魔法陣
魔法陣とは、魔法使いが悪魔や死霊を召喚する際に
用いる紋様や文字で構成された図や空間のことです。
逆に、悪魔や死霊から身を守るための結界にもなり
ます(←受け売り受け売り)映画ではロシアの名作
古典ホラー「妖婆・死棺の呪い」(原作はニコライ
・ゴーゴリ「ヴィイ」)クライマックスで真夜中に
礼拝堂に大挙して押し寄せる妖怪どもを近づけず、
身を守るために床に描かれた魔法陣が一番有名かも
です。幼少のみぎりに何も知らずテレビの洋画劇場
であれを見た私は、バラエティーに富んだ妖怪軍団
の見た目があまりにグロテスクで恐ろしかったので
夜中にトイレに行けずおねしょしてしまい、ママン
に叱られました(ちなみに「蠅男の恐怖」や「SF
四次元のドラキュラ」などでもおねしょしました。
いわゆるオネショタですね←違うよ)
「ゲゲゲの鬼太郎」TVアニメ版にも、この話を本家
どりしたほとんどそのまんまのエピソード(ただし
原作では若い修道僧が単身で妖怪軍団と対峙するが、
こちらでは髪の毛針などで、鬼太郎が守ってくれる)
がありました。水木作品にはありがちな傾向ですね。
「牡丹灯籠」や「吉備津の釜」も「耳なし芳一」の
全身写経なども実は魔法陣/結界のバリエーション
かもしれません。もっとも今回のお話では、魔法陣
そのものではなく、そこから派生する別の案件こそ
がキモになっていますねん。どんな案件かはご自身
で読んで確かめてみてくださいね! アデュー♪
マハリクマハリタヤンバラヤンヤンヤン♪
私が中学二年のときの話です。
クラス担任の先生は、若くて独身で、すごくカッコ
よかったので女子生徒に大人気でした。ある日曜日、
クラスの仲良しグループで、先生のアパートに遊び
に行きました。ちょうど先生のお誕生日だったので、
手作りケーキとプレゼントを持って、女子が6人で
サプライズで押しかけたのです…… 先生はちょっと
びっくりしていましたが、特に予定もなかったのか、
私たちを歓迎して、部屋に上げてくれました。
周りがゲームやお喋りで盛り上がっているのを横目
に、興味津々で独身男性の部屋をチェックしていた
私は、隅にある本棚に目を止めました。心霊写真集、
オカルト雑誌、世界の怪談、日本の怪談……
「ちょっと、見て見て! 怖い本ばっかり~!」
先生はきまりが悪そうな顔をして頭を掻きました。
「実はおれ、昔からこういうのが大好きなんだよね。
クラスの他の子たちには、黙っててくれよな…… 」
私たちは、本を手に取ってキャーキャー騒ぎながら、
あれが怖いこれがキモいと無邪気に喜んでいました。
「あっ! これ面白~い! 先生、やってみようよ!」
グループでリーダー格のたまみが、手に取った古い
黒の革表紙の本を、開いて見せました。
「ほらほら、私たちで、悪魔を呼び出せるみたいよ!」
「なになに~? 召喚には6人の…… え、えーとぉ?」
「処女! バージン! もう先生、読めるくせに!」
私たちはたまみの言葉にドギマギしました。当時の
田舎の女子中学生は、それなりに耳年増でしたが、
実際は露骨な言葉にほとんど免疫がなかったのです。
平静を装いながら、耳まで真っ赤になっていました。
「新月の真夜中、聖なる6人の処女で魔法陣を囲んで、
悪魔を召喚する…… 何だこれ? 胡散臭いなあ…… 」
「でもでも、ここにはちょうど、処女が6人いるし……
あ、まだみんな処女だよね? 私は処女だよ!」
たまみのあけすけな物言いに、赤い顔を強張らせて、
私も他の4人も、反射的にうんうんと頷きました。
「うーん、さすがにこういうのは、教育上問題が…… 」
「えー、やろうよ~! いやだっていうなら、先生の
オカルト趣味、学校中に言いふらしちゃうからね!」
「おいおい、それは勘弁してくれよ…… 仕方ないなあ。
分かった。だけど、おれたちだけの秘密だぞ?」
先生は渋々同意しました。実は興味があったのかも
しれません。みんなで準備を進めることにしました。
新月の夜、私たちは、学校の体育館に集まりました。
黒い革表紙の本に描かれていた通りに、床に複雑な
魔法陣がチョークで描かれ、その中に私たちの座る
位置を示す蝋燭の火が、妖しく揺らいでいました。
儀式のルールに則って黒い頭巾…… はさすがに調達
できなかったので、代わりにウインドブレーカーの
フードで顔を覆った私たちは、蝋燭を倒さないよう
に気をつけて、それぞれが所定の位置に座りました。
どうやって手に入れたのか、蝦蟇の生き血が入った
真鍮のカップを捧げ持ち、幹線道路沿いの量販店で
買ってきたという魔法使いの怪しいコスチュームを
身にまとった先生が、呪文らしきものを呟きながら、
魔法陣の周囲をゆっくりと歩き始めました。誕生日
順に並んだ私たち “処女”の額に、それぞれの名前を
唱えながら蝦蟇の血で刻印を付けていって、最後に
呪文の結句を厳かに詠唱、魔法陣の中央に立って、
悪魔の降臨を待つのです。滞りなく、四人の処女=
クラスメイトの額に順々に刻印が付けられていって、
やがて最後から二番目、私の番になりました。
「せ~、つ~、こ~! 」
額に蝦蟇の血を塗られる気持ち悪さより、大真面目
に魔法使いのキャラを演じる先生の仰々しい表情に
吹き出さないようにすることの方が大変でした。
(私たち、こんな真夜中にわざわざ学校に集まって、
何でこんな馬鹿なことをやっているのかしら……?)
