第二話 ザ・ヘアーその③
ケンゴは興奮しきっているようで、自然と口元に笑みが浮かんでいた。
けれども、こいつが興奮している理由がよく分からない。詳しく話を聞かなければならないが、「超能力が使える!」なんて言われて信じるほどオレもお人好しではない。……ちょっと前のオレだったらそう思ったろうな。
オレも「食べ物の賞味期限が分かる」という、訳の分からない力が使える以上、真っ向から「超能力」ってやつを否定できない。
……しかし、学校では「髪が抜ける」とうるさかったケンゴが、一体どうして「超能力」なんて話になるんだ?
「なんだよ、もっと驚けって!」不満そうにケンゴが表情を歪める。
「驚けって言われてもな……」
リアクションが薄くなるのは我慢してほしいぜ。それでいて何となくムカつく。だって……下らなくないか?オレは「超能力」ってやつには寛大だ。オレ自身そういった力があるわけだからな。でも、だ。でも、だからといって、こんな時間に呼び出して言うことか?オレは自分に妙な力が使えるようになっても、そんなことはしなかった。人に言っても信じられないことだと思ったし、それを告白する必要も感じなかった。
なのにこいつときたら、自慢げな顔でそれを言ってくる。……第一、オレが「超能力」ってやつを信じているからまだ良いようなものの、大半の人間はこんな話信じないぞ。
そして、ムカつくところはまだあった。それは、ケンゴの「オレ超能力使えます」みたいな、有頂天顔だ。少し前のオレってこんなだったのかよ……。そう思ったら、恥ずかしくて自分自身にムカついた。
「なら、お前の言う『超能力』とやらをオレに見せてみろよ」
疲れた感じでオレは言った。まずはそこからだよな。「超能力」の存在は認めても、ケンゴがそれを使えるかどうかは実際に見てみないと分からない。
ケンゴは待ってましたと言わんばかりに……いや多分言ったな。口の片端を吊り上げ、ベンチの上に胡坐をかいた。
一体何をするのかとケンゴを見ていると、奴はにやにやとしたまま片手を自分の髪に突っ込み、そのままゆっくりと、指で髪の毛を挟んで引っ張った。
そこでオレは怪訝そうに眉を寄せた。学校で髪が抜けると言い、デリケートになっていたこいつが何故こんなマネを?事実、ケンゴがやったその行動によって、それぞれの指の間に髪の毛が一本ずつ挟まれていた。四本。四本の髪の毛がケンゴの手に挟まれ揺れている。
「それがどうした?」
ケンゴが何をしたいのか分からなかったオレは、揺れる髪の毛を見ながら訊ねた。まさか……、抜け毛が超能力とか言い出すんじゃないだろうな。そうだとしたら、オレはこいつをぶん殴ることになるのだけど。
当のケンゴはと言うと、にやついたまま「まあ、見とけって」と一心に髪の毛を見つめていた。「ほら!」
掛け声のような声を出すケンゴを、胡散臭そうな表情をして睨み、再び手元の髪の毛に視線を移したところ、オレはある変化に気付く。
「あ?おい、髪どこやった」
ケンゴの手に髪の毛は無かった。代わりに、指の間にはピンピンに尖った針金の様なものがあった。黒くツヤのある短めの針金みたいだ。
「ふふ。あるだろう、ここに」言って、オレの目線にまで手を持ってくる。
「はあ?」顔の中心にしわが集まるように表情を歪めるオレ。
「だから、これ。これがさっきオレが抜いた髪の毛なんだよ」
「うそつけ」
髪の毛ってのは普段は何の反発もしない、柔らかで貧弱なただの毛だ。整髪材やスプレーでいくらか硬くはなるが(もともと髪が硬いって人もいるけどね)、ケンゴが今持っているそれはそんなもんじゃない。もはや髪ではないのだ。針金……というか、針なのだ。
信じないオレを、ケンゴは憐れむような目で見て、オレの手にその針を全て置いた。
怪しく思いながらも、オレは手の平に乗せられた針を一本摘まむ。それは思った以上に極細で、針というにはあまりにも……役不足だった。だが、持った感触、硬さは針のそれと全く同じだった。また、両端とも尖っていて、その片方を手の平につんつん、と突き立ててみる。痛くはなく、ただちくちくするのみだった。
思わずため息を吐いてしまう。つまり、これはマジックなのだ。抜けた髪の毛を極細の針に変える、という。さきほどオレはほんの少し、髪の毛から視線を逸らした。その瞬間にケンゴは素早く髪の毛と針をすり替えたのだ。そんな、別段すごくもないマジックを覚えたので、クラスの皆に見せる前にオレで一度実験してみた、ってところなのだろう。そんなことに付き合わされるとは……。
