第一話 ハングリー・ベイビーボーイその②
残りの昼休みは特に何事も無く過ごした。ただ、ケンゴがトイレに駆け込んだくらい。大の方ね。ごはん食べてる人、ごめんなさい。
放課後になるとすぐに帰宅。ウチのガッコって、別に部活入れとかうるさく言わないんだ。家はすぐ近く、駅前の商店街にあるから商店街をブラブラしながら歩く。ゲーセン見たり、顔見知りに声掛けたり、掛けられたり。
隣にはげっそりとした顔のケンゴ。昼間あんだけ食ったのに、ほとんど出しちまったからな。まだ腹押さえて「何だろうなー、何か変なもんでも食ったかな」なんて言ってる。こいつなら拾い食いでもなんでもしてそうだから怖い。どうでもいいけど、ケンゴの家もオレと同じく商店街にある。オレは定食屋の息子なら、こいつは「肉屋の息子」だ。どう?すっげー想像しやすいでしょ。そりゃこんな体型なるわ。こんなん言ったら、全国の肉屋の息子から反論されそうだけど、しょうがないじゃん。だって見たことある?イケメン肉屋店員なんて。いたとしたって、肉屋なんて太った人間がやったほうが絶対良いに決まってる。イメージは何だって大事。暇ならこれから映画でもドラマでもマンガでも見て肉屋探してごらんよ。ゼッテー太ってるから。
ケンゴの家「肉屋肉太郎(肉太郎!?)」はオレんちのすぐ近くにある。家に着く前にあるから、そこで牛肉コロッケとかも買って帰ったりするし、店に出す肉もここの肉を使う。ご近所付き合いは大切だよ?特に商店街なんてさ。
今日は一緒じゃないけど、シンヤは商店街からは少し行ったところのマンションに住んでて、たまに遊びに行ったり一緒に帰ったりする。て言っても、一緒に帰るなんてあんまない。あいつは放課後、卓球部で汗を流してるから。シンヤのせいで、万年ガラガラだった女子卓球部が部員でいっぱいになったのは言わなくてもわかるよな。それだけじゃない、そういった女目的で卓球部に入った野郎も大勢いる。隣のケンゴもそのうちの一人。未遂に終わったけど。
オレ?ダメダメ、オレまで入ったら学校中の女子が卓球部に殺到しちまう。
…なんてね。オレも、ケンゴにも、部活に入れない「理由」がある。頭の良いあんたならもう分かるだろ?
そう。オレもケンゴも、学校が終われば家の手伝いさせられるんだ。こういうの、自営業の家の子どもの苦難だよな。だって五時までに店出てなきゃなんないんだぜ?そっから三時間、忙しい時はもっとだ。
けど、悪いことばっかじゃない。バイト代として金は貰えるし(雀の涙くらいのね!)、いろんな人とも話せる(中年のおっさんばっかだけど…)し、簡単な料理だって覚えられる(最近は料理男子やらがモテるんだぜ?弁当もオレが作ってこうかな)。ケンゴなんて肉の部位がすぐにわかったり、量り売りなんかもできるようになった。けど、まだコロッケは揚げさせてくれねんだって。
生きるうえで「役に立つ」「役に立たない」、どう思うかはあんたの自由だ。一流大出て、エリート街道まっしぐらの人間には分かんないよな。そういった奴らには無意味なスキルでも、オレらはこれで生きていくことになるかも知れないんだから。
「じゃあなサク」
「ああ、またな」
お互い軽い挨拶を交わし、肉太郎の前で別れた。店の中にはケンゴの親父さんがいて、オレに気付くと「おお!サク坊、お帰り!」と豪快に笑いながら店先に出てきた。見た目?言ったじゃん。イケメンじゃあないよ。それでも、ケンゴみたいにデブじゃない、ヘビー級のプロレスラーとか、K-1選手みたい。ゴツイ体格に店のエプロン姿。短髪で、肌は日焼けサロンにでも行ってるのかと思うくらいに焼けている。
「これ持ってけ」そう言って揚げたてのコロッケを渡される。
「ありがとう」
あつあつのコロッケを頬張りながら、オレも家に向かう。これからほとんど何も食えないから、このコロッケが唯一の体力回復アイテム。…むう、やはり旨い…。そりゃ、ケンゴもああなるか。
コロッケを食い終わる前に家の前に到着。コロッケを片付けるまで家(店)の前、商店街の通りでボーっと突っ立つ。店の前にはまだ「準備中」の札が見える。ウチは夕方は五時から営業開始。閉めるのは九時だったり十時だったりとまばら。
コロッケの最後の一欠片を口に入れ、店の入り口から中へと入る。「ただいまー」
で、二階にある自分の部屋で着替えて、一階に降り、開店の準備をする。椅子並べたり、テーブル拭いたりね。親父はその間タバコ吸いながらテレビ観たり、夕刊を開いたりしてる。雑用は全部オレがやらされるの。おふくろはおふくろで、店開けるまでドラマの再放送なんか観てる(二階でね)。と言っても、客が来ない暇な時なんかはオレも椅子に座ってテレビ観てるから、別にムカつきはしない。ただ、もうちょい時給上げろ!って思うくらい。思うだけで、口には出さないけど。
やることなくなったらオレも厨房に行ってキャベツの千切りとかしてるんだ。この作業は嫌いじゃない、キャベツ切るのって、けっこう快感なんだ。おかげで千切り上手くなったよ。
今日は別に忙しくも暇でもない、普通な日だった。最後になるであろう客が帰り、皿やらお椀を片付けている時だった。ふと、客が食べ残したさばの味噌煮に目が行った。鯖は嫌いだが、味噌煮は好きなオレは、何故かじぃっと、小さくなった鯖を凝視してしまっていた。
「?」
「おいサク!何ボケっとしてんだよ」固まって動かずにいるオレを不思議に思ったのか、親父が訊ねてきた。
「!…あ、いや…何でもねーよ!」慌てて鯖から目をそらし、片付けていく。
親父はまだ変なものを見るように、オレを見ていた。