信じてはいなかったけど、ここまで段取りどおりに
儀式が進行してきてしまうと、期待と不安と、ほん
の少しの恐怖もあって、胸がドキドキしてきました。
“処女” のトリを飾るのは言い出しっぺのたまみです。
これで本当に、悪魔を召喚できるのでしょうか…?
先生は仰々しい仕草でフードを脱がせると、最後の
処女たまみの名前を、荘重に厳かに低い声で詠唱……
「た~、ま~ ………… ん!?」
芝居がかった口上が途切れて、声が素に戻りました。
「あ、亜美……? 君がなんで、こんなところに!?」
驚いて私たちも振り返りました。本来ならたまみが
座っているべき場所にいたのは、クラスでも一番の
秀才、品行方正で優等生の亜美でした。
「体調が悪くなったから、代わりに行ってほしいって
たまみちゃんから頼まれたんです。怖かったけど、
でも何だか、面白そうだし……」
IQが高くて頭もいいけれど、体が小さくて見た目
もあどけない、天真爛漫でおさげ髪の亜美が、黒縁
の丸眼鏡の奥から、信頼と親しみと、若干の媚びを
込めた瞳で、先生をまっすぐに見上げていました。
「い、いや…… でも、ダメなんだよ…… 君では!」
「えー? なぜなぜ~? なぜ、私ではダメなの?」
そう、なぜ…… なぜ、亜美ではダメなのかしら?
「と、とにかく、ダメなんだって…… ! 取り返しが
つかないことになる! いいからすぐに帰るんだ!」
「えー? でもぉ~……? 」
突然、床が激しく揺れ始めました。魔法陣の真上、
体育館の天井一面に灰色の雲が渦巻くと、その渦の
中心から眩い光が差してきて、館内は昼間のように
明るくなりました。私たち6人の“ 処女”は、悲鳴を
上げて、なりふり構わず出口に向かって逃げました。
背後から、先生の絶叫が聞こえてきました。
振り返ると、天井に渦巻く雲から巨大な腕が伸びて
先生をしっかりと捉えていました。そして、必死で
逃れようとあがく先生の胴体を、じわじわと無慈悲
に握りしめ、圧迫していました。バキバキバキと骨
が砕ける音がして、太い指の間から、体育館の床に
血液や体液などが絞り出され、零れ落ちました。
白目を剥いてだらりと舌を吐き出した先生の死体を
鷲掴みにしたまま、腕は雲の中へ消えていきました。
不思議なことに、体育館の床を汚した先生の血液や
体液は、翌朝には跡形もなく消えていました。
あれから20年、地元で良縁に恵まれた亜美は、5人
の子供を産んで、今は6人目を妊娠中です。しかし
亜美は、あのときのことは全く記憶にないと言うの
です。もしかしたら悪魔が先生の体と一緒に、亜美
の記憶も握り潰して持ち去ってしまったのかも……?
或いは、本当は何もかも全てを記憶しているけれど、
亜美が大人になって、とぼけているだけなのかも…… ?
私には分かりません。分かりたくもありません。
【ネタバレあります。本編を読んでから閲覧してね!】
いかがでしたか? なぜ亜美ちゃんではダメなのか?
皆さん分かりましたか? 私には分かりません(嘘)
(そもそも名前が “亜美ちゃん”なのもあれかもけど……)
これと同じパターンながら真逆のシチュエーションを、
若くして世を去ったアメリカのSFファンタジー作家
トム・リーミイが、傑作短編で書いていますが、私が
はたして彼の作品からインスピレーションを受けたか、
受けてないのか? それは言わぬが花よな(←言えよ)
とにかくトム・リーミイは本当に素晴らしい作家です。
今は亡きサンリオSF文庫から長編一冊と短編集一冊
が刊行されましたがサンリオ文庫自体がまさかの廃刊
になってしまったので今は高価な古本でしか読めない。
こんな状況は間違ってます。ディックやティプトリー
はハヤカワが拾って復刊したけどリーミイは河出さえ
手を付けていないみたい…… ホワイ? ジャパニーズ
出版界、ホワーイ!? 不勉強なので長編は私も入手
できていませんが、短編集は大学生の頃に買いました。
タイトルは「サンディエゴ・ライトフット・スー」……
この素晴らしい語感とセンスの表題作を始め、他にも
痛くてやるせなく哀しい読後感に胸を締め付けられる
珠玉の傑作が散りばめられた、人生を変える一冊です。
現に私も、これを読んでいなければ今ここであなたに、
この本を勧めたりはしていません。人生は変わります。
古本屋でトム・リーミイ作品を見つけたら、どんなに
高価でも、是非購入してください。人生が変わります。
ハーラン・エリスンも絶賛してますから安心してね。
作品の後書きなのに作品を離れて好きな作家の激推し。
まあそんな夜もあります…… トム・リーミイを探して、
見つけて、買って、読んで絶対! 人生が変わります。