第二話 ザ・ヘアーその④
公園での下らないやり取りの翌日。いつも通りくそかったるい授業を四時間受け、オレは今学校で唯一の至福を感じる昼休みに突入しているわけだが……ていうか、学校にここ以外に至福を感じれないオレは末期なのか?……どうでもいいか、そんなこと。かったるいが嫌いなわけではないからな、学校。
オレやその他多数はいつもなら食堂でメシ食うんだけど、今日は屋上でメシ食ってる。理由?無いな、そんなの。あっても、天気が良いからとかそんなちっぽけな理由しかない。
オレの他にいつもの面子。ケンゴとシンヤとアキヒロ、それにイツキも一緒だ。
おっと。アキヒロとイツキは皆知らないよな。ちょうどいいからここで紹介しとく。
まずはアキヒロ。フルネームは松戸明大オレらと同じクラスで、中学から一緒の悪友。部活は入ってないけど背は高くて意外に体格が良かったりする。中学時代テニスやってたからかな。顔はシンヤ並み、もしかしたらそれ以上のイケメン。そんなだからかなりモテる。同年代、年下はもちろん、三年にもファンがいる。ホントどうかしてるぜ。髪は染めたり、いちいちセットなんかもしてない、黒のショートヘア。けど、アキヒロはこれ以外の髪型は似合わないんじゃないか?ってくらい似合ってる。今は屋上に備え付けられてるベンチに胡坐をかき弁当を食べている。
次はイツキ。フルネームは堀田樹。高校からの友達で同じクラス。こいつも背が高く、ほどよく筋肉が付いている。でも、ぱっと見ひょろくて弱そうに見えるんだ。ただ、見えるだけで中身は違うよ?だってこいつ柔道部のエースなんだもん。それでも普段は温厚でノリの良い奴。え?顔?顔は……ま、アキヒロやシンヤと比べたら落ちるよ。親父さんが警察の人で、将来は自分も警察になりたいんだってさ。今は購買で買ってきたパンを食べてる。
オレ達は屋上の端っこで円を描くようにして、地面に座りメシを食ってる。後ろにはフェンスがあって、オレはそこにもたれかかっている。ご飯を箸で摘んだまま空を見上げてみる。大きな雲が一つ、ゆっくりと流れていく。
屋上はオレ達以外にも生徒がいた。一年もいれば三年の人もいる。皆一様にメシを食って、談笑したりしている。平和な光景だよな。
でも、少し前までは屋上は立ち入り禁止だったんだ。あんたのとこだってそうだったりしない?「危ないから」とかもっともそうで、その実くそ訳わかんねえ理由くっ付けられてさ(汚い言い方でごめん)。ガキじゃねえんだ、屋上でメシくらい食わせてほしいだろ?
その「立入禁止」の屋上を出入り自由にしたのは現在の生徒会。生徒会長が先頭に立って教師陣を説き伏せたんだ。もちろんこれは生徒会長の独断でなく、全校生徒の要望が強かったからの行動だ。オレ達の言葉をしっかりと聞き入れ、必要があれば行動に移す会長の姿勢は、多くの生徒の支持を集めたよ。オレはあんま好きくなかったんだけど、今の生徒会長はまあまあ好きかな。
そんな屋上で食べるお昼は最高だ。
みたいなことを考えてると、隣のケンゴが思い出したかのように「あ!そういえばサク、お前の能力って何だよ?」と訊いてきやがった。思わず顔を歪め苦笑してしまう。この状況で何を訊いてきてんだ、このバカは。
オレが上手く返せず黙っていると、シンヤがパンを口に含んだまま「あに?あんのはなふぃ?」とオレを見てきた。それに釣られてアキヒロもイツキもオレに視線を向ける。
ケンゴといえば「なぁなぁ、昨日言ってたじゃんか。どういった能力なんだよ~」としつこく、本当にしつこく……肩を揺さぶりながら、訊いてきた。
「え?なに?サクト、ケンゴのやつ何言ってんの」
「能力とか、聞こえたけど」
アキヒロとイツキも参加してきた。
