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17節 『ひび割れ』

 先遣隊の遺品を回収した日の晩、調査結果を報告したいと、リドフは船員をひとところに集めた。千代子たち医療班だけは木簡と遺跡について考古学者たちに聞かれていて不在だった。


「結論から言うと、ゴールデン・フリースにさしたる利用価値はない」


 リドフの発言に、サンダル号の船員たちは大いにどよめいた。

 島への滞在は一週間に及んでいた。


「残念だけれども、この島の鉱物資源は質が悪すぎるんだ」


 中央にそびえ立つ山嶺──仮の名をヘラクレス山と付けられた──には幾つかの鉱脈と、古い採掘場跡が見つかったが、そのどれもが不純物の多い粗悪なもので、規模と手間を考えれば割に合わないと言うしかなかった。


「勿論、手付かずの原生林や遺跡、キャリバンのような未知の生物の存在を踏まえれば、将来的には偉大な発見があるはずだ。だがそれは、あなたがたの主人にとっては……あまり魅力的ではない。そうだろう?」


 船員の中でも、軍人たちが気まずそうに顔を見合わせた。

 今回の調査を主導しているのは各国の王室や政府だ。職業軍人が少なくない数乗り合わせているのも、彼らの意向を強く反映するために過ぎない。


 彼らが欲しがっていたのは、世界の王になるための金の(ゴールデン)羊毛(フリース)だった。

 しかし、いざ冒険の末に辿り着いてみれば、羊毛があるという洞窟も、宝の番をする竜も存在しなかったという訳だ。船員たちの落胆は計り知れなかった。


 どれだけこの島の環境が研究者にとって興味深かろうが、結果が出るのが数年後では間に合わない。必要なのは、疲弊した国家のための劇的な万能薬(・・・・・・)なのだから。


 方々で溜息が聞こえる中、一人、シャルルだけは皆を励まそうと努めて振る舞った。


「こうなると、測量を終えたらオレたちは一度帰るのも悪くないな。猛獣もいない島だ。改めて、研究目的の調査班を再編したほうがいい」


 キャリバンの協力を得て水や食料の不安はかなり減ったものの、それでもここが楽園だとは言えなかった。船員の疲労は溜まってきているし、得られるものがないと分かった以上、撤退は一番の選択肢だ。


 アダムスは小さく頷いてから、雰囲気を変えようと水を向けた。


「では、もう一つの発見のほうだが……」

「遺跡で見つけた木簡ねえ。あのお嬢さんでもほとんど読めなかったんだろ」


 クラウゼヴィッツがつまらなさそうに答えると、ブエナベントゥラはすぐに補足を加える。


「甲板員の楊が詳しいそうで、いま書き出させています。ただ、彼は英語が分かりませんから……翻訳の手間がかかりそうですね」


 中国人の楊逸は拙い日本語とフランス語を話したが、どちらも書き取りは上手くなかった。今は日本陸軍の将校三浦が隣について、慎重に意味を取っているところらしい。


 アダムスは肩を竦め、机に体重をかけた。


「現時点で分かっているのは『不死の霊薬を求め、蜃の楼中に至る』の一文だけ、か」

「シンってなんだ?」

「東アジアの旧い伝説にある、幻影を見せる生き物だそうです。龍の一種だとも、大きな貝の姿をしているとも聞きました」


 アンドレアスの問いにカーレッドが答える。

 シャルルは少年の肩を組むと、おどけて言った。


「まあ、土産話くらいにはなるんじゃないか? だってその箱を見つけたのは墓場なんだろ。それを書いた奴はくたばったってことじゃないか。つまり、不死の薬なんてものはない。超面白い。それで話はおしまいさ」


 しかし、船員たちはその言葉には頷かず、ちらちらと互いを窺っているばかりであった。シャルルは顔色を変えると、震えた声で言った。


「……待て待て、まさか本気で信じてるのか? 嘘だろ?」


 すると、それまで黙っていた軍人たちは苛立ちを隠しきれない様子で答えた。


「とぼけるのはやめろ、シャルル」

「ここから手ぶらで帰るなんて許されないことくらいお前も薄々分かってんだろ?」


 どの国も余裕がない中、決して安くない額を注ぎ込まれた国際調査。

 何も得られないは有り得ない。だとすれば、この島に目新しいものは一つしかない(・・・・・・)


 黙り込むシャルルに決定的な追い打ちがかかる前に、アダムスが遮った。


「いや、彼の言うことは間違っていない。心配する気持ちも分かるが、まだ物資にも余裕はあるし、解読の結果を待てばいいだろう。それだって十分な成果だ」

「そうだとも。金や兵器になるものがこの世のすべてではない。紳士的に行こうじゃないか」


 アダムスとリドフの温厚な説得に、クラウゼヴィッツは一服しながら呟いた。


「まあ、少なくともあんたらは大手を振って帰れるだろうな」


 仲間の遺品に、学問の新たな可能性。彼らが持ち帰るものは、彼らの世界にとっては実に有意義だろう。

 シャルルは汗で身体がべたつくのを感じながら、仲間たちから視線を逸らす。


「なんか変だぞ、お前ら」


 そこへ、一人が口火を切った。


「お前、どうして国籍がバラバラになるように班が組まれているのか知ってるか? 抜け駆け禁止(・・・・・・)だからさ」


 利害を一致させないよう、わざと作られた組み合わせ。相互監視により、一国だけが利益を得ないようにする抑止力。

 続けて、スコットが口を開く。


「でも、それだって能があれば幾らでも裏はかけますよ。学者の方々は調査に夢中だし、こんな呑気な島じゃあ僕たち軍人は暇ですからね」

「少尉、やめろ」


 アダムスが制止するが、スコットは構わず滔々と言った。


「正直なところ、本当に不死の薬なのかどうかはどうでもいいんです。わざわざ書き残すような特別な何かを、もう見つけて隠し持ってる人がいるかもしれないってだけでね」


 空気が冷え切る。

 何人もの船員が、居心地悪そうに身じろぎをした。

 シャルルは呆然として溢した。


「────オレのこと疑ってんのか?」

「あなたに限らず、全員の可能性の話です」


 スコットは極めて冷静に答えたが、なおのことそれがシャルルの逆鱗に触れたようだった。彼は髪をぐしゃぐしゃに揉んで、踵を返した。


「そうかよ、だったら荷物でも何でも漁ればいいさ! お前ら全員大まぬけだぞ!」

「シャルル!」


 大股で立ち去るシャルルの背をカーレッドが追おうとするが、アダムスは首を振って引き留めた。


「……全員解散だ。今日はもう休もう」

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