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16節 『死者の都』

「先遣隊を回収する目処が立った。埋葬地までキャリバンが案内してくれるそうだ」


 早朝、真っ先に口を開いたのはアダムスだった。この二日、キャリバンたちと話し合っていたのはこのためだったのだろう。


 沈没した先遣隊の隊員は、彼にとっては海軍の同僚だ。シャルルはさもありなんと喜んで頷く。


「連れて帰れるならそのほうがいいな」

「ありがとう。当然だが、学術調査の人員は割けん。回収には第一班と第九班の合同で向かう」


 第一班は調査の指揮を執るチーム、第九班は千代子たち医療担当とその補佐のチームだ。

 それを聞き、スタンレイがひっそりと呟いた。


「儂も歩くんかいの……」

「スタンレイ博士は特例として拠点に残り、引き続き任務に当たってもらう。第一班も二人残す」


 つまり、最終的なメンバーは、アダムス、カーレッド、ウィリアムズ、デ・ルカ、千代子、ロットナーとなる。

 アダムスは拳を握り締め、俯いて言った。


「勿論、これは正式な任務ではない。ある意味では個人的な我儘で皆を巻き込んでいるのかもしれん。……それでも、俺は────全員(・・)で帰りたい、と思っている。どうか、頼む」


 善良な軍人の願いを咎めるものはいなかった。

 何人(なんぴと)であるかということ以上に、彼らは人間だったからだ。


***


 一行は、キャリバンの長『赤』の案内を受け、森の中を進んでいった。

 獣道ではあるが、それなりに見通しはよい。

 午前の森の中を歩いていくと、ロットナーが遠くを窺って呟いた。


「遺跡だ」


 『赤』の反応を見るに、どうやらその遺跡が目的地のようだ。しかし、それはどう見てもキャリバンの手で作れるようなものには思えなかった。


「ハワイ先住民の……じゃないよな。ピラミッド?」

「待て、似たようなのをどっかで見たな……ええと……子どもの本に載ってたんだ。メキシコの……何つったかな」


 ウィリアムズが額を叩くと、カーレッドが腑に落ちたように頷いた。


「ああ! 確かにメソアメリカの古い建築様式に似ていますね。神殿か、天文台なのかもしれません」


 いわゆるピラミッド型建築である。

 古代によく見られた建造方法の一種で、石を積み上げた階段状の四角錐、もしくは台形を取る。


 エジプトのピラミッド群が有名だが、メソポタミア文明圏、メソアメリカ文明圏などにも存在する。

 建造の目的は様々だが、基本的には宗教や王権に紐づいたものだと考えられていた。


「そんなものがどうしてここに?」

「さあな。もしかしたらアメリカ大陸から分離した島なのかも」


 唸るアダムスに、ウィリアムズは軽く答えた。

 もし、何万年も昔にはこの島がアメリカ大陸の近くにあったとすれば、近い文化を持つ人々が辿り着いていても不思議ではない。


 何故、誰もいなくなってしまったかという疑問は残るが、キャリバンたちの言う通り、人間が何度もこの島を訪れているのは間違いないようだ。


 千代子たちを先導する『赤』は遺跡の前まで来ると、喉を鳴らして座り込んだ。


『これは、ずっと前のあなたたちが建てました。前のあなたたちは誰かのために肉を入れていたそうです。我々は木の実を入れます』

「神殿に肉ね……。あまり深くは考えないようにしよう」


 ウィリアムズはうんざりした様子で呟いた。何せ、自分たちはこれからその神殿の中に入らなくてはならないのだ。


 やり取りを聞いていたロットナーはふと不思議に思い、『赤』の前にしゃがみ込んで尋ねた。


「お前らは木の実も食べるのか?」


 少し考えてから『赤』は首を横に振った。


『いいえ』

「じゃあ、何で集めるんだ?」

『我々は木の実を食べません。しかし、夢の終わりが来るので、種を取っておくのです』

「夢の、終わり……?」


 それ以上のことを聞く前に、『赤』は再び立ち上がり、崩れた神殿の壁の前に進んでいった。


『穴はもうすぐです』


 おそらくは正規の入り口でない、口のように開いた亀裂の中を、一人ひとり順番に潜り抜ける。


