第二話 ザ・ヘアーその⑤
「ぶわははははは!……ちょ……っと待て!ひ、ひぃ~~………は、腹痛い~!あっははははは!あははははは!」
泣きながら地面を転げまわるシンヤ。同じようにイツキも笑い転げてる。
もう分かるよな。
オレは全てを話した。隠してはいたことだが、ダチに嘘は吐かない。だから話した。
その結果がこれだ。
「おい!何笑ってんだって!本当なんだよ!」ケンゴが心外そうにシンヤを揺する。
「……っひ、く……くく。サイコーだ……さ、サイコーすぎ……上半期最高のネタ。お前ら!……ちょ・う・の・う・りょ・く?ぶ……ぶあはははははははは!や、止めろ!オ、オレの腹筋……崩壊、さすな……ひ、ひひ……」かろうじてそう言うと、シンヤは再び笑い転げ始めた。
……ケンゴはまだ何か言っていたが、オレはシンヤ達の反応はある程度予想していたので、別に何とも思わない(つっても笑いすぎだけどな)。むしろ、こうなることは分かっていたので正直に話したのだ。
普通の反応だ。残念に思いつつも、何故か安堵の息を吐く。
と、そこであることに気付く。
シンヤとイツキは爆笑しているのに、アキヒロは全く笑っていなかったのだ。立ったまま真剣な顔で何かを考えているようだった。
「アキヒロ、お前だけリアクション違うな」
オレに話しかけられ、アキヒロは一瞬ハッとする。そして笑いながら言った。「あ、いや……あー……オレにはハマらんかったな」
「そっか……」
アキヒロに肩をすくめるジェスチャをし、オレはシンヤ達の笑いを鎮めに行く。後ろでアキヒロがぼそりと何か言ったようだが、シンヤ達の笑いで聞こえなかった。
「あれを『超能力』と……?」
昼休みも終わり、午後の授業も全てこなす。まあ、まともに聞いてはいないけどね。
結局シンヤ達はオレの話を信じなかった。「超能力」の話自体を、咄嗟に吐いた嘘話だと思っているようで、「面白かったから良いけど、次は本当のこと話せよ!」と、笑いながら言ってきた。女子だったら悩殺されそうな笑顔。
それであっという間に放課後。いつものようにケンゴと学校を出る。
「なあ、何でシンヤ達は信じないんだろうな?」
「当たり前だろ。あんな話、言って信じるほうがおかしいって」
そして、オレはめんどくさそうな目をケンゴに向け、言った。
「それに、あんな話しなくても、シンヤ達を納得させる方法はあったぞ」
「……え?何それ」
「昨日お前がやったろ。オレの目の前で」
そこまで言うとケンゴも分かったらしく、目を大きくさせた。「そっかー!あいつらの目の前でオレの能力見せてやりゃ良かったんじゃん!」
そういうこと。あの時点でオレはそれに気付いてたんだけど、やったらやったで面倒な展開になりそうだったんで黙っておいた。
「オレ、今から行って見せてくる!」
「やめろって!くそめんどくさいから!」
本当にめんどくさかったので、割と本気で引き留める。
「あの時はお前の能力にばっか興味が行ってたから、気付かなかったんだな」納得したようにケンゴが言う。
すると、表情を変えオレを見てきた。ムカつく表情。直前のこいつの台詞から考えて、オレにとってあまり良いことではないだろうな。
「そーだよ……お前の能力だよ!『賞味期限が分かる』って何だよそれ!なぁ!嘘だろ?それ嘘だろ?」
……あーあ。
「嘘じゃねえよ……」
「ならオレに証明してみろよ。オレだって見せたろ」
「また今度な」
証明しようにも、オレのはケンゴのと違い、視覚で感じられないんだから証明できないだろう。まぁ、賞味期限切れのものを食わせてやったら信じるかもな。
「さすがは定食屋の息子」
その少女と会ったのは、校門を出てすぐの場所だった。その道は現在、オレ達以外下校者は見当たらず、そして買い物帰りの主婦だとかも通っていなかった。その中で、電柱に何かを貼り付けている少女は、やけに目立った。
「何やってんだ、あれ」ケンゴが少女を見ながら言った。
「電柱に何か貼り付けてるな……紙か?」
進路上横切らなくてはいかなかったので、オレ達はその少女に近づいていく。
