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第一話 ハングリー・ベイビーボーイその⑫

 第一話終了です!


 その日の放課後、オレはまだちょっとゆるいお腹のまま学校を後にする。

 ……ちょっとでもあのインド人を信じてしまったオレが馬鹿だった。腹を痛め、休み時間の度にトイレに篭る屈辱、恥ずかしさ……。授業中までもそれをしてしまうあの苦痛!……ラヴィ、いよいよ償ってもらおうか。今日がお前の悪事が明るみに出る記念日だ。

 怒りと自分自身への悲しみで、何だか頭が混乱していた。だが、やることは決まっている。「ガーネシア・エレバンティス」に殴りこむ。それだけだ。


 商店街に入り、昨日通った道をそのまま歩いて行く。自然歩く早さも早まり、大股になる。

 ついに、エレバンティス前に着く。エレバンティスは昨日どおり営業中。営業時間に空きは無く、11時~20時まで休むことなく開いてる。定休日は木曜日、と。ま、それも永遠に定休日と変わるかもしれないがな。

 カランコロン。音も昨日と同じ。扉を開いたらすぐに店内に入っていく。客は昨日と同じく誰もいない。

 「イラシャイマセー」

 台詞も発音も昨日と一緒。厨房から出てきたラヴィはオレを見ると、顔を明るくする。「おーゥ!マクド!今日もキテクレましたか!」

 「マクドじゃねえ、サクトだ」怒気を含めて訂正する。

 ずんずんと奥へと歩いて行く。そう。厨房まで。

 オレが席に座らないどころか、厨房にまで入ろうとしているのを見たラヴィは慌てたような声で「サクト、そち違うヨ」と言ってきた。構うことはない。

 カウンター席を越え、ついにオレは厨房に入る。

 いたって普通の厨房だ。オレんちと大差はない。台や調理器具も手入れされていて汚れてはいない。ただ、やはりカレー屋というか、香辛料やスパイス類の入った小瓶がたくさんあった。店内も独特の匂いがしたが、厨房はそれが数倍だ。

 おもむろに視線をやった先に具材となる野菜がまとめて置いてあった。すぐに「力」を使う。

 「これは……」

 ようやく見つけた。決定的な物を。

 そこに置いてある野菜の賞味期限は、全て、あと数時間……下手をすれば数分で駄目になってしまう物ばっかりだった。腐っている物もあったかもしれない。

 「サクト、ここはいられるのコマります!」

 後ろからラヴィが声を掛けてくる。もうそんな言葉で引き下がれるオレではない。振り返るラヴィに問い詰める。

 「おいラヴィ……ここにある野菜、いや……食材全部!腐りかけの物ばかりだな?」

 オレは逸る気持ちを抑え、発音良く言う。こんな場面で聞き返されたら、テンションが下がるなんてもんじゃない。

 その努力あってか、ラヴィに言葉は通じたみたいで、驚いた顔をオレに向けていた。が、その後オレに言った台詞は、想定外のものだった。

 「よく分かりましたね!ソーデシ。ココニあるの全部腐りかけデーッス!」笑顔でそれを言うラヴィ。

 かっときたオレは一気に間を詰めラヴィのむなぐらを掴んだ。

 「何笑って言ってんだよ!お前の出す料理のせいで、どんだけの人が被害に遭ったと思ってんだよ!それに……腐りかけの物使った料理を出してんじゃねえ!」

 静かな厨房にオレの声が大きく響く。ラヴィは驚いたような慌てたような表情を浮かべ、両手を前に出しそれを素早く横に振る。

 「チガウチガウ!それ違う!腐りかけのモン一番オイシイ、ワタシそれしりました見つけました。だから問題ナイ!」

 「大アリなんだよ!インドじゃどうか知らねえけど、日本じゃそんな店一発でアウトなんだよ!」

 ぐいっと手を引き寄せる。ラヴィの顔が一層近づく。

 ここでラヴィの表情が変わった。真剣な、しかし悲しそうな瞳を、オレに向けてくる。一旦目を瞑り、オレの手をそっと引き離す。

 「おい……!」

 まさかこのまま終わらせようと思っているのか?