 砂利や瓦礫の坂を下っていくと、とうとう日差しの届かない深部まで辿り着いた。どうやら本来の通路に行き当たったらしい。


 慎重にランタンを点けたあと、ロットナーは辺りを見渡して息を詰める。


「なんか……雰囲気が変わったな」

「外側の遺跡よりもずっと古いようですね。元々あった遺跡の上に神殿を作り直したのかもしれません」


 カーレッドが壁に触れながらそう答えた。

 地表部は切り出した大きな長方形の石を積んだものだったが、内部を下るにつれ、大小様々な丸石を積み上げたものに変わっていった。装飾の意匠も上と下で印象が違う。


 明らかにまったく別のルーツを持った集団が二つ、年月を経て、この建造物に関わっている。

 名状し難い不気味さを感じながらも、一行は不安を押し殺して先へ進む。


 しばらく通路を進んでいくと、大規模な崩落の跡が見えてきた。


 穴だ。

 どこかで海に繋がっているのか、微かに潮の匂いが漂っている。


 案内を終えた『赤』は、その場にうずくまり、静かに調査団の動向を見つめていた。


 最も身軽で勘の利くデ・ルカが、あちこちを覗き込んだり、小突いてみたりして穴の具合を確かめる。


 下のほうには、確かに何かの骨が転がっている。

 デ・ルカが這いつくばってそれを見ていると、恐れることもなくウィリアムズがその横に並び立った。


「降りられるか?」

「何とかね! 団長たちは駄目。足元が崩れちゃう」


 ウィリアムズから縄とランタンを受け取り、デ・ルカはひょいと穴に飛び込んだ。


「中を見てくる。何かあれば持って帰るよ」


 小柄なデ・ルカが少し歩くだけで穴の淵が煙立つのを横目に、アダムスが口元を押さえた。


「……遺体を引き上げるのは無理そうだな」

「せめて、遺品だけでも持ち帰れればいいんですが」


 カーレッドが心配そうに穴を見ている。

 千代子は袖を捲ると、穴の淵に駆け寄った。


「私も降りる。あまり長居もしないほうがいいでしょう」

「チョコ!」


 ロットナーが引き止めようと手を伸ばすが、千代子は一瞥もくれず暗闇へと落ちていった。


 千代子の鼻を、つんとした臭いが突く。

 穴の底は薄っすらと水が溜まり、不安定な足元はよく見えない。一歩進むと、軽石を踏んだような感覚が襲う。


 もしかしたら今乗っているのは幾劫を経て積み重なったキャリバンの骨片なのかもしれないが、考えても仕方がなかった。


 千代子がやってきたのを見て、デ・ルカが目を丸くする。


「チョコ! 降りてきたの」

「一緒に探すわ。私くらいの重さなら崩れる心配もないし」

「ありがとう、空気の澱みに気をつけてね」


 ランタンを掲げ、デ・ルカが道を照らす。


「タグを探して! ちっちゃい金属板だよ」

「ええ、分かったわ」


 千代子とデ・ルカは穴の中を歩き回り、幾つかのドッグタグや懐中時計などを拾った。


 ふと壁を見ると、千代子は首を傾げた。


(こんなところにも塩の跡が……)


 随分と高い位置にも白い結晶が浮いている。これだけ遺体が集まる場所でもあまり嫌な臭いを感じないのは、塩の所為なのだろうか。


 そんなことを考えながら歩いていると、千代子は何かに躓いた。


「いやっ、ごめんなさい!」


 絶対に骨を踏んでしまった。

 そう思って咄嗟に謝るが、差し向けたランタンの光で浮かび上がったのは、恨みがましい骸骨の顔などではなかった。


 小さな木箱だ。びっしりと塩がついて、結晶が(きら)めいている。

 中には水が溜まって、何枚かぼろぼろの木片が浮いていた。


 木簡のようだ。何か書いてある。


「……漢文? 読めない文字も多いけど……」


 箱ごと手に取り、千代子は暗がりの中で目を凝らした。ほとんどの木簡は駄目になってしまっていたが、一枚だけ、千代子にも読める一文があった。


「────不死の霊薬を求め、蜃の楼中に至る」


 読み上げた途端、背筋を悪寒が貫く。

 甘美な気配だが、覗いてはならないと本能が訴える。


 自分の手の中にあるのは、一体何なのだろうか。

 千代子は箱を持ったまま、立ち尽くしていた

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