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竜と生きる人々 冥府の女王  作者: 蓮見庸
第一章 光と闇
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竜の国と特別な竜

「こっちからもひとつ聞いていいか?」

「ええ、もちろん」

「じゃあ、単刀直入に言うが……。竜を見たことはあるか?」

 雨音が強くなり、稲光が店の中をひときわ明るく照らし、テーブルや柱の陰影をくっきりと描き出した。

「竜を……?」

「そうだ、竜だ。ん? その顔は、なにか知っているのか?」

「いや、今話をした、彼女の病気を治してくれた男にも同じことを聞かれたんだ」

「やっぱりそうか……。そんなことを聞くってことは、間違いなくあいつだな……」

 男はひとり納得して言った。

「竜っていったい何なんだ? そんなのがほんとにいるのか?」

 ノアが聞いたが、男はワインの入ったグラスを持ち上げ、その赤い液体の表面に浮かぶように映った自分の顔をぼんやりと見ているだけだった。

 男が黙ったままなので、もう一度ノアが口を開きかけた時、男は視線を動かさずに言った。

「そうだな……。まず、竜は……竜だ。伝説や作り話などで聞いたことがあるかもしれないが、あの竜だ」

「それは、翼を持っていて、空を飛び、炎を吐く、なんというか……大きなトカゲみたいな生き物のことですか?」

 思わずわたしは知っている限りの知識を頭の中から引っ張り出して聞いていた。

「話によって姿形はいろいろだが、だいたいそれで合ってる。その竜だ」

 わたしとノアは顔を見合わせ、何かを言おうとしたが、お互いの目を見るだけで言葉が出てこなかった。

 男はそんなわたしたちに構わず話を続けたのでふたたび顔をそちらへ向けた。

「それで、ふたつ目の質問だが……竜はいる」

「竜がいる? いるってことは、作り話じゃないってことなのか?」

「ああ、そうだ。正確に言うと、俺はまだ見たことはないから、いるに違いないというのが正しい。ただ、俺がいろいろと旅をしてきて聞いた話の中には信用できるのがたくさんあるから、ほぼ間違いないだろう」

「竜がいるなんて……」

 わたしにはにわかには信じられなかった。それはノアも同じだと思う。


「実を言うと、俺は竜を探して旅を続けている」

「竜を?」

「そうだ。ちょっと話しすぎかもしれないが、まあいい。ここまで話したんだ、もう少し話そうか」

 わたしたちは男の話の続きを待った。

「この町には竜のレリーフがいたるところにあるだろ?」

 確かにそうだった。最初にこの町に来たときから、竜のレリーフや竜をかたどったものが多い気はしていたが、店で働き出してからは仕事で手一杯で、そんなことを気にしている余裕はなかった。

「他の町や村ではあまり見かけないものだが、このあたりから竜をモチーフにしたものが急に増えてくる。これは間違いなく竜に近づいている証拠だ」

「竜に、近づいている……とはどういうことだ?」

 ノアは身を乗り出すように聞いた。

「言葉通り、竜に……いや、竜の国に、だ。伝説の中にしか存在しないと思われていたが、俺たちはそれを探している」

「竜の国? そんなものがあるのか?」

「ああ、信じようが信じまいが勝手だが、俺たちは必ずあると確信している。長年旅をしてきて集めた情報から導き出した結論だ」

 わたしには男の言った言葉がまた引っかかった。

「俺たちってことは、他にも探している人がいるってことですか? ひょっとしてわたしの病気を治してくれたあの男の人ですか?」

「俺たちというのは、俺の一族のことだ。ただ、あいつも昔と変わっていなければ、ひとりで竜のことを調べているはずだ」

「だから竜のことを聞いてきたのか……」

「おそらくあいつはそうやって情報を集めているんだろう。ひとつ教えてくれ。その男はどんな評判だった? 悪いうわさはなかったか?」

「腕のいい医者というのかなんというのかわからないが、たいていの病気なら治せるということで、なかなかの評判だった。悪いうわさはひとつも聞かなかったな」

 男はそれを聞いて腕組みをし、しばらく目をつぶっていた。

「そうか……。あいつは昔から一匹狼で、なにをやるにしてもあぶなっかしいやつだったが……うーん、俺が知っている時とはずいぶん違っているのかもな。ひょっとしたら、この町にも立ち寄って、もっと竜の国に近づいているかもな」

「じゃあ、ひょっとしたら、この町の誰かその人のことを憶えているかもしれない。誰かに聞いてみますか?」

「いや、いい。あいつは親や兄弟さえも捨てて出ていったんだ。何をやっていようが、もう俺たちには関係ない」

「いろいろあるんだな……」

「ああ、正直言うと思い出すだけで胸くそ悪い」

「……それで、竜の国を探して、どうするんだ?」

「俺たちは竜の国というより、ある竜を探している」

「ある竜? それを探すと、なにかいいことでもあるのか?」

「ああ、そうだ。竜にはさまざまな力がある。いや、能力と言ったほうがいいかな」

「さまざまな能力?」

「そうだ。この町を一瞬で焼き尽くせるほどの炎を吐く能力、見えなくなるまで空高く飛ぶ能力、森の中で無数に飛ぶ虫の羽音を聞き分ける能力、地平の果てまで見渡す能力、海の中にむことができるやつもいるそうだ。けど、それらは身体能力がすぐれているとか感覚が敏感になったとか、その程度の話だろ?」

「いやいや、それだけでもすごいことだと思うが……。竜がいるということだけでも信じられないのに、それを百歩譲ったとしても、炎を吐く生き物がいるなんていうのは考えられないことだが……」

「火なら人間だって起こせるじゃないか」

 男は暖炉の火を指差して言った。

「それはそうだが、身体から出てくるわけではないし……」

「まあ聞け、俺たちが探しているのはそういった普通の竜じゃない。特別な力を持った竜だ」

 男の顔は暖炉の熱のせいなのか、それとも酔いが回ったのか、とがった耳の先まで赤く染まっていた。

「特別な力を持った竜……?」

 ノアは男が言った言葉をそのまま聞き返した。

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