にもこの力は有効に働く。
そんなの、商品に貼られてるシール見りゃ一発じゃん…って思ってるあんた。甘い。甘いよ。みたらし団子に餡子とアイス乗っけて食うくらい甘いよ!
いいか?オレのこの力は、賞味期限が分かると言ったが、ちっぽけなシールの様にただ日付だけ分かるってもんじゃないんだ。オレのはそんなんじゃない。
オレには、その食べ物が「何時、何分何秒で食えなくなる」かが分かるんだよ。実際にそういった数字が視覚で分かるんじゃく、頭に入ってくるんだ。
まあ、つまりだな、食えるか食えないか迷う食い物ってあるだろ?何時間か経った刺身とか、弁当とか。食っても大丈夫か?ってなるよな。賞味期限見る限りまだ大丈夫だけど…ってさ。
今のオレにそんな迷いは一切無い!何故なら分かるから!
少しややこしくなるけど…、店で買った食べ物とかには結構賞味期限は記載されてたりするだろ(消費期限じゃあないよ)?でも、その日を一日過ぎたくらいじゃあ食い物は駄目になったりしない。なら、その賞味期限以内なら食っても絶対に大丈夫!…ってことにもならない。だろ?いくらそれが今日作った物だとしても、作る段階の卵やら、野菜やらが傷んでたら、その時点でアウトなんだから。でもそれは食ってみるまで分からないことが多い。
だが、オレにはそれが分かる。食べ物として「生きている」、「死んでいる」が見抜けるんだ。しかも半端ない正確さで。想像しにくいかもしれないが、食べても大丈夫な物でも、いつかは駄目になるだろ?駄目になる瞬間さえもオレには分かる。「あ。あの料理、あと一秒で食えなくなるな」、そんな具合に。
実際それも試してみた。駄目になった瞬間の食い物を食ってみたらどうなるか?結果は予想通り、少ししたらトイレに引きこもったよ。逆に、けっこう時間が経った食べ物でも、その(駄目になる)瞬間さえ過ぎなければ、食べても平気だった。
そうなると、一番最初に違和感を覚えたケンゴのから揚げにも理解がいく。あれは、あのから揚げが既に死んでいる料理だったからだ。事実、ケンゴはその後トイレに駆け込んだし。だが、それで学食のおばちゃんは責められない。だっておばちゃん達には分からないからな。鶏が駄目だったのかも知れないし、調理する過程で何か悪い要因が入ったのかも知れないし。そういうの、おばちゃんには分からないし、あんたにだって分かんないだろ?
だが、オレにも見抜けないものってのはある。食材や料理等には無類の強さを発揮するんだけど、調味料とかにこの力は無力だったんだ。マヨネーズや醤油、塩・コショーとかね。あれは腐ってても分からない。他にも、小麦粉、パン粉とかも分からないし、何よりその食べ物を実際に見ないと分からなかった。袋や紙に包まれた食べ物は分からないし(ポテトチップスなんかの菓子類全般だな)、テレビとかに映る料理も分からない。
あと、「人為的」な理由で食べられなくなった物も見抜くことはできなかった。毒が混入されてる物とかね。これも試してみた。さすがに毒物は手に入れられなかったので、絶対に口に入れたら駄目な何か(洗剤とかさ)をキャベツの切れ端と混ぜたりしたが(食べ物は粗末にしたら駄目なんだが…)、相変わらず、「食べられる」と判断していたからな(もしかすると本当に食べられたのかもな。口にしたくねーけど)。
なんにせよこの力、必要な場所では重宝されるんじゃないか?特にフードサービス業界や食品工場とか。ま、オレにしか分からないからそこは信頼関係なんだけど。
有頂天だった。オレには他の奴らには無い、特別な力がある。そう思っただけでわくわくした。毎日が笑顔で満たされていった。
それでいて、副作用みたいなものも無かった。前までは常に食べ物を気にしていたが、この力を理解することでそんなこともなくなった。使いたい時に力は使える。
商店街の八百屋の前でトマトを見る。緑色のへたに真っ赤な実。かわいらしくみずみずしい野菜。
このトマトはあと二日と十四時間三十六分二十五秒で食べられなくなりますよ。何もおかしくないのに、オレは声を出して笑ってしまっていた。
オレが能力に覚醒してから(覚醒だって!かっけー!)数日後。
いつものように学校から戻り、家へ帰って来ると、親父とおふくろがやや真剣そうな、どちらかと言えば困ったような顔をして店の椅子に座っていた。
「?どしたの、変な顔して」毎日が楽しいオレには、両親が何故こんな顔をしているのか理解不能。
「サク、タイちゃん知ってるでしょう?」おふくろが訊いてくる。何か沈んだ声。
「タイちゃん?知ってるよ。ウチの常連じゃん」
タイちゃんてのは、今言ったようにウチの常連さん。名前が大成だからタイちゃん。けっこう若くて、まだ二十代の会社員。独身で、会社帰りによくウチで食べていく。よく頼むのはトンカツ定食かな。なかなかハンサムで、オレとも気軽に話をしてくれる良い人だ。多分、オレ含めて、ウチの家族のタイちゃんへの評価はかなり高い。
「そのタイちゃんがさ、お腹壊しちゃったんだって…。さっき近所の人に聞いたんだけど、食中りみたい」
「へえー、タイちゃんも大変だ」下痢とか。一日中トイレにこもったりしてんのかな。オレは靴を脱ぎながらそんなことを思う。
「それがさあ、タイちゃんが最後にごはん食べたのウチなのよね…」
「…え?」
…食中り。最後に食事したのがウチ…?
楽しくなってきた毎日の様子が変わってきた。
あんただって分かるよな?飲食店で食中毒とか、傷んだ食べ物出したりしたら、それはもう死活問題なんだ。