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14節 『キャリバン』

 アダムスの上を埋め尽くしていた白い生き物たちは、フスフスと鼻を鳴らしてから波のように引いていった。


 それから、洞窟の奥から一番大きな、老いた個体が現れた。獣は四つ足で、ひときわ毛足が長く、顔や毛先を鮮やかな赤で飾っていた。


 老獣は千代子たちアルゴノーツの面々を見て、くるくると喉を鳴らし、猫のようにうずくまった。


『こんにちは。我々はキャリバンです』


 罠にかかっていた個体よりも流暢な、しかしどこか継ぎ接ぎめいた声だった。

 アダムスの側で膝をついていたカーレッドが、緊張した面持ちで尋ねた。


「それがあなたたちの種の名前……ですか?」


 キャリバンは、身体と同じくらい大きな尾をひくひくと動かし、しきりに首を傾げて答えた。


『我々は我々をその名で呼びませんが、遠い昔、あなたたちではないあなたたちが我々をそう呼んだので、我々はキャリバンなのだと思います』


 改めて、とキャリバンは繰り返す。


「こんにちは、我々の知らないあなたたち」


 疑うべくもなく、彼らは高等な文明を持っていた。

 カーレッドは息を飲み、しかし、恐れることなく言葉を返した。


「こんにちは。私たちも……あなた方を知らなかった」


 挨拶を終えると、キャリバンたちは調査団の拠点まで一団になって着いてきた。好奇心旺盛なところを見るに、船が来ていたのは知っていたが、ずっと様子を窺っていたのだろう。


 老いた個体は、『赤』と呼ばれる彼らの長であるらしい。

 『赤』が一番長く生きていて、『赤』は冬を五十回越えた、とキャリバンたちが口々に言った。

 丹で毛を赤く染めているのは、長寿を祝い、集団のリーダーであることを示しているようだ。


 調査団は彼(彼女かもしれないが)を本部に招き、聞き取りを行うことにした。


「先ほど、ほかにも人間がいたと言いましたね。誰か、以前にもこの島を訪れたのですか?」

『はい。我々が知っているのは、あなたたちと、寒さの前に来たあなたたちです。でも、死んだ我々は、もっと多くのあなたたちを知っていました』


 彼らの語彙は単純な代わりに、文章を複雑にして表現をしていた。船員たちは話を聞きながら、探偵のつもりになって少し推理をしなければならなかった。


「寒さの前……多分、先遣隊だ。沈没したあと、島に漂着していたんだな」


 キャリバンたちは冬を基準に時間を捉えていた。

 寒さこそが冬であり、春は寒さのあと、夏は寒さから一番遠い、秋は寒さの前となる。


 アメリカの先遣隊が壊滅して何ヶ月にもなる。しかし、この島には危険な動植物もなく、気候は穏やかだ。運が良ければ森の中で生きているかもしれない。


「彼らがどこに行ったのか、分かりますか?」


 カーレッドが尋ねると、『赤』は長く唸ったあと、難しい、と言った。


『寒さの前に来たあなたたちは、今は、死んだ我々と共にいます。穴の中です。それが我々の決まりなので』

「そうか……ありがとう」


 先遣隊は力尽きてしまったのだろう。キャリバンたちは、彼らを自分たちの種族と同じように、どこかへ埋葬してくれたようだった。


 アダムスは眉間を摘むと、頭を振って言葉を絞り出した。


「ともかく、うちの船員がご迷惑をお掛けして申し訳ない」

「はい、すみませんでした……」


 千代子たち六人はしおらしく謝った。

 『赤』は何度も鼻を鳴らし、彼が欲しかったものをくれるならよいと思う、と答えた。


 少し考えて、ロットナーがイスハークを小突いた。


「罠の撒き餌には何を使った?」

「ビスケットじゃないかな」


 イスハークの手振りを見て、アンドレアスが代わりに言う。


「驚かせてごめんね」


 千代子は懐から余りのビスケットを取り出し、罠にかかっていたキャリバンに渡した。


 小さなキャリバンは飛び跳ねて喜び、『赤』は満足そうに尻尾を揺らした。

 アダムスは安心し、改めて『赤』に向き直った。


「私たちは、この島のことを調べに来ただけだ。悪いことはしない。調査を許してもらえるといいのだが」 


 『赤』は快く頷いた。


『それは良いことです。我々もあなたたちのことが知りたいです。喋ると、たくさん分かります。分かることが、嬉しいです』


 それから、スタンレイたち学者の希望もあって、人間はキャリバンを、キャリバンは人間を観察することになった。


 まず、ロットナーが浜辺に転がされ、そこに無数のキャリバンが乗りかかる。白い綿のような獣たちは、ロットナーの指を舐めたり鼻の穴を覗き込んだりした。


「おい、なんで俺なんだ」

「一番年上なのにみんなを止めなかっただろう」


 顔を柔毛に潰されながらロットナーがくぐもった声で苦情を申し立てるが、スタンレイは取り合わない。


 代わりに机の上に座ったキャリバンにスタンレイが質問をする。


「君たちはいつも何を食べているのかね」

『サカナ!』


 元気のよい返事に、スタンレイは目を細めてキャリバンの尾を指で突いた。


「成る程、泳ぎが得意なんだな。この立派な尻尾が役に立っているんだろう」


 観察の結果、キャリバンたちはやはり、人間とはまったく別の系統に属するものの、高度な文明を持つ知性体であると分かった。


 彼らが英語を解するのは、鸚鵡(おうむ)や九官鳥のような一部の鳥と同じく、声帯模写に優れているからのようである。


 脚は毛深く、一見すると猫のようだが、構造は猛禽のそれである。

 普段は暗い洞窟で暮らしているためか目は退化し、まるで笑っているように見える。周りのことは音や匂い、魚を探すときは音波で判断しているらしい。


 最も近いのはやはり鳥類だが、種の分岐そのものはずっと昔のことだろうというのが学者たちの見解だった。


 ともかく、ここに至り、調査団は心強い友人を得たと言えた。探索は好調であった。

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