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第一話 ハングリー・ベイビーボーイその⑪

 ―――翌日。

学校が終わると、昨日と同じく家に直接は帰らず、カレー屋「ガーネシア・エレバンティス」に向かう。見慣れた、それでいて歩き慣れた商店街をゆったりと、時間をかけて歩いてく。変わらない。店や人が変わっても、商店街全体の雰囲気ってのはオレが生まれた時からなんにも変わっていない。

 ……そんな商店街に、元凶がいる。そう考えると少し複雑だ。


 エレバンティスは商店街の中ほど、他の飲食店が列なったところに在った。オープンしたてとあって、見た目は綺麗。木でできた看板に「ガーネシア・エレバンティス」の文字と、象徴的な象のキャラクターが彫られている。インドの神様「ガネーシャ」だ。そんくらいオレにも分かる。こう見えて趣味は読書だからね。「夢をかなえるゾウ」とか読んだことない?

 さて、と。カレーを食いに行きますか。


 カランコロン……と、ドアを開けたときにベルが鳴る。

 「イラシャイマセー」

 店の奥から下手くそな日本語。店主はインド人だったな。

 適当に席につく。店は小さく、テーブルは二つしかない。オレ以外に客はいなかったのでテーブル席をとる。店の灯りはオレンジ色で、なんとなくホワっとした。オレにはよく分からないが、インドちっくな小物や彫り物がたくさん置いてあった。BGMとかは無く、しんとしていた。店内に広がる匂いは独特で、これがカレーの香辛料なのか、お香の匂いなのかもオレには分からない。

 「イラシャイマセー。ご注文ナニしますか?」

 来た、インド人店長だ。若干緊張してしまうぜ。

 「えーと……何があんのかな?」ていうか、メニューが無いぞ。

 「ウチ、カレーしかナイデス」にこにこと笑う店主。インドには行ったことないけど、インド人だなって思う顔つき。見た目はまだ若い。日本に留学してきたインド人青年みたいな。ここにはこの人しかいないのか、他に店員の気配がしなかった。

 「あ、じゃあカレーで」

 「おkで~す」

 ……なんか、間抜けなやり取りだったな。


 手持ち無沙汰に時間が過ぎていく。……何か、時間つぶしにケータイ開くのって嫌いだからさ。小説とか持ってきてればそれを読むけど……。せっかくだから今日はじっくりと店内を観察しようか。

 ……とは言っても……見るとこなんて、あまりないな。

 厨房が見てみたいが……。ここからじゃどう頑張っても見れない。

 「はぁっ……」

 仕方ない。やることの確認だけしとこう。

 まずは「出てきたカレーの賞味期限を見抜く」!

 今日の目的はそれだ。食えない物出してきたら確信が持てるし、オレがそれを食って腹を壊せば証拠にもなるだろ。そしたら……ここも営業中止処分だ。インドからはるばるご苦労なことだが、帰ってもらうぜ。……というか、つつけば色々出てきそうで怖いな。不法入国とか……。そうだとしたら、商店街全体のマイナスにもなりかねない……?あ、あれ……それはヤバイな。

