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第一話 ハングリー・ベイビーボーイその③

 店の仕事も終わり風呂にも入った後、自分の部屋であぐらを組み、腕を組んでは考えてみる。「う―……ん……」

 何か………変なんだ。変なのは分かる。明確に分かる。ただ、何が変なのかが分からない。

 「何で、サバの味噌煮が気になったんだろう…」ほぼ毎日見ているのに、今日に限って凝視しちまった。食いたかった?鯖を?味噌煮を?客の食いかけを?ありえん。

 まだそれだけならいい。ここまで気にはならない。だが、昼間のケンゴのから揚げのこともある。一日に、訳も無く食い物のことが気になるなんて。それも無意識にだ。

 「…飢えてんのかな」

 口に出してみてバカらしくなる。現代日本でこんな妄想する奴なんて、発展途上国行ってハイになってるバカか、オレくらいのもんだ。

 オレが飢えてるのは女の子だけ。オレだけでなく、全国の健全な男子高校生全員に言えることだろう。夜中、ケータイに入ってる女子のメモリ数と男子のメモリ数を比較して愕然とするのさ。

 …空しくなって考えるのを止めた。

 仰向けに寝転がり、白い天井を見上げる。わかんねー…。今日のことも、オレの繰り返される毎日も。

 「あ…」ばっと起き上がる。「宿題出てたんだった…」

 目覚まし時計を見てみる。PM11時53分。あ……………っという間に諦めた。いいさ。明日クラスの連中に見せてもらえばさ。こっちはそれどこじゃないのだ。きれいなおねえさんにではなく、他人の食いかけの食べ物に目が行っちまうのだ。これは新たな思春期特有の病気なのでは?と思うと、勉強なんてできるはずもない。

 静か過ぎる部屋の中、目の前の旧遺産、「ブラウン管テレビ」の灰色画面に映る自分をボーっと見つめながら、そんなことを思った。


 次の日。

 またしても食い物を見つめてしまっていた。今度は客が食ってる最中の刺身だった。

 途中、オレの視線に気付いたのか客と目が合ってしまう。咄嗟に営業スマイル。壊れたブリキ人形を見るような目で返された。が、それでも気になっちまう。

 やばいな。本格的に病気な気配……。


 部屋に戻り、昨日みたいに考えてみる。

 今日気になったのは、店に来た客が食ってた刺身だけだ。学校ではこんなことなかった。相変わらずケンゴもシンヤも学食でメシ食ってたけど、何も思わなかった。

 無い脳みそ絞って考えてみたけど、やっぱり何も分からなかった。何せ気付いたら見てしまっているのだ。そこに理由が無いのなら、分かるはずもない。

 「ま、いっか」

 本心を言えば「よくない」。このままほっとくのは気持ち悪い……しかし、だからと言って無い答えは探せない。口で言ってみて自分を安心させるしかない。事実、分からなくても何の問題も実害もないのだから。

 明日になれば、こんなことであれこれ考えてたことがバカらしく思うさ。自分自身を鼻で笑うと、そのまま寝た。おかげでまた宿題ができなかった。やれやれだ。


 翌日。…大変なことになった…。

 今日はほとんどの食い物に注意が向いてしまうのだ。全校生徒の昼飯全部に、だ。

 異常事態。

 視界に入る食べ物全部に反応してしまうオレの気持ち分かる?世の中って食い物で溢れてるって、改めて思わされるよ。

 「おい、どうしたんだ?キョロキョロして」

 「えっ!?」

 オレの挙動がそろそろやばくなってきたのか、ケンゴが眉をしかめて訊いてきた。その間もオレの視線はケンゴが食べてるチキン南蛮に。

 「べ、べつに…」口の端っこを引きつらせる。

 「本当か?さっきからずっと変だぞ」

 シンヤが怪しむようにオレの目を覗き込んでくる。まずい。こいつの視線にはえぐり込むような鋭さがある。オレの抱えているくだらない悩みさえ見透かされてしまうかもしれない。必死に目が合わないようにする。

 再びケンゴのチキン南蛮を見る。

 「あ、ああ…そのチキン南蛮は大丈夫だぜ」不意にそんな言葉を口に出してしまった。

 「あ?大丈夫、って何が?」ケンゴが余計に眉根を寄せる。

 「いや…ほら、食っても大丈夫…って…そ、そう!そういう意味!」

 「はあぁー?」

 …やべー。もう無視できる問題じゃないぞ。このままだとオレは変人扱いされる!

 心の中で悲鳴をあげた。


 けれど、さっきケンゴに「食っても大丈夫」って言った時、少しだけ胸がスッとした気がした。それに、今までは人の食べてる物ばかりに目が行ってたけど、今日は違う。まだ食べられていない物まで気になり始めていたんだ。


 オレがこの悩みにケリをつける核心へと近づくのは、この日の夜のことだった。

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