 「サクト……あなたは、自分の国が年間にいったいどれだけの食料を廃棄処分しているのか……知っていますか?」

 今までとは違い、流暢な日本語を操るラヴィ。優しく語りかけるように、オレに訊ねる。

 「は?な、何だよいきなり……」

 何だ……。怪しい、突然こんな話をしてくるなんて。

 「考えてみてください。これは、とても重要なことです」なおも真剣なラヴィ。

 戸惑いながらも頭の中で考える。詳しい数字なんて分からない。だが、現在の日本が「飽食」だということは、テレビで何度も観た。

 「……そんなの、分からねえよ」素直にそう言う。

 ラヴィは別に何も言わず、ただ優しく微笑んだ。

 「日本の一年間における食糧廃棄量は、実に約1940万トンです」

 「1940万トン……」馬鹿みたいにラヴィの言葉を反芻するだけのオレ。

 言葉と数字だけじゃそれがどれだけの量なのか、漠然としか分からなかった。ラヴィは続けて言う。

 「日本は食糧のほとんどを海外からの輸入に頼っています、が……この数字は、その輸入量の三分の一にも匹敵するのです。発展途上国なら4600万人もの年間食糧になり、また、それらの国の現在の食糧援助量が740万トンというところを考えると、この数字の大きさがよく分かりますね」

 「何が言いたいんだよ……」

 打ちのめされた気がした。それだけの量の食糧を捨てていることにもだが、日本人である自分ではなく、インド人であるラヴィがそんなことを知っていて、日本人であるオレにその事実を教えているこの現実にだ。

 「コンビニ、スーパー、メーカー……あらゆるところから食べ物は捨てられています。家庭から出される生ゴミにも目を見張るものがあります」

 オレの眉が自然と歪む。その通りだからだ。オレの家も定食屋をしている。まだ食べられる物を捨てることなんて毎日だし、それを多くしているのがオレだった。もったいないとは思っても、そうするしかないのだ。

 ラヴィの眼が鋭くなる。「そして、良いですか?それら家庭から出る生ゴミの理由として、最も多いのは、古くなって食べたくないであるとか、製造年月日が古いから……、そんな理由ばかりです。腐っていて食べられないという理由から捨てるのはほんのわずかなのです」

 完全に立場が逆転していた。だって何も言えないんだ。オレのこの能力のことを考えると、なおさらね……。

 オレのそういった気持ちを読み取ったのか、ラヴィはまた笑い、「別にサクトを責めている訳でも、日本人を批判している訳でもありません。仕方のないことなのです。皆分かっている、でもどうすることもできない。一人が自覚しても、全員がそれらを共有するのはとても難しい……。それどころか、日本は素晴らしい所です。やりたい仕事ができ、一定の教育をちゃんと受けられるし、どこも綺麗で清潔です」

 ラヴィはオレから視線を外し、遠くを見つめるような表情で厨房の片隅を見た。

 「私が生まれたインドは、ようやく成長し始めた国で、日本と同じように豊かな生活をしている人もたくさんいます。でも、それもほんのわずかです。まだまだ貧しい。私も貧乏な家庭で育った。その中で、いつか日本に行き、自分のやりたいことをやろうと思った。日本は自由の国だと、そう思っていたんです。そして念願叶い日本に来て、店を持つまでになれました」

 いつの間にかラヴィの話に聞き入っていた。ラヴィは嘘を吐いているのではない。真実を語っている。その言葉には真剣に向き合わないと……そう思った。

 「想像通り、日本は良いところだった。……しかし、良いところだけではなかった。嫌でも悪いところを見せ付けられました。それがさっき言った食糧の廃棄です。とても信じられなかった。インドではまだまだ食べられる物も、ここでは平気に捨てるのです。言い表せられない悲しさと、悔しさを感じました」

 オレには無くなった感情だ。毎日毎日食べ物を捨てていけば、そういった感覚も麻痺してしまう。オレだって最初はラヴィの言う悲しさも、悔しさも持っていたはずなのにな。

 「そして思い立ったんです。私一人では全ての食糧の廃棄を止めるのなんて、絶対に無理です。でも、できる範囲でそれを減らそうと思いました。サクト、私が腐りかけの食材を使うのはそういった理由もありますが、さっき言ったように腐りかけの食べ物っていうのは、単純に美味しいんです」

 オレはすぐ近くの野菜を見る。ラヴィの言う腐りかけの。

 「食材は捨てられるためにあるのではないのです、それを作る人達も、捨てられるために作っているのではないのです。野菜もお肉も、腐るその直前に、最も輝くんです。それを知ってもらうために私はここでカレーを作ってます。サクトの言うように、食べられない物を出すのはよくありませんし、私はそういった物を出してるつもりもありません。カレーを食べてくれたお客さんがお腹を壊しているのは知ってました」

 「なら、何で……」

 ラヴィはふっと息を吐く。

 「腐りかけた食材の美味しさ、そして、捨てられていく食材の泣き声を……聞いてほしかったんでしょう。それでお客さんが笑顔になってくれれば、とても幸せ」

 にっこりと笑うラヴィを見て、思わずうるっときてしまう。こいつがやったことは正しいことなのか、悪いことなのか、オレにはまだよく分からなかった。

 