「うまいうまい。気付かなかったよ」
オレは心底どうでも良さそうにケンゴのマジックを誉めてやった。
「おい、お前信用してないだろ!これは超能力なんだって!」
「はいはい」
ケンゴは唸るように声を漏らし、「じゃあ、それを握ってろ」と言った。
「握る?」
「お前がその四本全てを握り、再び開いたときにそれらが元の髪の毛になっていたとしたら、それはもう超能力だろ」
「いや、まあ……、断定はできないけど、それができたら話聞いてやるよ」
オレはそう言って針五本をぎゅっと握った。極細だし短かったのですっぽりと包み隠すことができた。
「開いてみ」
「早くね!?」
いくらなんでも握った次の瞬間にそう言われるとは思ってなかったので、オレは驚きの声を出してしまう。こいつのことだから何かやると思ったのに。ハンドパワー!みたいなね。
「はあ?だったら何かパフォーマンスしたほうが良かったのかよ。そうすることでお前は信じるのかよ」
「……そ、そうじゃないけど」
ケンゴにしちゃ真面目なこと言いやがる。
「大事なのは『結果』だよ。この場合はな」指を立て、偉そうに語るケンゴ。
オレはもう、こいつと何だかんだと言い合うのも疲れてきたので黙って手を開く。
そこには、髪の毛があった。四本。さっきのような針ではない。
「マジかよ」
「どうだ?本当だったろ」またまた偉そうに胸を張るケンゴ。何故かは知らないが、こいつの腹を思いっきり殴ってやりたかった。
「で……?結局これは何なんだ?学校から帰ってから後のことも含めて話してみろ」
ケンゴはまだ何か言いたげであったが、こうなった経緯を語り始めた。
「ふー……ん。なるほど、な」
ケンゴの話をまとめるとこうだ。
毛が抜けることを受け入れたケンゴは、普段髪を切ってる美容院へ相談しに行った(マジで行くか?自分のこととなるといきなり行動力発揮するよな、デブって)。ただ、美容院でも学校でのオレやシンヤみたいに、軽くあしらわれただけらしい。
肩を落とし家に戻ったケンゴは、店の手伝いをする(肉太郎って名前の肉屋さん)。しかし、その間も抜け毛のことは頭から離れなかったらしい。ケンゴ曰く「業を受け入れても、人は抗おうとするものなんだ!」……らしい。
手伝いを終え、風呂に入り、決死の覚悟で髪を洗ったとき髪の毛が硬くなっていることに気付いたらしい。風呂から上がり部屋で試したが、抜けた毛を硬くすることは簡単にできた、ということ。考えるだけで硬くはできるらしい。
「なんで髪の毛をお前が自由に硬くできるかは分からねーけど、マジックではないんだな?」
「違うっつうの。マジックだったらもっと派手なのにするって」
それもそうか。
となると、ケンゴの言うとおり、超能力ってやつか(便宜上そう呼ぶことにするよ)。オレと同じような、マンガやアニメみたいにカッコイイものじゃない、超能力。
「お前の言うように、それが超能力ってことは信じてやる」
「おお!心の友よ!」
「オレもお前みたいに変な力が使えるからな」
「うんうん、そうかそうか、お前も……お前『も』!?」
「ところでケンゴ、お前『能力の把握』ってやつはやったか?」
「ちょっと待てサク!何スルーしようとしてんだ!」
ややこしいのでケンゴの疑問は後回しにする。
「それは後で話してやるよ。で、『能力の把握』はしたか?」
「うう……気になるけど、今はガマンしてやる。えーと?『能力の把握』とは何だ?」
「お前の『髪の毛を硬くする』っていう力は、どこまでお前の力が及ぶのか、とか、硬くした髪の毛は永遠に硬いままか……とか、そういうのだよ」
オレもそれは真っ先に試した。オレが判る賞味期限が、一秒でも過ぎたらそれは食えなくなるか、とか、人為的に食えない物を作った場合にもオレの力は反応するのか、とか。
「あー、なるほど。ルルーシュや安藤がやってたようなやつか」
「……安藤って、マンガ版『魔王』の安藤か」
伊坂幸太郎著「魔王」。安藤と、その弟潤也の物語。何も考えず、ただ周囲に迎合していく人々と、それを扇動する犬養という政治家に恐怖を覚えた安藤は、「腹話術」という能力を使い、自ら考え、行動をするが……。小説版とマンガ版じゃ色々差異はあるけど、どっちもすっごい面白い。伊坂幸太郎ファンはマンガ版見ればニヤニヤすること間違いないよ。オレのオススメの一つ。
というか、ケンゴのやつ渋いとこついてくんな。
話を戻すぜ?
