なんてしょーもない! 適塾2
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「おい、谷藤!起きろ!」
塾長の声で目を覚ます。
「もう東京駅着いたの?」
寝ぼけた俺はまた同じ返しをする。
「何寝ぼけてんだよ、ここは塾だぞ。新幹線にでも乗ってる夢でも見てたのか? 昨日修学旅行から帰ってきたんだろ。疲れてるのはわかるけど、せっかく塾に来たんだからなんか勉強しとけ」
以前聞いたような返しが来た。気がつくと俺はまた適塾にいた。
あれっ? 俺は新幹線にいて適塾にいて新幹線にいて……。頭の中がますます混乱してくる。これはなんだ!? あれか? よくマンガとかアニメである人生繰り返すパターンか? 転生? いや、生まれ変わってはいないからタイムリープってやつか?
まさか俺が選ばれるとは……。しかし、なんのために繰り返してんだ? 大体マンガとかアニメだと世界を救うためとか愛する人が殺されるのを止めるためとか、なんかかっこいい理由だよな。俺の場合はなんだ? まさか「パンツ何色よ?」の質問に正しく答えるためなのか?
人類史上もっともしょーもないと思われるような理由で繰り返しているのか俺は……。さすが俺だなと、ある意味感心しつつ、少し考え直す。でもきっと、ずっと真面目に悪いこともせずに生きてきた俺に、神様がクラスの人気者になるチャンスをくれているんだ。そう前向きに捉え直すと案外悪くないかも知れない。一生残りそうな黒歴史を塗り替えられると思うと神様に感謝もしたくなる。
しかし、ついこの間まで、できる限り目立たずになるべく人と関わらないようにと思っていた俺が、人気者まではいかなくとも、少しはクラスのみんなから称賛されたり見直されたりしたいと思っている。
修学旅行に来たおかげかな。今までずっと避けていた同年代との交流で俺は成長したのか。「周りを受け入れてしまったら負けだ。今までの自分を全否定することになる。」俺はいつもそう思っていた。それでかたくなにバリアを張り続けていた気がする。それが間違っていたと今は認められるような気がしていた。それと同時に俺はタイムリープなんていう不思議すぎる現象も自然に受け入れていた。
「塾長聞いてくださいよ。最悪なんすよ」
あの質問の正解を導くために俺はまたいつもの3人にアップデートされたあの最悪の出来事を説明する。そこで一つ分かったことは、どうやら他のみんなはさっきの記憶がなさそうだということだ。俺だけが記憶を保っている可能性が高い。
「谷藤、それはセンスないな。俺だったら絶対そんなつまんないこと言わないな」
塾長が言う。おい、塾長! あんたの案ですよ!
「まあ先生なら言いそうですが、確かにセンスないですね。他人のギャグを中途半端にパクるとそうなりがちですね」
塾長が原案とはいえ、神崎先輩に言われるとへこむ。
「ゲヘヘー、俺様だったら全部脱いで見せつけてやるけどな」
はいはい、あんたならそう言うよね。ある意味安定感ある中島先輩だ。この人の真似だけは絶対してはいけない。
「中島、それは犯罪だぞ!」
やっぱり塾長がツッコむ。
「刑法175条の猥褻物陳列罪ですよね」
さっき覚えた知識を思わず口に出してしまった。
「おぉ、谷藤、よく知ってるな。どこで知ったんだ?」
神崎先輩に褒められると、なぜか余計に嬉しい。あなたから教わったんですけどね。
「ゲヘヘー、普段からそういうことばっか考えてるからだろ、なあ谷藤」
あんただけには言われたくないわ!
「まあそれはさておき、塾長、俺は何を言えば良かったんすか? 教えてくださいよ。普段からあれ以外はなんでも聞けと言ってるじゃないすか」
「キィー、相手が見つかんないだけなんだからな!」
何も言ってないのに塾長が過剰に反応する。だからそういうところなんだって。
「で、正解は?」
とりあえず塾長の怒りはスルーして、俺は正解を促す。
「うー、そうだなぁ。うーん難しい。俺だったら……」
塾長の100回に1回に期待したいが、どうだろう。
んっ、まてよ、俺はこんな茶番を100回とか繰り返さないといけないのか? 絶望的な事実に気づき意識を失いかける。だが、すぐに正気を取り戻す。危ない危ない、ここでタイムリープしてしまったら無駄になる。俺が見たマンガだとだいたい回数制限があるからな。無駄に消費するわけにはいかない。
そうか、100回繰り返せないかも知れないのか、頼む塾長! 俺は普段は全く期待していない塾長のセンスに願いを込めた。その願いが届いたのか。
「あっ、俺思いついちゃったかも」
塾長が得意気な顔で言う。
「どうせつまんないんでしょうけど、言ってみてくださいよ」
神崎先輩が冷たい視線を塾長に向けながら言う。その視線に気づいた塾長に緊張感が漂う。
「じゃっ、じゃあ言うぞ。
『ママに教わらなかったのか、人にパンツの色を聞くときはまず自分からだろ』
これでどうだ!」
おっ、これはちょっと面白いかも。
「か、神崎、どうだこれは正解か?」
緊張した面持ちで塾長は神崎先輩に確認する。どっちが先生なんだか。でも神崎先輩の答えは俺も気になる。
「先生にしてはまあまあなんじゃないんですか」
ものすごく不服そうに神崎先輩が答える。
「もともとの『人に名前を聞くときはまず自分から』という、誰もが知ってるマナーを取り入れたのは良いと思いますよ。よく知られているギャグをもじるのは僕は好きではないですが、よく知られている格言などをいじるのはありですね。無礼な質問に対して見事にカウンターになってますし。相手はよっぽどのお笑い上級者以外は返答に困るでしょうね。で、『谷藤やるじゃん』ってなるんじゃないですか。ただし、『ママに教わらなかったのか』は余計だと思いますよ。かっこつけすぎてる気がしますし、親とか他の家族をいじるのは致命的に笑えない場合がありますしね。あと、あくまでも面白くはないですからね、面白くは」
「なんだよ神崎、素直じゃないな。これは大爆笑だろ。とりあえず正解ってことでいいんだよな?」
神崎先輩の答えが合格点だったのを聞いて安心した塾長が調子に乗って聞く。
「まあ正解の一つとしていいんじゃないですか」
やっぱり不満気に神崎先輩が答える。
「ゲヘヘー、俺様だったら先にスカートめくって確認するけどな」
やっぱめくるんじゃん、あんたは!
「中島、それは犯罪だぞ!」
「刑法176条の強制猥褻の可能性がありますね。罪重いですよ」
「ゲヘペロー」
いつもながらのやり取りを聞きながら、俺はまた眠くなってきた。これは、また戻れるのかな。塾長の100回に1回が早くも炸裂して、しかも神崎先輩のお墨付きだ。俺は安心して薄れゆく意識に身を任せていた……。コンッ。