 「どうしますか?サクトが言えば、私はここで店を続けるのは困難でしょう」

 穏やかな表情のラヴィ。オレは当初の目的を完全に忘れていた。

 「それは」

 そう言いかけた瞬間、カランコロンとベルが鳴る。他に客が来たらしい。ラヴィは一回目を細めオレを見ると、「イラシャイマセー」と言って表へ出て行った。

 うな垂れて厨房を見回してオレもそこを出る。

 出た途端「サク!」と、声を掛けられた。誰かと顔を上げると、ケンゴとシンヤがテーブル席についていた。

 「な、なんでお前らが……?」思わぬところで思わぬ二人に会い面食らう。

 「なんでって……カレー食いに来たんだよ。ここあまり知られていない穴場なんだぜ」嬉しそうにケンゴが語る。

 「オレは今日初めて」シンヤが言う。

 「っていうか、サクもここ知ってたのかよ」

 「いや……知ってた、ていうか……」

 「今日シンヤとお前誘おうと思ってたんだけど……んだよ、お前知ってたのかよ~」

 がっかりというか、残念というか、そういった表情のケンゴ。こっちの気も知らないで……。

 「なー、ここって何が旨いの?」シンヤが物珍しそうに店内を見渡しながら訊ねる。

 ケンゴは得意げに「カレーだよ。ていうか、カレーしかないよ」と言った。ラヴィも「ソウーデスカレーしかないんですよ」と笑顔で言った。さっきまですらすら日本語喋ってたのに、またカタコトだ。

 「カレー……って、カレー屋だから当たり前じゃね?」

 「それがさ、ここのカレーって食った翌日腹壊すんだよね」

 ……ん?今ケンゴはなんと?

 「お、おい……ケンゴ……、お前、ここのカレー食ったら腹壊すって知ってんのか?」恐る恐る訊ねてみる。

 「当たり前じゃん。ここの常連なら皆知ってるし、覚悟してカレー食ってんだぜ。オレ今のところ常に腹壊してるし」

 「腹壊しカレーウケる」シンヤが必死に笑いを堪えている。

 呆然としたのはオレの方。情報屋の少女の話だと、既に数十人は腹を壊してると言っていた。タイちゃんもだ。なのに、誰もこの店を疑わなかったのか?それだけ被害者がいたら誰か気付くだろ。

 「お前、嫌じゃないのかよ?腹壊して」

 たまらずケンゴに訊いていた。すると奴は笑いながら言った。

 「旨いからいいじゃん。それに、同じ商店街の仲間なんだからな」


 オレは思わず笑った。声を出して笑った。そうか……オレがなんだかんだ言う前に、エレバンティスはとっくに皆に受け入れられてたのか。

 「おい……サクの奴どうしたんだ?」

 「さあ」

 「うっせー!気にすんな!オレもカレー食ってってやるよ!」

 オレも席につく。そして、ラヴィを見て「ラヴィ!今回は見逃してやるよ!同じ商店街仲間としてな!」と言った。ラヴィも笑いながら「アザース」と言ってきた。

 ったく、ご近所付き合いは大切だよ!


 カレーを食い終わって商店街に出る。本格的に暖かくなり始めた春真っ盛り。三人でその道を歩き、オレはいつもどおり店の手伝いに入る。

 変な能力、情報屋、そしておかしなインド人。ちょっと前までは信じられなかったことばっか。それは大きな事件なんかじゃなく、オレの頬を撫でる春風みてーにぬるいもんだ。でも、それでも……それは楽しいもんなんだ。あんたも自分の住んでる所を色々探索してみなよ。オレみたいに変な体験できるかもよ?



 オレの話はこれでおしまい。今回、ラヴィの話してくれたのは本当のことだ。日本の抱える食糧問題。オレら一人ではどうにもできないことだけど、これを読んでくれたあんたが、ちょっとでも食べ物を大切に思ってくれるようになったら、オレはすげーうれしい。

 そうそう。オレのこの能力さ、名前付けたんだ。

 「ハングリー・ベイビーボーイ」っていうの。かっこいいでしょ。

 え?どういう意味か?意味なんて無いよ。ハングリーってのは最初に浮かんだ単語なんだけど、それだけじゃ腹減ってるだけの奴みたいだろ。オレみたいなベイビーフェイスには「ベイビー」をつけないとね。

 


 まだまだ話は続くけど、そのどれもが下らないもんばっか。あんたがそれでも良いんなら、もう少し付き合ってってよ。

 ようやく一話終了と。これからまだお話は続くんで、付き合ってくれる方、お付き合いください!ご意見ご感想も待ってます!

 ありがとうございました!

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