「そういうのはやってねえな。超能力使えると分かった途端有頂天になっちゃってさぁ……」
……恥ずかしい。有頂天になっていたのはオレもだ。まぁ、オレはすぐさま自分の能力を把握したけどね。
「確かめといた方が良い。何ができて、何ができないのか」
「えー……、でもさ、オレ達別に誰かと戦う訳じゃねえからあまり必要なくね?」
何だ?今日のケンゴはやけに冴えてるな。
「必要無くても、危険な力かもしれないだろ。副作用とかあるかもしれねえし」
副作用と聞いてケンゴが青ざめた。「副作用って……オレの場合、やっぱ『毛が抜ける』ってことかな……」
薬や病気の治療の関係で毛が抜けるっていう副作用は聞いたことあるけど、毛が抜けることで能力を発揮するケンゴの場合、それは副作用と言えるだろうか。
「んで?一体どういう風に能力は把握すればいいんだ?」
「そうだな……まずはお前以外の人間の髪の毛でも硬くできるかとか?」
「おー、なるほど」
ブチッ!と音がした。
「いって――――ッ!おま……!いきなり何してんだよ!」
突如として頭部に鋭い痛みが走ったため、涙目になるオレ。目の前には数本髪の毛を握ったケンゴ。あの数本の髪の毛は無論、オレのだ。
「いや、他人の毛も硬くできるか試そうと思って」悪びれることなく、ケンゴは言った。
「だからっていきなり抜くな!」
オレはまだ、じんじんと痛みの残る頭を手で押さえていた。
結果、オレの髪の毛を硬くすることはできなかった。オレの髪の毛が数本無駄に散った。
ただ、オレも数本の毛ごときで怒るほどガキじゃないので、それについてケンゴを責めたりはしない。後で思い出してイラつくだろうけど。
「あとは……毛は抜けないと硬くすることはできないのか?あー、つまり……今、その状態で、硬くできるか、ってことなんだけど」
なおも能力把握のため提案していく。
「……できねえな。できたら鬼太郎みたくなったかもな」
残念そうにケンゴが言う。鬼太郎のあれは(髪の毛針)毛を針にして飛ばすんだったよな。ケンゴのとは若干違う。
「じゃあ……次はこの力の活用方法とか考えてみるか」
「活用方法?」
「髪の毛を硬くすることで、一体何の役に立つか……それを考えるんだよ」
何か自分で言ってみてバカらしくなる。髪の毛を硬くして一体何の役に立つか?一生で一回も使わない台詞だよな。
「そうだ。さっき持ってみて分かったけど、硬くした髪の毛ってほとんど針だみたいだったから、いざというときの武器になるんじゃないか?」思いついたことを言ってみる。それくらいしか活用する方法無くないか?他は、それこそ針として使うか、とか。
実際に試してみる。ケンゴはすっと髪に指を通し、毛を数本抜く。あれだけで毛が抜けるとは、何だか悲しくなってきた……。それでケンゴが喚かなくなったのも何だか物悲しい。
抜いたと同時に毛を硬くしたケンゴは一本を摘み、オレの腕に針の先端を伸ばしてきた。
「ちょっと待て……。何故オレで試す!」
理不尽極まりない人体実験が行われようとしているのをあんたは見逃せるかい?オレはできないね。
するとケンゴは「いやあ、オレ先端恐怖症でさあ」と笑顔で嘘を吐いてきやがった。もちろんこいつが先端恐怖症ってのは聞いたことないし、目の前の毛針の先端は尖っていない。オレも先端恐怖症について詳しい訳じゃないが、先端恐怖症の人は先端が尖っているからこそ怖がるんじゃないか?