 「オマタセしました~」

 オレの気持ちなんて知りもせず、カレーを運んでくるインド人店長。

 「ねえ、店長さんの名前って何てえの?」ただの「インド人店長」って呼ぶのも味気ないし、それぐらい知っておかないとオレの気が済まなかった。

 「はい?」

 どうやら聞き取れなかったみたいだ。営業スマイルを向けてくる。オレはゆっくりと、発音よく喋った。もちろん日本語でな。

 「な・ま・え!何ていうんですか?」

 途端に店長の顔が明るくなる。「オウ!ワタシーの名前ですか」

 「そう」良かった、伝わったみたい。日本に来るだけあって日本語はある程度話せるらしい。そうじゃなきゃメシ屋なんてやらないか。

 「ワタシの名前は“ラヴィ”です。ツイさいきんニホン来ましたヨロスク」

 「そう、ラヴィ…ね。オレはサクトっつうの。ヨ・ロ・ス・ク」

 相手が名乗ったんだ。こっちも名乗らないとね。

 「サクト。おーぅ、サクトよろしくちゃんね」

 「はいはい……」

 にこにこしたまま再び厨房に引っ込むラヴィ。ここまで見た感じ、悪い奴じゃなさそうだ。けどわかんねえよ、胡散臭い外人にも見えるんだからな。

 さて……問題のカレーだが……。

 皆も見たことのあるヤツだと思うよ。ルウとライスのカレーライス。本格的なところってご飯じゃなく「ナン」だと思ってたが、良かった。オレ、断然ライスが良いんだよね。

 でもルウとライスは別々に分かれてる。セパレート。ライスは平べったい皿に載ってて、ルウは灰皿みたいな皿に盛られてた。いわゆるスープカレーって種類じゃない。液状というか、固形に近かった。インドには色々とカレーにも呼び名があるらしいが、ラヴィもそこはあまり重要なこととは思ってないのか、ただ単に「カレー」と言っていたし、どんな種類のカレーなのかはどうでもいいか。

 ライスの上には何かの香辛料の様なものが乗っている。

 そして重要なところ、ちゃんとスプーンがあった。素手で食べた方が美味いと言うが、どうにも手がカレー臭くなるのは勘弁してほしかったから、助かった。

 スプーンを持ち、カレーに集中する。そう……。このカレーの賞味期限を見抜くんだ!

 「……」


 「……!」

 何だ、これ。賞味期限が分からない?

 これまでこんなことはなかった。明確にその食べ物の賞味期限が分かったのに、これは……このカレーは……。モザイクがかかったみたいに、ぐちゃぐちゃで……何も分からない。いや、分からないのはルウのみで、ライスの賞味期限はちゃんと分かる。まだ食べられる白いご飯……。それがまた不気味だ。

 食ってみるしかねえってことか。

 オレは決意し、ルウとライスの両方を口に運んだ。

 「!!!」

 衝撃的だった……。

 衝撃的な「旨さ」だった。

 「旨い……」オレの素直な感想が口から漏れる。

 そこからは手が止まらない。

 まず口に入れて思うのは、香辛料の絶妙な存在感!舌が痺れるような、脳天に突っ切るような爽快感!次に来るのは優しい辛さ。上手くライスと融合しているからこそ生まれる辛さ!肉は……鶏肉だろうか。ごつごつとした野菜の食感に、ぷりっとした肉の感触がたまらない!

 ほとんど休むことなく食べ続けた。

 「ふぁ~!」カランっとスプーンを皿に投げる。

 旨かった。今はそれだけで良い。何か抵抗があるかとも思ったが、エレバンティスのカレーは抵抗なく食べることができた。おそらくラヴィは日本のことをよく勉強しているのだろう、日本人向けに改良したものだと思う。


 やることはやったので会計を済ませるオレ。800円だった。高いとは思わないし、安いほうではないかと思う。

 「ごちそうさま。旨かったよ」素直な感想を述べる。

 「ドモ、アザーす」

 「はは…!何だよ、それ」

 おかしくなって笑ってしまった。


 商店街に出て思ったが、これではダメじゃないか?てっきりこの店が元凶だと思ってたのに……。

 変な喪失感と、旨いものを食った満足感でオレは複雑な気持ちのまま、店の手伝いに入った。


 しかし………。それは翌日に起こった……。


 「ぐ……!っく……くう!」

 「お~い?サク、休み時間終わるぞ」

 「なに?サクト、変なもんでも食ったの?」

 「拾い食いでもしたんじゃね?」


 ドンッ!


 個室トイレの前で勝手なことを言うケンゴとシンヤ。怒りと悔しさで、オレはトイレのドアを叩く。

 「サク……本当のこと言われたからって怒るなよ…っぷ。くくく……」

 「そーそー。誰もノックしてもいないのにな?」

 げらげらと無神経に笑う二人……。


 「く……くそがぁ……(この状況でこの台詞はシャレにならないな)。ら、ラヴィィィィ……!絶対に、許さん!」


 結局、この日の休み時間のほとんどはトイレで過ごしたオレだった。

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