27節 『作戦会議』
いよいよ、第七班を追う時間だ。
千代子、ロットナー、ウィリアムズの三人はユキの先導で森に入った。
「まず、私たちも墓陵に向かいましょう」
千代子はハンチングを目深に被り直し、後ろを歩く二人のほうを振り返る。
「できれば先に『薬』そのものを押さえて、説得の材料にしたいけど」
「それが最善だが、あまり上手く行く気はしないな」
ロットナーは貸し与えられた小銃の帯を肩にかけ、溜息を吐いた。
彼らが拠点を離れてから二時間が経っている。こちらが正しい道を知っていても、追い越せるかは五分五分だった。
「最悪、不意打ちでもしてカーレッドと籠を取り返せればいい。もう中に入られていたら藤棚に隠れて、戻ってきた隙を狙おう」
「……そうね」
歯切れの悪い千代子に、ウィリアムズが念を押す。
「改めて言うが、真正面からの戦闘になりそうなら引き返すからな」
もしも彼らがこちらの話を聞く気がなければ、勝ち目はないのは分かり切っていた。
ブエナベントゥラの小銃だけはアダムスが潰したが、ほかの三人も大なり小なり武器を持ち出したはずだ。
対してこちらは最低限の装備しかなく、人数も負けている。
ただでさえ不利な状況の中、ウィリアムズにはさらなる懸念があった。
「気にかかることが一つある」
「それは何?」
「イスハークの動向が読めん。あいつも第七班で行方が分からなくなっているが、ほかの四人とは共謀できる手段がないはずだ。アダムスもシャルルも、事件のときには姿を見てないと言っている」
これまでの船や島でのやり取りを見るに、イスハークが理解できるのはアラビア語だけのようだった。ほかの言語は読み書きをしているところも見たことがない。
クラウゼヴィッツとリドフ、ブエナベントゥラは英語で会話が事足りるし、楊逸にはブエナベントゥラがフランス語で伝えればよい。
イスハークだけが第七班の情報伝達経路から外れているのだ。
しかし、現に騒動の直後、イスハークも姿を眩ませている。
この矛盾について、ロットナーは唸って考えた。
「離反には関係なくて、騒ぎに気がついて後を追ったのかもしれないな」
イスハークは極めて自立した人間だ。カーレッドがいなくなり拠点の本隊とは言葉が通じない以上、独断で動いた可能性はある。
ロットナーの意見に対し、ウィリアムズはよくは頷かなかった。
「有り得るが、楽観的な見方だ」
千代子はふと、洞窟でキャリバンに出会ったときのことを思い出した。
あのとき、キャリバンが言葉を話したことに驚いて全員が逃げた。
イスハークの反応はどうだっただろうか。驚いた皆の声に驚いたのか、それとも。
彼の恐怖は、果たして何に向けられたものだったのだろう。
「……本当は英語が分かってた?」
「そうだ。もし、やつも離反側だったとき、そのパターンが一番まずい」
どうして言葉が分からないふりをしていたのかは不明だが、それが事実と仮定すると、イスハークの持ちうる情報量は跳ねあがる。
「間違いなく、離反者の中で最も遊撃戦に慣れているのはイスハークだ」
ウィリアムズは一層声を低くして言った。
「話を聞く限り、万全のあいつには三人がかりでも負ける。こっちが第七班に気を取られてる間に背面を抑えられたら、そのまま磨り潰されるぞ」
ウィリアムズの言葉に、ロットナーは冷や汗をかいた。
この三人の中でまともに撃ち合いができるのは自分だけだ。
ロットナーは額を拭って呟いた。
「せいぜい気を張るしかないな」
日没まであと十二時間。
天高く舞う海鳥の声が試合開始の合図を告げた。
***
鼻先に蠅が止まり、ブエナベントゥラは指先で払う。
ふと手を見て、ようやく血が止まったらしいことに安堵した。
拠点を逃げ出し、かなりの時間が経った。
流石に疲れが出てきていて、黙々と先を目指す。
蹄が笹薮を掠める音がした。
耳をそばだて、崖上を確かめると、そこには大振りな牡鹿の角が見えた。それから、その横にじっと佇む弓手の姿も。
「イスハークだ」
彼はそれ以上降りてくることもなく、静かに上から一行を見つめていた。
ブエナベントゥラが怪訝そうな顔で注視するが、巻いたスカーフに阻まれ、彼の表情はよく読み取れない。
「僕たちに置いていかれたと思って追いかけてきたんですかね」
「さあな。まあ、撃ってこないってことは、少なくとも正確な状況は分かってないだろうな」
クラウゼヴィッツは興味もなさそうに答えると、ちらり、と後ろを歩く女を見た。
ブエナベントゥラに連れられて、カーレッドは怒りに満ちた目で周りを睨んでいる。
その口は布で塞がれ、誰の助けを呼ぶこともできなかった。
「すみません。すぐに外すつもりだったんですが」
ブエナベントゥラは顔を背けて言った。
「あなたは彼に指示を出せる唯一の人間ですから。しばらくそのまま我慢していてください」
その横では楊逸がキャリバンの入った籠を抱えて身を竦めていた。
リドフは首を伸ばしてクラウゼヴィッツに尋ねた。
「わざわざ連れ歩かなくてもいいんじゃないかね、移動速度が落ちるよ」
「どこまで聞かれたか分からないもんで」
自分たちの計画が知られると、完遂できても先手を打たれて潰される恐れがある。そうなっては元も子もない。
それに、と言ってクラウゼヴィッツは頭を掻いた。
「森に火を付けられたり、墓陵に入ったあとに入り口を塞がれたりすると流石に困る」
「……そんなことしないでしょ、あの人たち」
ブエナベントゥラは疲労の滲んだ声で言った。
クラウゼヴィッツは振り返ることもなく答えた。
「どうかな。我々が人間扱いされていればの話だが」
その声音にブエナベントゥラは、彼が自分をこの恐ろしい考えに誘ってきたときのことを思い出していた。