ケンゴは後でぶん殴るとして、ここは何も無かったことにしようと思ったオレは「ああ?またゲームの話かよ」と、いかにもケンゴとありそうな話題を返しをしておく。怪しくはなかったはずだ。詰まったりもしなかったし、声も震えてなかった。
「ちげーよ!ゲームの話じゃなくて、『超能力』の話だって!オレだけ教えて、お前だけ教えないってのはずるいだろ!」
……呆れて何も言えない。
こいつはもう少し、危機感みたいなものを持ったほうが良い。皆もそう思うだろ?確かに知られて困ることではないかもしれない。「賞味期限が分かる」ってのと「抜けた髪の毛を硬くできる」っていう人畜無害な力が使えるだけだからな。でも、黙ってるだろ、普通は。何気ない昼飯の時間に振ってくる話ではないと思う。健康的な高2男子の会話って、もっと色々あるはず。「あいつとあいつは付き合ってる」とか「オレ告白された!」とか、さぁ。シンヤとアキヒロがいるんだからそういう会話もできるはず……って、こう書いたらオレがモテてないみたいだな。名誉のため言っとくけど、けっこうモテるからね、オレも。
話は戻すけど。オレはケンゴの致命的な発言を、どうやってかわそうか必死に考えた。
けれど、オレはアドリブというか、嘘を吐くのが下手なのか、咄嗟に良い言葉を返せなかった。
黙っていると、シンヤが怪訝そうな顔で、オレの目を覗き込んできた。反射的に目を逸らす。シンヤにこんな風にされたら失神しちゃう女子もいるんだけど、もちろんオレには効かない。が……オレが何かを隠しているというのはバレたろうな。
「サクト、何か隠してるのか?」探るように、それでいて目を細めながら、シンヤが訊ねてくる。
「べ、別に。あ、もう昼休み終わるな。もう出ようぜ」
この状況から逃れようと立ち上がろうとしたオレを、シンヤが制服を引っ張ってそれをさせない。もう一度見たシンヤの顔は、にっこりと笑っていた。イケメンスマイル……でも、今のオレにとったら悪魔の笑みにしか見えなかった。デビルスマイル。
「イツキ、何か面白そうだ。サクトを押さえろ」冷徹に指示を飛ばすシンヤ。
「アラホラサッサ~」
「な……!やめろ!」
イツキは柔道部……。
何か最近ツイてないよな、オレ……。
オレは諦めて笑うことしかできなかった。オワタってやつだ。
ギリ、ギリギリ……ギリ――――。
「い、イツキ……テメ――……本当に、絞めてんじゃ……ねぇよ……」
素早く背後を取られたオレは、制服の襟とイツキの腕によってゆっくりと絞められていた。
「解放してほしかったら、洗いざらい喋れ」
悪魔の笑顔のままシンヤがオレの正面に立ち、言った。
万事休すか……。
目だけを動かし、周囲を見る。傍から見たらいじめられてるようにしか見えないだろうな。
視界にアキヒロが映る。アキヒロは腕を組んでオレを見ていた。シンヤやイツキとは違い、どことなく真剣な表情。
その時、オレは唯一の脱出方法を思いついた。
ケンゴだ。あいつが振ってきた話でオレはこんな目に遭ってるんだから、ケンゴがそろそろ止めに入ってくるだろう。オレはそう思い、薄れる意識の中でケンゴを探す。
ケンゴはオレを見ながら弁当を食っていた。あろうことか指を差して笑っていやがる……。
こうしてオレは全てを白状するのだった。我慢しろって思う?分かってないな。我慢して落ちたら、気絶した無様な表情を写メに撮られて、ずっと笑いものにされちゃうだろうが。
イツキから解放され、ペットボトルのお茶を一口飲み、落ち着いたところで、オレは昨夜のケンゴとの一件から、少し前にオレにも訪れた奇妙な体験についても語り始めた。
昼休みが終わるまでに話し終えるかな。微妙なところ。