こうなるとケンゴは死んでも自分で試さないことは分かっていたので、オレは渋々腕を出す。
しかし、針がオレの皮膚を突き破ることはなかった。突き破る前に、びよん、と硬さに似合わない弾力を見せ曲がってしまったのだ。けど、オレの腕から離れると、再び同じ形に戻ってしまった。オレからすればただ「チクッ」としただけ。
「こんなんじゃ武器になんねーな」
こうして一通り、ケンゴのおかしな能力についての実験は終わった。
分かったことと言えば「自分の髪の毛に限って硬くできる」「毛を硬くするのも、元に戻すのも、それはケンゴの自由」「硬くした髪の毛は刺さりはしないが、チクチクする」といったもの。
ひとことで言えば「何の役にも立ちそうにない」能力だ。それはオレにも言えるだろうけどな。
しかし、ケンゴは満足しているようで「この能力をこれからは『ザ・ヘアー』と呼ぼう」とのんきに言っていた。名前の由来はおそらくは「ジョジョ」からだろう。ジョジョには「ザ・ハンド」ってスタンドもあるし(ザ・ハンドの名前の由来は『ザ・バンド』ってバンドかららしいけど)、小説版では「ザ・ブック」ってのもある。ケンゴはオレ以上のジョジョファンだからな。
そろそろ時間も時間なので、オレ達は公園から出ようとする。ケンゴが「なあ、お前もオレみたいな変な力あんの?」としつこく訊いてきたが、それはまた今度ということで強引にその話題は潰した。
ベンチから立った時だった。オレ達のすぐ前に小さな影があった。人の形ではなく、何か小さな動物のようなものだとすぐに分かる。目を凝らし見てみると、それは小さな犬(仔犬もしくは小型犬か?)だった。
「あ、おいサク。犬がいるぞ」
隣ではしゃいだ声を出すケンゴ。
「見りゃ分かるって」
ケンゴはその場で中腰になり、「プシッ、プシッ」と奇妙な声を出し始めた。
「何だそりゃ」
ケンゴの奇行をオレは怪しげに見つめる。
「犬をこっちへ呼ぶ方法だよ。プシッ、プシッ」
それは猫を呼ぶ方法ではなかったか。これが分かる人、相当なジョジョ好きだね。
だが、オレを裏切るかのように、その犬はケンゴの方に走り寄ってきた。
「ぅお、マジでこっち来た」
「ほらなー。動物は、特に犬やら猫ってのはオレのことが好きなんだ……って豆しばぁっ!」
ケンゴが奇声を発し、後ろに倒れこんだ。見ると、走り寄ってきた犬がケンゴの顔面に飛びついていた。その犬は黒の豆柴犬で、尻尾を振りながらケンゴの髪の毛に噛み付いている。うわ、絶望的……。これで何本の髪の毛が逝ったのか、考えるだけでケンゴが不憫だぜ。ま、面白いからこのままにしとくが。
灯りのあるところに来たから分かるが、この犬には首輪があった。飼い犬なのだろうか。デフォルメされた骨のイラストが描かれている赤の首輪。こんな時間に散歩?というか、飼い主の姿は見えない。リードを外して散歩させているのだろう。この公園は広いし、この時間帯は誰もいないからドッグランみたいに犬を走らせているのかもしれない。
「……っこの犬!離れろ!」
ぐぐぐ、とケンゴが犬を引き剥がす。黒豆柴はぎりぎりまで踏ん張っていたが、やがて剥がれた。
「ふ。豆柴ごときがオレの髪に噛み付き……うあ――!オレの髪の毛!」
豆柴を解放し、すぐさま自分の髪の毛を優しく触るケンゴ。ヨダレでびっちょりだった。風呂上りにこれはきつい。
地面に降りた豆柴は「ハッハ……」と舌を出し、ケンゴをあざ笑うかのように荒く息をしていた。
「……っく。くく……く、くだらねェ――――!お前、犬になめられてんぞ!」
オレは我慢できなくなって爆笑した。静かな夜の公園にオレの笑い声が大きく響く。
「笑うなバカ!」
「む、無理……ククク……」ヤバイ、涙出てきた。
しばらくしてようやくオレの笑いが治まる。久しぶりにツボに入った。
それから豆柴を見下ろす。オレは豆柴を見るのは初めてだったが、可愛らしい外見をしているのはもちろん、本当に「豆」柴だった。つまり、ものすごくちっちゃいってことね。オレは柴犬が好きだから、豆柴の可愛さは異常に思えた。
ただ、その豆柴には大きな外見的特徴があった。
体の半分以上の毛は黒いのだが、額の部分だけ毛色が違っており、星型のようになっていた。
気になってオレが触ろうとすると、豆柴は「わぅん!」と吠え、オレ達とは反対の方向へ走り去って行った。
「嫌われてやんの」
涙目のケンゴが地面に腰を着けたままそう言った。
オレはそんなの一切気にせず、豆柴が走り去って行った方向に目をやった。やはり飼い主が近くにいるとは思えなかった。
オレ達はようやく公園を出、帰路へとついた。
この翌日、思わぬ形であの豆柴とは出会うことになるとは夢にも思わずに――――。