「あれ、すぐ近くの中学校の制服だぜ」
ケンゴの言うとおり、少女は制服を着用していた。あの制服にはオレにも見覚えがあった。優等生ばっか通う私立の中学だっけ。皆ももう分かってるだろうけど、オレが行ってた中学ではない。無論ケンゴも。
何を張っているのか気になったので、オレ達は電柱に、そして少女に近づいて行く。
そのすぐ傍まで行った時、作業が終わったのか、少女が急にこちらに向き直ったのでオレとぶつかってしまう。オレよりも背は低かったので、腹辺りに少女の顔が勢いよく当たる。
「あふっ!」
「おっと」
倒れかけるその身体を、オレは肩を掴み阻止する。バランスを失いかけた少女も、すぐに姿勢を戻す。
「あ、す、すいません!」
慌てたように上半身を上下させる女子中学生ってのは、なかなか好感が持てた。
「いや、別に謝ることじゃねえよ」
言ってオレは少女を見下ろす。
背は低い。中学生だし、女の子だから当たり前だろうけど。
「すみません……急いでたもので……」
照れたように髪を撫ぜながら、少女が顔を上げた。
「おお」隣でケンゴが声を漏らす。
そうなるのも納得。目の前の少女はそれだけの外見をしていた。
髪は肩にかかるくらいの薄茶のセミショート、年相応に可愛らしい大きな瞳が、今は恥ずかしいのか地面を見ている。制服は着崩してはおらず、先程の彼女の言動と通っている中学校からして、真面目な子だと勝手に思う。
あんまりジロジロ見るのも変だったので、オレはついさっきまで少女がいた場所に目をやった。
「電柱に何か張ってたみたいだけど」
「ああ!あの、これ!」少女はそこで何かに気付いたように、オレに紙を手渡してきた。
そこでオレも気付いたのだけど、少女の手には何枚もの紙が束になっていた。おそらく電柱に張っているものと同じ。
オレはそれを受け取り眺める。隣からケンゴも覗き込んでくる。
最初に目の飛び込んできたのは小さな犬の写真。カラーコピーされた写真が二枚。正面を向いているのと、横を向いて全体が分かるものの二枚。
写真からでもその犬が随分と小さいのが分かる。黒の豆柴だ。
「あの!その犬、うちの犬なんです!一昨日に突然家から逃げ出しちゃって……」
少女はそう言うと悲しそうに俯いてしまう。
なるほど、紙には「探してます!」と大きく書かれてある。よく見かけるペットの捜索願い、みたいな張り紙だ。
「ふうん……。それは、なんつーか……大変だな」
別段興味も無かったので、オレは適当に返した。こういうの張ってる現場を見るのは初めてで、珍しいとは思ったけど、だからってオレにできることあるか?皆も、電柱の張り紙見たってそうも思わないし、それで「探してあげよう」とか思わないだろ。
「っていうか、こいつ昨日の犬に似てるな」
嫌なことを思い出すようにケンゴが言った。表情は険しい。
「昨日の……って、ああ。公園でお前に噛み付いた……」
言われて思い出した。同時に笑えてきた。
「この子見かけたんですか!?」ぐいっと少女が身体を近づけてきた。
「いや、この犬かは……黒の豆柴ってとこは一緒だけど」
思わず一歩退いてしまう。
……が、ここでオレは決定的な情報を目に入れてしまう。
その犬の首輪だった。写真にははっきりと首輪が映っていた。デフォルメされた骨のイラスト、赤い、首輪。
「あれ、この首輪……」
ケンゴも気付いたらしく、まじまじと写真を見つめる。
「間違いない、昨日の犬と一緒の首輪だ」
ケンゴがそう言った瞬間、少女が今度はケンゴの方へ身体を近づける。
「それ、うちの犬です!この首輪、私の手作りですから!」
オレは表情を曇らせる。変なことにならなきゃいいんだけど……。
そんなオレの気持ちを見透かしたかのように、少女は言った。
「一緒に探してくれませんか!うちの……ボナパルトを!」
オレとケンゴは固まる。面倒なことに巻き込まれてしまった。そして、オレの頭は黒の豆柴が、馬に乗った世界的にも有名なあの将軍へと変換される。
ナポレオン・ボナパルト。おめでとう、将軍。現代でも、あんたは豆柴の名前にもなる偉大な偉人だ。