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37節 『魔法が解けても』

「ですから私はあの島が、大きな一匹の生きものだったのではないかと思ったのです」


 そう言うと、千代子は抹茶を立ててくすりと笑った。

 コーヒーや紅茶も悪くはなかったが、馴染みがあるのはやはりこの色だ。


「先生は、変な話と思われますか?」


 千代子は窺うように客を見た。

 こんな突拍子もない話、両親や兄たちにも話していない。

 しかし、彼女の向かいに座った佐伯は、その問いかけに、膝を叩いて否定した。


「いや、いや。まさか。君の言うことだ、信じるとも!」


 師の言葉に千代子は嬉しそうにはにかむ。

 佐伯が心から知りたがっていた、奇妙な島の真実。彼は千代子の語った顛末に、少年のようにはしゃいで喜んだ。


「それにね、杉山くん。こう考えることもできるんだ」


 夏の盛りになり、庭先では鮮やかな蝶が茂みの間を踊っている。

 佐伯はその影法師が地面を転がるのを眺めながら、子どものような声音で言った。


「世界中にはたくさんの神話や昔話があるけれど、ひょっとしたら実はみんな、同じものを見ていたのかもしれないよ」


 東の海にあるという理想郷、船を一呑みにするという蛇、世界を背負っているという亀、海上に都の虚像を見せる蛤、爬虫類の姿をしている海と冥府の神。

 そのどれもが、本当は同じ何か不思議なものを指し示していたとしたら、どうしようか。


「面白いね。私たちはきっと、確かにどこかで繋がっているんだよ」


 昨日も今日も、そして明日も、風は千里を巡るだろう。

 どれだけ遠く離れていても、この広い、広い天の下で。


***


 概して言えば、ゴールデン・フリースの探索は失敗に終わった。

 我々は何も手に入れることができなかった。


 何の有意義な資源も見つけられず、ただ膨大な被害を出しただけの計画は、各国の政府によって恥のようにその存在が隠された。


 今となっては、その計画のことをはっきりと覚えている者はどこにもいないだろう。

 第一、島そのものが霞のように(・・・・・)消えてなくなってしまったのだから。


 結局のところ、せっかちな人間たちの興味はより現実的に────強い兵器や新しい土地といったものに向いていった。

 程なくして、世界は再び大戦への道を歩み始めることとなる。


 歴史的に言うならば、サンダル号とその船員たちの冒険は無意味だったと言わざるを得ない。彼らが立てた細波は、時代の運命という大波には敵わなかった。


 それでも、息が続く限り彼らの旅路は続いていく。壮大な物語の一欠片として。

 そして、いつだって観客の拍手だけがその輝きを解き放つ。


 どうか、彼らの偉業に喝采を。

 魔法が解けても、いつまでも、美しい物語が紡がれますように。

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