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竜と生きる人々 冥府の女王  作者: 蓮見庸
第一章 光と闇
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金の刺繍の赤いマント

 そうして5年が経ち、エレナが8歳になった頃だったと思う。

 それは、ある晴れた日のことだった。

 わたしは家の中で掃除をしていたが、遠くから聞き慣れない音が聞こえてきた気がして窓を開けると、風が吹き込み、戸棚がカタカタと鳴った。

 外に出てみると、ノアはいつものように畑を耕し、エレナは花から花へと飛んでいく蝶を追いかけ、畑の周りを走り回っていた。

 耳を澄ますと金属のこすれるような音がだんだん近づいてくるようだった。

 ノアとエレナもそれに気がついたようで、それぞれに音のする方を見た。そしてわたしたちは示し合わせたように、村の中心へと続く道へ出た。

 しばらくすると音はすぐそこまで近づき、道沿いの木の陰から大きくはためく旗を持った人を先頭に鎧をまとった人々の姿が現れ、続いて馬に乗った人の姿も見えてきた。

「なんだあれは?」

「何かあったのかしら。エレナはここでおとなしくしてなさい」

 わたしはエレナを引き寄せ、手を握った。

 その一団がわたしたちの前まで来ると、よろいをまとった男が馬から降り、ノアの前に立った。その後ろには、やけにきらびやかに着飾ったマントを羽織った男が馬の上から見下ろしていた。真っ赤なマントにほどこされた金色の刺繍ししゅうが目に焼き付いた。

「おい、貴様。名前は何と言う?」

「俺はノアだ。あんたたちは誰だ?」

「誰だ、だと? 田舎者は礼儀というものを知らんようだな。言葉づかいに気をつけろ!」

「礼儀? 言葉づかい? 何のことだか……」

「これだけ言ってもわからんか、子爵ししゃく様の御前ごぜんであるぞ! さっさとひざまずけ!」

 男はそう言うなり、ノアの足を払い地面に押し倒した。

「あなた!」

「おい、なにをするんだ!」

「うるさい!」

 男は剣を抜き、立ち上がろうとするノアの目の前に突きつけた。

「そこの女もひざまずけ!」

 わたしは仕方なくゆっくりしゃがもうとすると、エレナは何を思ったか、手を振りほどき、マントを羽織った男に向かって急に走り出した。

「エレナ!!」

 わたしとノアは同時に叫んだが、いつ現れたのか別の鎧を着た男が立ちはだかり、剣を抜いたかと思うと、エレナの足元から空に向かって振り上げた。

 それは一瞬の出来事だった。

 悲鳴ともつかない声とともに彼女の体は宙を舞い、音を立てて地面に落ちた。

「あ!」

 わたしは彼女のもとに駆け寄ろうとしたが、また別の鎧を着た男に正面から剣を突きつけられ、動くことができなくなってしまった。

「エレナ!!」

 わたしたちは叫んだが、彼女の体はピクリとも反応しなかった。

「なんてことをするんだ!」

 ノアは素手で男に掴みかかろうとしたが、その瞬間に剣で腕を切りつけられ、その場に突っ伏してしまった。男は足でノアの背中を踏みにじり、右の手の甲に剣を突き刺した。

「動くな! 死にたくなかったらおとなしくしていろ! おい、こいつを拘束しろ!」

 馬の後方にいた男たち数名が駆け寄り、ノアを縄で縛り上げた。

「おい、女! この村で一番偉いやつを呼べ! 今すぐにだ!」

「あなたたち、いったいなんなのよ! なんてことをするの!」

だまれ! 早くしないとこの娘と男の命はないぞ!」

 地面に仰向けに倒れているエレナの脇腹からは血がにじみ出し、服が赤黒く染まっていく。そして顔は土色に変わってきた。

「リタ、早く行くんだ!」

 ノアの声に促され、わたしは男をにらみつけ村長のところへ走った。


「エレナが! ノアが!」

 わたしは村長の家に駆け込むなりそう叫んだ。

「リタさん、どうした?」

 家の中では村長を中心に村の男たちが話をしているところだったが、血相を変えて飛び込んできたリタの姿を見て、ただごとではないことが起こっているのを悟った。

 わたしは事の状況を告げると、彼らとともに走ってふたりの元へと戻った。

 そこには、顔中あざだらけになったノアと、道端に捨てるように置かれたエレナの姿があった。

「エレナ……!」

 わたしは彼女に駆け寄り抱き上げたが、もうすでに息をしていなかった。

「わしが村長じゃ。これはいったいどういうことか説明してもらおうか」

「やっと来たか。よく聞け、この村は今日からリステンダール国の一部となった。我らが敬愛するイズマエル二世国王陛下が統治する国だ。お前たちには特別にこの国の国民となることが許された。本来ならお前たちもろとも村を焼き払うところだが、国王陛下から特段のご配慮がなされた。これはたいへん名誉なことである。有難いと思え。そして一生国王のためにお仕えするのだ。これは交渉ではない。命令である」

「命令じゃと?」

「そうだ。検討の余地はない。嫌ならあの男や娘のようになるまでだ」

「エレナちゃん……。お前、子供にまでなんてことをしやがるんだ!」

 村長の隣にいた若者が叫んだが、男はまったく意に介しなかった。

「村長、どうだ? 異存はないな?」

「われわれに拒否権はないんじゃろ?」

「そうだ。命令に従わないのであれば、ここでお前たちを皆殺しにするまでだ」

 男は表情を変えずに言った。

「わしらはこれからどうなるんじゃ?」

「それは追って別のものに説明させる。お前たちは何も考えず、それに従えばよい。だが、まずは我らの宿営場所と食料が必要だ。拠点ベースにはお前の家を使わせてもらおう。すぐに用意しろ!」

「おい、皆のもの、そういうわけじゃ。準備に入ろう」

「村長……」

「言いたいことはわかっておる。けど、今は彼らに従うしかあるまい。なあ、あんた。われわれはもう抵抗する気はない。彼を解放してはくれまいか?」

 ノアはやっと縄を解かれ、その場にぐったりと崩れ落ちた。

「あなた!」

 わたしはエレナを抱いたまま、仰向けに横たわる彼のもとに駆け寄った。彼はやっとのことで目を開け、わたしとエレナを見た。そしてふたたび目を閉じた時、彼の目尻から涙が流れ落ち、乾いた地面に吸い込まれた。

 それを見てわたしは嗚咽おえつが止まらなくなり、誰にはばかることなくいつまでも泣き続けた。

 二度とわたしたちに返事をすることのないエレナを抱きしめ、いつまでも……。

 それは、ある晴れた日のことだった。

 金の刺繍の赤いマントが風にひるがえった。

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